第28話
それから数日後。
かなり四苦八苦していたようだが、三人とも歌詞を提出してきた。
事務所に集まり、応接間でそれを囲む。
コピーされた用紙が、テーブルの上にそれぞれ並んでいた。
作詞をした三人が緊張した面持ちで、紙と雅を見つめている。
雅の隣には安心院が座り、向かいには詩織、桜子、葵の順で並んでいた。
雅は歌詞を手に取りながら、彼女たちに端的に説明していく。
「これから、最も曲に合っている歌詞を決めていきたいと思う。多数決。一番いい、と思った歌詞に手を挙げて。三人とも、これが自分たちの曲になるんだ、というつもりで読んでね」
雅の話に、三人が肩を強張らせる。
詩織はわかりやすく苦笑いしながら、隣の桜子の肩を揺すった。
「あたし自信ないよ~。そりゃ自分の気持ちはまっすぐに書いたけどさ~。これでいいのかな~、ねぇ、桜子~」
「わ、わたしに言われても……」
「ひ、人に見られるの、す、すごく恥ずかしい……。でもほかの人の歌詞は見てみたい……」
三人とも自信がなさそうにしながらも、他人の歌詞には興味があるようだ。
早速、雅は彼女たちの歌詞を配っていく。
受け取った三人は緊張した面持ちで、歌詞に目を落としていった。
雅が最初に見たのは、詩織の詩だ。
詩織の容姿から考えると納得で、彼女の性格から考えると意外な、やけに達筆な文字で詩織の想いが綴られていた。
一番上には、丁寧な文字でタイトルが書かれている。
『可愛くなりたい』
そのタイトルの時点で、詩織が書いた意味が十分にあるものだった。
『花は美しく風に揺れる だれに言われるわけでもなく そのつぼみも 花弁も 香りさえも 人の心を揺れ動かす でも 花にかわいいって自覚はあるのかな』
書き出しは意外にも詩的で、花と自分の気持ちを上手く調和させている。
歌詞はやがて、自分が理想とする姿が自分と乖離していく悩みが綴られていた。
けれど、本当にわたしが可愛くなろうとしたら、みんなはわたしを笑うだろう、とも。
詩織はかわいいものが好きで、それが理由でアイドルになりたい、と宣言していた。
だけど、ここまできちんとした考えを持ち、重く深い想いを抱えているとは思わなかった。
顔を上げて、詩織を見る。
長い髪を腰まで伸ばし、黒いセーラー服姿で紙に目を落とす彼女は、清楚なお嬢様にしか見えない。
もしかしたら、彼女のこの姿は、詩織自身の理想なのだろうか。
そう思えるくらい、とても美しかった。
……これで足がパッカーと開いてなければ、完璧だったのだが。
視線に気付いた詩織がこちらを見て、「な、なに」と恥ずかしそうに頬を染める。
足を閉じなさい、と言うべきなのだろうが、別の言葉がするりと口から出ていく。
「良い歌詞だと思う。詩織のまっすぐな想いが伝わってくる。綺麗で、とてもいい」
雅の直球な賛辞に、詩織は戸惑ったようだ。
慌てて視線を彷徨わせるが、それでも耐えられなかったらしく、紙で顔を隠した。はずかし~……! という声が聞こえてくる。
こういうところは、普通にかわいいと思うのだけれど。
恥ずかしさで足がバタバタをして、同じようにスカートが揺れる。今日は白。
それにはもう何も言わず、次は葵の歌詞に目を向けた。
字はあまり、上手いとは言えない。
自信がなさそうな小さな文字が、肩身が狭そうに並んでいた。
『教室のすりガラス』
楽に稼ぎたい、みたいなタイトルだったらどうしようかと思ったが。(まぁそれはそれで、いいんだけど)
一生懸命書いてあるのが伝わる筆圧の強い文字で、彼女の言葉が並んでいく。
『廊下に響く足音 春の日差し 教室のけんそう 口を開けて笑う 笑う いっぱいに笑う だけど 寝たふりをした女の子は 独りぼっち 独りぼっちはどこまで続く 続く』
青春、という言葉がある。
大体の人間にとって、学生時代は特別なものだ。大人になった今では考えられないほど繊細で、けれど陽の光が反射して輝くような日々。雅にだって覚えがある。
あのときの自分は、無邪気に笑って楽しそうだったな、と。
けれど、歌詞の中の人物はその輪に入れない。眩しい光景として、見つめるのみ。自分もそこに入れたら……、その権利があるはずなのに。だけど、一歩が踏み出せない。
だから、すりガラス。彼女が憧れる学校生活はぼやけていて、それを外から見つめているから。手を伸ばしても、冷たいガラスに阻まれる。決して手に入らないものとして、それを描いている。
この歌詞は、憧れと諦めが詰まったものだ。
「……いいじゃない」
思わず、ぽつりと感想をこぼした。
言葉を選ばずに言えば、葵は考えなしだ。
考え方も行動も、だいぶ危なっかしい。
だから、学校をやめたことに関しても、そこで上手く行かなかったことも、特になんとも思っていないものかと。。
だが、彼女は普通の学校生活に憧れていたのかもしれない。
全校生徒が十人以下の学校から、初めて一般的な学校に入る際に、彼女は様々な夢を見たのだろうか。
けれど田川葵が求めた学校生活は、もう二度と手に入らない。
その憧れがくすんで消えてしまったから、こうしてもうひとつの憧れに手を伸ばしたのかもしれない。
こういうものが見られるから、面白い。
葵がおどおどとしながら、雅を見る。
「ほ、本当? へ、変じゃない? 何か恥ずかしい感じになってない?」
「なっていない。いいよ、とても。葵、文才あると思う」
素直に伝えると、葵はしばらく目を瞬かせていた。
やがて、ふへへ、とやわらかい笑顔になっていく。
「な、なら作詞家になろうかな」と頭を揺らしているので、そこまでではない、と思いつつも最後の一枚を手に取る。
桜子の歌詞だ。
雅は、桜子を見る。
今日の桜子は、髪を首のあたりで括り、前に垂らしている。ブラウスにカーディガンを羽織っており、下はロングスカート。やわらかい雰囲気が、よりやわらかくなっている。
とても可愛らしい、普通の女の子。真面目でいい子なのは、雅がともに生活する中でひしひしと感じているものだ。
だけどきっと、彼女が抱えているものは――。
歌詞を見る。
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アイドル・コンプレックス・ガールズバンド 西織 @tofu000
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