吹けば飛ぶ

香久山 ゆみ

吹けば飛ぶ

 吹けば飛ぶようなちっぽけな私は、コートの人と呼ばれる。秋口から晩春までずっと着ているから。ファッションなんて柄じゃない。ただ外の世界から身を守るためコートを着る。前を合わせ、身を縮こませて街を行く。どうせ今日も上手く行かない。

 案の定、取引は不発。コートを羽織り店を出る。風が吹く。ボタンを留めようとしてはたと気付く。ちがう。私のコートじゃない!

 前ボタンがない。店で取り違えたんだ。引返すも、お客様の物で間違いないと言われる。

 首を傾げながら夜道を行く。前の閉まらぬコートの存在意義とは。何も隠せない。

 風が吹く。ぶわっとコートの裾が捲れあがる。ふわり一瞬体が浮く。コートの内で見えないボタンが星となり煌めく。……気がした。

 ばかばかしい。幻想も、嫌な取引先も、卑屈な自分も。諦めて襟から手を離す。自由になったコートに身を任せて風を受ける。舞うように階段を一段飛ばしで駆け上がった。

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吹けば飛ぶ 香久山 ゆみ @kaguyamayumi

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