あいまいるう

 長宗我部珠里亜の候補に自分が入っていたことに安堵しつつ、俺は一人で教室をあとにした。

 明日から早速授業が始まるようだし、今日はさっさと家に帰って休もう。

 テストの点数もポイント化されるみたいだから、気を抜く暇は一切ない。

 もしも長宗我部珠里亜をパートナーに出来たとしても、あの流星とやらが敵になることは違いない。

 アイツもかなりスペックは高い。俺と同じくらいか、もしくはそれ以上か。


「まあ一番最悪なのは……長宗我部珠里亜と流星がペアを組むことだけどな」


 なんて独り言をこぼしつつ、下駄箱に到着した時のことだ。


「あのお……松田くん……ですよね?」


 その声に後ろを振り返ってみると、そこには見覚えのある女の子が俺の顔を覗き込んでいた。

 茶髪のツーサイドアップに、キラキラとしたぱっちり二重。俺の胸下に届くかも怪しい小さな背丈。

 そんな小動物を思わせる彼女には、たしかに見覚えがあった。


「ああ、同じクラスの子だよね? たしか出席番号一番の」


「お、覚えててくれたんですか⁉」


 ずいと身を乗り出した彼女を前に、俺は驚いて少し後ずさってしまう。

 クラスメイトのほとんどの人は覚えていないが、この子のことだけは少しだけ覚えていた。

 一番最初に自己紹介をした子だからか、俺の記憶に残っていた。


「あ、ご、ごめんなさい。驚かせちゃいましたよね。まさか覚えて貰えてるとは思わなくて、嬉しくて、つい」


 彼女は頬を桃色に染めながら、へにゃりと照れたように笑った。

 その笑顔にどうしてだかドキリとさせられたが、俺はそれを悟られまいと急いで口を開いた。


「そりゃあ覚えてるよ。自己紹介のトップバッターだったもんね。たしか名前は……」


「愛舞です。名前は瑠羽です」


「そうだそうだ。愛舞さんだったね」


「はい。よろしくお願いします」


 ひどくおっとりとした喋り方だな。こっちの力が抜けてしまいそうになる。


「んで、俺に何か用だった?」


「あ、はい! ちょっとお願いがありまして……」


「お願い? どんな?」


 俺が首を傾げると、愛舞さんは緩めていた頬を引き締め、勢いよく頭を下げた。


「無理を承知の上で! わたしとペアを組んで下さい! お願いします!」


 小さな体から出て来たとは思えないくらい大きな声だった。

 その声に驚いたのか、辺りを歩いていた生徒が一斉にこちらを振り向いた。

 俺は顔が熱くなるのを感じながら、慌てて愛舞さんの肩に手を置いた。


「ちょ、ちょっと愛舞さん。顔上げて。みんな見てるからさ」


 ね、と彼女の目線の高さになるように腰を落とす。

 すると愛舞さんは素直に顔を上げた。

 大きくてキラキラとした瞳と目が合うと、彼女はむっと唇を尖らせた。


「ごめんなさい。どうしても松田くんと組みたくて」


「どうして俺と組みたいの?」


「それは…………直感的に組みたいなって」


「直感かい」


 思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 この子も学年一位を狙っているのかなと思ったのだが、どうやら違うようだ。


「そういう理由だったらごめん。俺、組みたい人が居るからさ」


「あ、」


 愛舞さんは何かを言おうと口を開いたのだが、ここで足を留めてしまったら彼女を期待させてしまうことになるだろう。

 そう思って、俺は彼女に背中を向けた。


「じゃ、また明日」


 そう笑顔で告げて、俺は下駄箱に向かって歩き出す。


「ま、また明日……ですぅ」


 小さな声が背中に届いたのだが、振り向くことはしなかった。

 学年一位を取るために、前だけを向いていたかったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元カノを殺した過去があっても青春ラブコメは送れますか? 桐山一茶 @rere11rere

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画