ペア

 ホームルームという名の自己紹介タイムが終わり、今日のところはこれで下校となった。

 中学生の頃は帰りのホームルームが終わると、みんなで「さようなら」ちお声を合わせたのだが、今日は田所先生の「解散」という一言でお開きになった。

 高校とはこういうものなのか、はたまた田所先生がめんどくさがりな人物なのか。なんてことを考えながら、帰り支度を進めていると。


「ねえねえ、松田くん」


 自分の苗字を呼ばれたので、反射的に顔を上げた。

 すると目の前には、三人の女子が立っていた。どの子も美人揃いだ。


「えっと、どうかした?」


 俺が首を傾げると、三人の女子はもじもじとしながら口を開いた。


「あのー、まだペアが決まってなかったらワタシとペアを組んでくれないかなーって」


「ちょっと、松田くんに話し掛けようと思ったのはワタシが最初でしょ?」


「そういうの関係ないから! 松田くんに選ぶ権利があるのよ!」


「いやいや、こういうのって早い者勝ちじゃない?」


「そんなわけないでしょ。抜け駆けは許さないんだから」


 あー、なるほどな。この三人は俺とペアを組みたいのか。

 でも残念ながら、俺には狙っている女子が居る。

 きっとこの三人の女子が束になっても、長宗我部珠里亜のスペックには足元にも及ばないだろう。


「あー、ごめん。俺、組みたい女の子が居るんだ」


 そう笑顔で答えて、スクールバックを肩に掛けて立ち上がる。

 俺は三人の女子を置いて、長宗我部珠里亜の元に向かおうとして……気が付いた。

 長宗我部珠里亜の席は教室のど真ん中。そのど真ん中には、クラスメイト全員の男子が群がっていた。


「長宗我部さん! まだペアが決まってないなら俺と組みませんか!」


「ぜひ俺と組んでくれ!」


「この三年間、僕と組んだら楽しいものになると思いますよ!」


「長宗我部さんの魅力に惹かれました! まずはペアから始めませんか!」


 まあ、そうだよな。

 学年で一番を狙っている人はもちろん、長宗我部珠里亜と組みたいだろう。

 それに学年一位を狙っていなくたって、彼女のような超絶美少女とペアを組むことが出来れば、この高校三年間は楽しくなること間違いなし。

 誰もが長宗我部珠里亜をパートナーに選びたいだろう。


「まじか……完全に出遅れたな……」


 長宗我部珠里亜に群がる男子が多すぎて、彼女に近づくことが出来ない。

 これは彼女が俺をパートナー候補に選んでいることを祈り、日を改めるしかないか……そう諦めて帰ろうとした時のことだ。


「うるさい!」


 ぴしゃりと、女性の力強い声が教室の中に響いた。

 その声をきっかけに、教室の中はシンと静まり返る。

 その声の主が長宗我部珠里亜のものと気が付いたのは、皆の視線が彼女に集まっているからだった。

 しかし彼女は皆から視線を集めても臆することなく、凛とした声で続ける。


「私は学年一位で卒業することを目指しているの。あなたたちのような自己PRもロクに出来ないような男には興味ありません。私がパートナーに選びたいのは二人。岸本流星か松田碧のどちらかです。この二人以外の男とペアを組むことはありえません」


 自分の名前が呼ばれたことに一瞬だけドキリとさせられ、俺は帰ろうとしていた足を止めて彼女の方を向いた。

 すると彼女もこちらを見ていたようで、初めてばっちりと目が合った。青く透き通った、ビー玉のような瞳に吸い込まれそうになる。


「なるほどね。俺の他にも候補が居たわけか。珠里亜ちゃんは絶対に俺を選んでくれると思ったんだけどなー」


 教室の沈黙を切り裂いたのは、席で女の子四人に囲まれている岸本流星だった。

 岸本流星は席から立ち上がると、軽い足取りで俺に近づいて来た。かと思えば、彼は俺の肩に手をまわした。


「ま、碧っちもイケメンでハイスぺだし、しゃーないか」


 碧っちって……俺のことだよな……? 

 俺の生きて来た十五年間で、碧っちなんて初めて呼ばれたぞ。

 初対面の人間にあだ名を付けるなんて、チャラ男の考えていることはよく分からないな。


「まあ、俺もライバルになるならアンタだと思ってたけどさ」


「お、碧ッち嬉しいこと言ってくれるねー。珠里亜ちゃんの候補同士仲良くしようよ」


 彼は屈託のない笑顔を浮かべながら、こちらに手を差し伸べて来る。

 その笑顔に敵意が感じられないことから、俺はその手を握った。


「まだ友達出来てなかったから助かるわ。よろしくな、流星」


 あだ名を付けられた仕返しに呼び捨てで呼んでみたのだが、流星は嬉しそうに笑った。

 ……悪いやつではなさそうだ。


「んで? 珠里亜ちゃんは俺と碧っちのどっちを選ぶつもり?」


 俺の肩に手を回したまま、流星は長宗我部珠里亜の方へと視線を投げた。

 流星に釣られる形で、俺も長宗我部珠里亜へと顔を向ける。

 そこにいた彼女は凛とした表情のまま、取り囲んでいる男子のことなど視界にも留めず、俺と流星だけを見て答えた。


「ペアを選ぶ期間は四月が終わるまで。あなたたちがどんな人なのか分からないし、パートナー選びで失敗はしたくないからタイムアップギリギリまで吟味したいのだけれど……それでも大丈夫かしら?」


 こてりと首を傾げる彼女に、俺と流星は揃って頷いた。


「ああ、大丈夫だ」


「俺も大丈夫だよー」


 即答した俺と流星のことを見て、彼女はほっと胸を撫でおろした。

 そしてふと顔を上げた彼女の顔には、可愛らしい笑顔が浮かんでいた。


「それじゃあ、これからよろしく。碧、流星」


 突然の名前呼びに、思わず心臓が跳ねた。

 美女からの名前呼びは心臓に悪いって。


 でも…………次会ったら俺も長宗我部珠里亜のことを名前で呼んでみようかな。

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