第三話 ブラコンアイドル

「ただいま〜」



レッスン場を後にした俺は、特にやることもなかったので、自宅へと帰っていた。



両親は海外で仕事をしているため、長らく家を開けている。



現在は二人暮らしであり、もう一人は既に帰ってきていると思うのだが……



「……嫌な予感がする」



妙な悪寒に襲われながらも、俺はリビングの扉を開けて中に入る。



「だ、誰もいない……?」



と思ったが……背後から気配がする。



恐る恐る振り返って見ると……そこには、裸エプロンをした女性が立っていた。



「おかえり〜!みなと〜!」


「と、とうとうここまで来たか……八重やえ姉さん……」



俺には心音しんおん 八重やえという一つ上の姉さんがいる。



気づいた人もいるだろうが、彼女は"フリージア"のセンターを務める心音こころね 八重やえと同一人物である。



「もしかしてぇ……私を食べたいと思ってる?」


「馬鹿なことを言うなよ……」


「もぉ〜照れちゃってぇ!可愛いんだからっ!」



姉さんが勢いよく抱きしめてくる。布越しに伝わってくる肌の感触が、生々しくもあり気持ち悪い。



そんな暴挙に出てしまうくらい、家の中での姉さんは、自他共に認めるブラコンアイドルだった。



そのため、俺の八重やえ みなとという芸名は、姉さんが離れ離れになりたくない思いから付けられた背景がある。



「とりあえず服は着てくれ……」


「どうしてなの?」


「……目のやり場に困るからだ」


「……私なら……どこ見られても平気よ?」



俺から少し距離を離すと、袖ぐり部分を"ギュッ"と寄せ、更に際どい姿へと変身する。



「こうなったら仕方ないか……」


「携帯なんて取り出して……あっ!お姉ちゃん分かっちゃった!」



俺が携帯を取り出したのを見ると、そのままの状態で前屈みになり、姉さんはポーズを決めていた。



「なるほど……姉さんは写真を撮られると思っているのか……」


「えっ!?違うの!?」


「姉さん……この画面を見てほしいんだけど」



俺は画面に"110"と表示されたものを見せつける。



「み、湊!?どうして警察に連絡するのよ!?」


「どうしてって……家の中に変態がいるから、逮捕してもらおうと思ってな」



俺が事実だけを述べると、光のような速さで、姉さんが土下座をしていた。



「す、すみませんでした……二度とこの衣装に身を包まないことを誓います……」


「……許してあげるから、早く着替えてくれないか?」


「!!」



姉さんが嬉しそうに感謝を口にすると、瞬きをした瞬間には、既に普段着へと着替え終わっていた。



「いつ見ても早いな」


「アイドルなら誰でもできるわよ?」


「そう……なのか……?」



あくまで普通だと語る姉さん。ライブにおいて曲と曲との間に、時間内に衣装替えを行う。姉さんの早着替えの秘訣はそこにある。



だとても異次元のスピードであるが、同じアイドルの彰人あきとも得意としているため、俺は黙って受け入れることしかできなかった。

 


「そう言えば……"フェリーチェ"を見てきたんでしょ?」


「ああ」



俺たちはリビングの椅子に腰をかけて、今日の出来事について話す。



「どうだったの?」


「そうだな……アイドルには向いてないって感じだったぞ」



その言葉を聞いた姉さんは、意外そうな顔をしてこちらを見ていた。



「あんたがそこまで言うなんて……どんなアイドルなのかしら」


「凡庸なアイドルだぞ……はな?」 


「やっぱり……あんたにはものがあったんだ」


「まあな」



姉さんは本当に俺のことを理解している。表情にでも出ていたのかと疑うぐらいに、姉さんの感性は鋭い。



「確か……来週には地方公演をやるのよね?」


「そうだな」


「この日は暇だし……しるべと一緒に行ってもいい?」



そう尋ねる姉さんだが、俺はその申し出を、キッパリと断った。



「どうしてなのよ?」


「どうせ見るなら……全てが完成した時にでも頼むよ」


「へぇ……それは挑戦状とでも言いたいの?」


「そんなことは言ってないだろ?」



既に目の前には、ブラコン姉さんの姿はいない。



ただそこには……他を寄せ付けないほどの圧倒的オーラを放つ、日本のトップアイドルがいた。



「そう……なら、今回は辞めといてあげる」


「助かるよ姉さん」


「その代わり、湊は私を甘やかしなさい」


「……どして?」



理由を聞いてみるが、姉さんは答えてくれない。それどころか、今は俺の膝を凝視している。



「早くしないと、今からでも導を呼ぶわよ?」


「ま、まさか実の姉が……弟の俺を脅すとはな……」


「さあ、どうするの?」


「……仕方ないか」



俺は全てを諦め、自分の膝を2回ほど叩く。すると姉さんは、待てが解除された犬のように、俺の膝上へと頭を乗せる。



「お、おい……あんまり頭を動かすな」


「馬鹿なことを言わないの。湊は私が眠りにつくまで、こうしてなきゃダメだからね?」


「そんな無茶な……」



例え姉さんに逆らったとしても、事態を悪化させるだけである。



「まあ……こういう時間も悪くないか」



どんな状況であれ、姉さんと一緒にいる時間は、俺にとってはかけがえのないものだからな。



……そうだよ。







例え俺のズボンが……姉さんのよだれで"ベトベト"だとしても……

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プロデューサーは恋愛対象外です! 吉川 @foggy8877

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