第一章 私立縁結高校

入学式

 バスケットコート三つ分の広さがある体育館内を、百数十名ほどの新入生が埋め尽くしている。


「こんなに入学する人が居るんだな」


 今、体育館に居る生徒は、全員が私立縁結高校に入学する新入生だ。

 日本には面白い恋愛歴を持った同年代がこんなに居るんだなと考えながら、俺は役員の指示に従ってパイプ椅子に腰を下ろした。


 体育館に入場したのがやや遅めだったようで、後ろの方の席となってしまった。

 でもまあ、遅く入場したところでペナルティがあるわけでもないし。

 そう思いなおして、入学式が始まるのを大人しく待っていると。


「静粛に」


 いつの間にか壇上の前に立っていたスーツを着た女性が、マイクを通して言葉を放った。

 その一言で、体育館の中は一気に静まり返った。

 体育館が静寂に包まれたのを確認してから、女性はマイクを口元に近づけた。


「それでは今から、第六回、私立縁結高校入学式を始めます。一同、起立」


 その指示に従い、新入生を含めた体育館に居る全員が腰を上げた。


「礼」


 新入生はやや戸惑いながらも頭を下げる。


「着席」


 座ることが許され、新入生はぞろぞろとパイプ椅子に腰を下ろした。

 特殊な高校だけれど、今のところ入学式自体はいたって普通だな……なんて油断していると。


「校長先生の言葉。校長先生お願いします」


 女性がそう言うと、壇上に一人の男性が立った。

 紺色のスーツに身を包んだ、三十代後半くらいの男性。やせ形で、ここからでも分かるくらい整った顔をしている。


 イケおじ。それが私立縁結高校の校長に対する第一印象だった。


「えー、新入生の皆さん。この度は私立縁結高校に入学おめでとうございます。校長の矢野です」


 親しみやすい笑顔を浮かべながら、校長の矢野は爽やかな挨拶を口にした。

 そして俺たち新入生の顔ぶれを右から左へと見たあと、校長は言葉を続ける。


「この学校に入学を決めてくれた君たちならすでにご存知だと思いますが、私立縁結高校は将来の結婚生活を見据えた学校生活を送ってもらう学校です」


 もちろん、そのことは知っている。というか、私立縁結高校の教育方針は全国でも話題になっているほどだから、日本人ならばここがどういう学校なのかは誰もが知っている。


 その特殊な教育方針について、校長は語り始める。


「どうして君たちに将来の結婚生活を見据えた学校生活を送って貰うのか。それは昨今話題となっている、若者の恋愛や結婚離れ。離婚率の上昇。それらの解消を目指すのがウチの教育方針となっているからです」


 そこで校長は言葉を区切り、力強く拳を握りしめた。


「現在の日本は恋愛や結婚離れが急速に進んでいるのです! どうせ恋愛したって疲れるだけ。どうせ結婚したって夫婦喧嘩が絶えないのだろう。どうせ子供を産んだって大変なだけ。その『どうせ』を解消しようと多くの政治家たちが立ち上がったが、どの政策も失敗に終わりました。非常に情けない話です」


 校長はわざとらしく肩をすくめてから、うっすらと笑みを浮かべた。


「そこで私は考えたのです。恋愛を毛嫌いしている若者に向けて、いくら「恋愛しろ」と叫んだって無駄だと。そこで目をつけたのは、君たちのような恋愛に意欲がある若者です。君たちは中学時代の頃から特殊な恋愛を経験したようですね。恋愛に対する意欲がないと、特殊な恋愛なんて経験できないはず。そう思った私は、恋愛に興味がない若者に無理に恋愛を勧めるのではなく、恋愛に意欲がある若者にもっと恋愛のよさを知ってもらおうとこの学校を設立しました」


 なるほど。ゼロをイチにするのは難しいから、イチををゼロにしないためにこの学校を設立したのか。なかなか理にかなっているんじゃないだろうか。


「もっともっと恋愛のよさを知ってもらうために君たちには、この高校三年間で疑似恋愛をしていただきます。思春期三年間の恋愛経験は特別です。その特別な経験をして高校を卒業した時、きっと君たちは恋愛がとっても大好きになっているはずです」


 疑似恋愛。その聞き慣れない単語に、新入生の頭上にはクエスチョンマークが浮かぶ。

 しかし校長は余裕の顔つきで続ける。


「あはは。そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。今からこの学校の『ルール』を八個説明します。このルールを守るだけで、君たちは三年間の疑似恋愛体験が出来ます」


 校長は笑顔のまま、指折り数えながらルールとやらを説明していく。


「一つ。今日から四月が終わるまでの二十日の間に、同じクラスの中からパートナーを見つけ『ペア』を作って貰います」


 パートナーを見つけペアを作る。まるで体育の授業のようなルールだ。


「二つ。パートナーに選ぶことが出来るのは『自分の恋愛対象』となる性別の人のみです」


 パートナーに選べるのは自分の恋愛対象となる性別の人……か。ということは、男女ペアだけでなく、男男や女女のペアもあり得るということか。


「三つ。五月に入ってもパートナーが見つからなかった生徒には……残念ながら私立縁結高校を退学していただきます」


 退学。その単語が校長の口から出ると、体育館の中がざわついた。

 しかしスーツを着た女性が「静粛に」とマイクを通して言うと、すぐに体育館のざわつきは消え去った。


「四つ。もしもパートナーとの仲が悪くなりペアを解消するとなった場合でも、我が校を退学していただきます」


 ろくに恋愛も出来ないような生徒はウチにいらないので。そう付け加えられた校長のセリフに、新入生の背筋は自然と伸びた。

 パートナーを見つけられずにあぶれれば退学。パートナーとの仲が悪くなりペアを解消しても退学……どうやらこの学校は、恋愛に対して慎重に取り組んで行かないといけないようだ。


「五つ。テスト、学校行事、ペアとの仲。この三つがポイント化されます。このポイントはペアごとに振り分けられ、常に学年ごとのランキングに反映されます」 


 来た、私立縁結高校のポイント制度。

 俺はこのポイント制度のことを知って、この学校への入学を決めたんだ。その理由というのも――


「六つ。卒業時点で学年で一番ポイントが高かったペアには、国立大学への推薦権が与えられます。その上、進学先の大学費用は全額免除されます」


 これだ。この夢のような制度は、やはり本当だったのか。

 俺の家は高校の費用も払えないくらいお金がない。

 中学を卒業したら働くようだと思っていたところ、私立縁結高校の制度を知った。

 私立縁結高校から招待状が届いたら高校の学費は全額免除。それに加えて、学年で一位を取れば、大学の費用も全額免除。

 高校も大学も行けないと思っていた俺からすると、夢のような話だ。

 しかもこうして招待状が届き、無事に私立縁結高校に入学。


 ここまで来たら、学年一位を取って大学にも進学してやる。

 そう意気込んで、俺はここにやって来た。

 そして俺には、学年で一番を取れる自信があった。


「七つ。三年間を共にすることとなるから、パートナーはよく選ぶこと」


 校長はそこで言葉を切り、満面の笑みを作った。


「八つ。学校に居る間は、ペアで仲良く過ごすこと」


 以上。その一言で〆ると、校長は頭を下げ、壇上から下りて行った。

 パートナーをよく選ぶこと。それはこの学校で一位を取るうえで、一番と言っても過言ではないほど大事なことだ。

 テストと学校行事とペアとの仲で得られるポイントが、ペアごとに振り分けられると言う。ということは、俺がテストでいい点を取っても、パートナーが赤点なんて取ったら、学年一位からは遠ざかってしまう。

 ということは、学年で一番スペックの高い女子をパートナーに選べば、俺の学年一位という目標も現実味を帯びてくる。

 まずは、なんとしてでもスペックの高いパートナーを選ばなければ。それに尽きる。


「続きまして、新入生代表の言葉。新入生代表、長宗我部珠里亜(ちょうそかべじゅりあ)さんお願いします」


 その女性の言葉に、体育館横に待機していた女子が「はい」と力強く返事をした。


 颯爽とした足取りで壇上に上がったのは、銀髪のロングヘアが際立つ、自信に満ちた顔つきをした女子だった。


⭐︎


 入学式が終わり、体育館前に新入生のクラス分けが張り出された。


 一年生はA組からD組までの四クラスに分けられるらしい。


 自分の名前を探していると、一年A組の用紙で目が留まった。


 松田碧(まつだあお)。間違いない。俺の名前だ。


 俺は自分の名前があったことに若干の安堵を覚えながら、一人で校舎の中へと向かった。

 今日はクラスごとに自己紹介という名のホームルームをしたのち、解散という流れになるらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る