第六章 色男の助力

 一方、朱華と風吾は瑠璃を探し続けていた。村から町へ、手当たり次第に訪れ三月が過ぎた。しかし、手がかりさえ見つからない。



 ▫️朱華の過去


 ある町の門をくぐりながら、朱華はふと幼い頃のことを思い出していた。


 ――あの時、瑠璃がいなければ、自分はどうなっていたのだろうか。


 朱華は幼い頃、養父に連れられ村へ越してきたが、その生活は悲惨なものだった。養父の支配的な態度と暴力により、心も体もボロボロになっていた彼女を救ったのが瑠璃だった。


 ある日、瑠璃は朱華の状況に気づき、養父の所業を村の人々に証明してみせる。そして朱華を養父から引き離し、保護したのだった。


 養父は村を追放され、村人たちは口々に瑠璃の子どもとは思えない手腕に驚いていた。そんな彼女だからこそ、祭事の巫女という役割に選ばれる要因になったのかもしれないが…


(こんなことになるなら、無理やりにでも私が巫女役を代わればよかった…)


 焦燥感に苛まれる朱華を見て、風吾は「そんなに自分を追い詰めるなよ」とさりげなく声をかける。その言葉に、朱華は少しだけ気が楽になった。



 ▫️謎の青年


 二人は町の中ほどにある飯どころに入った。そこには食事を楽しむ客たちのほかに、昼間から酒を飲み賭け事に興じる者たちがいた。下品な笑い声に、女たちの色っぽい声が混ざり、朱華と風吾は思わず眉をひそめる。


「おい、こんな場所で何かわかるのか?」店内の騒めきから身を隠すように風吾が尋ねた。

 情報が見つかればいいと店に入ったものの、朱華も同じ疑問を抱いていた。しかし、手がかりがまったく掴めない状況に苛立ち、少しやけになっていたのだ。


「……」


 朱華は黙って立ち上がったが、その勢いで誰かにぶつかってしまう。


「痛えな!」


 ぶつかった相手は酒臭い男だった。よろめきながらも朱華に詰め寄ってくる。

 一瞬怯んだが、すぐに男を睨み返した。


「なんだ、その目は!」男はさらに気を害し、声を荒げて迫ってくる。しかし、間に風吾が割って入った。


「悪かったな、こっちの不注意だ。謝るからこれで勘弁してくれないか?」風吾は頭を下げ、事態を収めようとする。


 だが、酔った男の気は収まらない。風吾の態度に苛立った男は、勢いよく頭突きを放った。


「!痛ってえ…」


「風吾!」


 風吾はよろめき、朱華が思わず声を上げる。しかし、風吾は「手を出すな」と目で制した。


 その様子を見た男はさらに苛立ち、再び手を上げようとしたが──その瞬間、別の声が割って入った。


「まあまあ、そのへんにしとけよ」


 声の主は、遊び人風の青年だった。洗練された立ち振る舞いに、女たちがきゃあ、リクさん、と声を上げる。


 男は青年を睨んだものの、どうやら分が悪いと判断したのか、舌打ちして席に戻っていった。


 青年は朱華と風吾に視線を向け、「こんな場所で目立つことするもんじゃないぜ」と軽く笑う。



 ▫️役に立つ男


 朱華は青年に礼を述べた後、風吾と共に店を出た。外に出ると、風吾は額をさすりながら苦笑いを浮かべる。


「ちょっとは冷静になったか?」


 その言葉に朱華はしおらしくうつむき「ごめんなさい…」と小さく謝った。その態度が珍しかったのか、風吾は思わず笑みを漏らす。


「なんだよ。お前が突っ走って、俺が尻拭いする。で、それを瑠璃が後ろで笑ってる…いつものことだろ?」


 その言葉に、朱華は一瞬きょとんとしたが、すぐに思い出して笑った。


「そうだったわね……ありがと、風吾」


 二人はそんな会話をしながら、再び歩き出そうとした。

 しかし、背後から軽い声がかけられる。


「お二人さん、待ちなよ」


 振り返ると、先ほど助けてくれた青年が立っていた。

 改めて見ると女たちが色めき立つのも納得する美青年だが、着物を着崩しだらしない雰囲気をまとっている。しかし、どこか品が漂っていた。


「人を探してるんだろ?手伝おうか」


 その言葉に、二人は警戒心を露わにする。


「……どうして知ってるの?」


 朱華が眉を顰めつつ問いかけると、青年はあっけらかんとした表情で答えた。


「君ら、この町を歩きながら『ルリがいない、ルリはどこだ』って騒いでただろ?あれだけやれば、嫌でも耳に入るさ」


 朱華と風吾は思わず顔を見合わせた。


「瑠璃を知ってるの!?」


「いや、残念だけど知らないよ。けど俺はこう見えて顔が広くてね、探すのは得意なほうだと思うぜ?」


 青年は人好きのする笑顔で言ったが、どこか胡散臭い。朱華は青年をまっすぐ見つめ答える。


「…悪いけど、私たち真剣なの」


「まあ、そうだな。俺らは他の町にも行くし、興味本位でついてこられてもあんたに得は無いと思うぜ」


 風吾もそう言うと、青年は口元に笑みを浮かべた。


「興味があるってのもあるけどね。俺はこの町の出身じゃないし、そろそろ出るきっかけが欲しかったんだ。俺に得は無いかもしれないが、君らに損もない…だろ?」


 軽薄そのものと言えるその態度に、朱華と風吾は警戒心をさらに強めた。

 しかし、三月もの間手がかりすら掴めない状況が続いている現状、すぐに断り切ることもできなかった。


「なら、信用できる理由が何かあるのかよ」と風吾が問い詰めるように言うと、青年は少しだけ真剣な顔つきになる。


「さっきの喧嘩の場でも見ただろ?俺は君らにとっては役に立つ。それに、なんだかんだで困ってる奴を見ると放っておけない性分でね」


 その言葉は完全に信用できるものではなかったが、朱華は決断した。


「……わかったわ。あなたの力を借りる。でも、変な動きをしたらすぐに出ていってもらうから」


「怖いねえ」と青年は笑った。


「改めて、俺は陸緒りくお。よろしくな」


 行き詰まった状況を打開するために、朱華と風吾は陸緒の協力を受け入れることにした。

 三人は瑠璃を探して町を出るため歩き出す。


 果たして、この軽薄そうな遊び人が、瑠璃を見つけ出す手助けとなるのか。旅の行方は、まだ誰にもわからない。

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湖月の瑠璃 阿部 吉 @abe12

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