自己紹介

 教室に到着すると、すでに室内には多くのクラスメイトの姿があった。

 しかし教室内をうろついている人の姿は少なく、ほとんどの生徒が自分の席に座っていた。

 まあ、入学初日なんてそんなもんだよな。クラスメイトの中に友達も居ないだろうし。

 俺はそんなことを考えながら、ホワイトボードに張り付けられていた座席表の前に立った。

 どうやら名前の順になっているらしく、俺の席は幸いにも一番後ろの席だった。

 窓側から二列目の一番後ろの席。その席に座り、肩に掛けていたスクールバックを机の横に掛ける。

 何もやることがないのでぼーっとスマホをいじっていると、教室の前のドアが開いた。


「着席してください。ホームルームを始めます」


 教室に入って来たのは、ボブヘアの黒髪が特徴的な女性だった。

 その女性が生徒ではなく教師だと分かったのは、彼女が黒色のスーツを着ているからだ。

 彼女は教室に入ってくるなり、ホワイトボードにお手本のような綺麗な字で『田所玲奈』と書いた。

 彼女は使った黒のマーカーを手に持ちながら、教卓に手を置き俺たちの方へと顔を向けた。


「今日からお前たちの担任になる田所玲奈(たどころれな)だ。よろしく」


 こうやって真正面を向いてくれたので、彼女の顔がよく見えた。

 眠たそうな瞳は半目がちで、頬から顎にかけてのラインはしゅっとしている。

 年は二十代後半くらいだろうか。背丈は一六〇センチはありそうで、服の上からでも分かるやせ型。喋り口調から察することが出来るが、厳しそうな印象を受ける。


「私の自己紹介は以上。次はお前らだ。出席番号順に自己紹介をしていけ」


 田所先生はそう言うと、教卓の横に椅子を持って来てそこに座ってしまった。しかも細い脚を組んで、腕組みまでしている。

 この人……怒らせたら怖いだろうな……絶対に怒らせないようにしよう……。と心に誓っていると、廊下側の一番前の席に座っていた女子が立ち上がった。


「あ、えっと、愛舞瑠羽(あいまいるう)です。趣味はお散歩です。えっと、よろしくお願いします」


 田所先生とクラスメイトに向かってぺこぺこと頭を下げたのは、茶髪ツーサイドアップな髪型をした女子だった。

 ぱっちり二重に、控えめな背丈。制服を着ているというよりかは、制服に着られているようだ。

 そんな小動物のような子に、クラスメイトは拍手を送った。


「はい、次」


 田所先生が顎だけで促すと、自己紹介を終えた女の子は慌てて席に座った。

 彼女に代わり、その後ろに座っていた男子も立ち上がって自己紹介をする。


 それからもクラスメイトの自己紹介を聞き続けた。

 でもやはり、中学生時代に面白い恋愛をしていた人たちというだけあり、クラスメイトの顔面偏差値は高いようにも思える。

 みんな美男美女だなあと、ぼーっと考えていると。


「はい、次」


 田所先生がそう言うと、チャラそうな見た目をした男子が立ち上がった。

 顎下まで長さのある金髪は、パーマをかけているのかウェーブしている。それに身長は俺と同じくらいだろうか、一七〇センチ後半はあるだろう。しかも目鼻立ちがしっかりとしていて、全てが整っている。

 イケメンすぎるだろ。そう素直に思うしかなかった。

 そんなイケメンな彼は、さわやかな笑顔を浮かべながら口を開いた。


「どうも、岸本流星(きしもとりゅうせい)です。中学一年生の時までロサンゼルスに住んでて、中二から日本に帰って来ました。中学の時の全国模試の偏差値は七十。部活はサッカーをしていて、全国大会を優勝したチームのエースを任されてました。みんなとは仲良くしていきたいと考えてるので、気軽に声掛けてくれると嬉しいです。あ、ちなみに恋愛対象は女の子なんで。よろしくね」


 笑顔のまま言葉を終えた彼に、クラスメイトは拍手を送った。

 まるで自慢みたいな自己紹介だったな。俺たちクラスメイトたちにマウントでも取ってるのか……? と、一瞬だけ考えたのだが、俺はすぐにコイツの真意について理解してしまった。


 あー、あー、なるほど。コイツは賢い。さすがは偏差値七十あるだけのことはある。

 俺はこのホームルームをただの自己紹介の時間だと勘違いしていた。

 でも違う。パートナー探しはもう始まっているんだ。

 学年一位を狙う生徒ならば、スペックの高い相手を見つけるのが当然のこと。

 じゃあどうやってスペックの高い相手を見つけるのか。

 それは自分のスペックを提示することで、同じくらいのスペックを持った相手を誘い出す。

 きっとコイツのスペックに惹かれて、色々な女子が「私とペアを!」と集まるだろう。そうなれば、あとは集まって来た女子のスペックを聞き出し、一番高い子とペアを組むだけ。

 これで簡単にペアを組むことが出来て、なおかつ少しでもスペックの高い女子を選ぶことが出来る。

 もう、パートナー選びは始まっているんだ。コイツのおかげで気が付くことが出来た。


「はい、次」


 それからも自己紹介が続いたのだが、みんな気が付いていないのか、自分の名前と趣味だけしか話さない。

 今のところ、スペックが明らかになったのはあのチャラ男だけ。

 でもこの自己紹介の真意に気が付いていないとなると、みんな大したスペックを持っていないのだろう。なんて思っていると。


「はい、次」


「はい」


 凛とした声で立ち上がったのは、さっき体育館で見かけた銀髪ロングの女子だった。


「入学式で自己紹介しましたが、長宗我部珠里亜(ちょうそかべじゅりあ)と申します。父は日本人、母はロシア人です。恋愛対象は男性。中学生の最後の模試では全国一位、私立縁結高校の入学前実力テストでも一位を取らせていただきました。元陸上部で、最後の全国大会では百メートル走で一位を取らせていただいております。覚えていていただけると幸いです。よろしくお願いいたします」


 腰を曲げて、丁寧にお辞儀をして自己紹介を終えた。

 体育館では遠目で見ていたからその顔までは見えなかったが、日本とロシアのハーフというだけのことはあり、めっっっちゃくちゃ美人だ。それに背丈も高くスラッとしていて、その美貌も相まってファッションモデルのようだ。

 勉強。スポーツ。顔。体型。すべてが百点満点の彼女。

 その規格外すぎるスペックに、クラスメイトたちからはパチパチと戸惑いの拍手が沸いた。人は自分よりも格上の人物を前にすると、戸惑ってしまうものだ。

 でも見つけた。この子だ。この子とペアを組むことが出来たら、学年一位への道のりが楽なものになる。なんとしてでもこの子とペアを組もう。

 そのためにも、俺の自己紹介に興味を持ってもらわなければ。

 そう心の中だけで意気込みながら、自分の順番を待っていると。


「はい、次」


 田所先生の目が俺を捉えた。


「はい」


 少しだけ声を張って返事をして、俺はその場で立ち上がった。


「えー、松田碧です。中学時代は陸上部に所属していました。四百メートル走を専門にしていて、最後の全国大会では三位に食い込むことが出来ました。勉強面では、首席で中学を卒業したくらいです。偏差値で言うと七十ちょっとだった気がします。恋愛対象は女子です。三年間よろしくお願いします」


 言葉をしめて頭を下げると、自然と拍手が送られた。

 はじめの大仕事を終えた気分で、俺は自分の席に座りなおした。

 よし。スポーツと勉強がそこそこ出来ることを伝えることが出来た。

 さっきのチャラ男に負けず劣らずの自己紹介を出来たのではないだろうか。


「はい、次」


 その後も淡々とした自己紹介タイムが続いて行った。

 この自己紹介タイムが終わったら、さっそく長宗我部珠里亜に話し掛けてみよう。

 ペアに選べるのは同じクラスの人同士だから、きっと長宗我部珠里亜もこの自己紹介を通してパートナーとなる人物に目星をつけていることだろう。


 その候補の中に自分が入っているだろうという自信は、俺の中にたしかにあった。

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