夏の底で

クロ

夏の底で

蝉の声がけだるい午後の空気を満たしている。24歳の誠は、古い電気扇風機の音を聞きながら畳の部屋でゴロゴロしていた。大学を卒業し、都会での仕事に失敗した彼は、両親の住む田舎町の実家に戻り、無為な日々を過ごしている。


町に数少ない喫茶店「ミルクハウス」で、幼馴染の涼子と会うのが彼の唯一の外出理由だ。涼子は高校卒業後、町を出ずに喫茶店の仕事を始め、今では店主になっている。彼女は忙しそうに働きながらも、誠に話しかけてくる。

「なんかさ、戻ってきてからの方が元気ないよね?」

気づかれたことにイラッとしつつも、誠は答えない。そんな日常に変化が訪れたのは、町外れの廃線跡を歩いていたときだった。


廃線跡で拾った古いポラロイド写真。その中には、どこか見覚えのある風景を背景に、笑顔の若者たちが写っていた。裏には「1998年夏、夕暮れの高台で」と書かれている。

「この写真、見たことあるような気がするんだよな……」

写真を見せると、涼子も興味を示した。「これ、たぶん町の外れにある高台だよ。昔、夏祭りのときによく集まってた場所じゃない?」


興味本位で訪れた高台。そこは草が生い茂り、誰も来なくなった寂れた場所だった。けれど、写真に映る風景と照らし合わせると、確かに同じ場所だった。そこに立っていると、胸の奥に言いようのない懐かしさと後悔が押し寄せてくる。「俺、いつからこうなっちゃったんだろう……」誠の心に小さな疑問が芽生え始める。


ある日、涼子が「昔、ここでタイムカプセルを埋めたって覚えてる?」と言い出す。掘り返してみると、中には古い手紙やおもちゃ、そして1本のカセットテープが出てきた。テープには、高校時代の誠と涼子たちが録音した会話が残されていた。


「将来、絶対この町を出て、でっかいことする!」誠の若々しい声が再生され、涼子が笑う。「あんたなら絶対できるよ」――それを聞いて、今の自分との差に誠は胸が痛む。


涼子は静かに言う。「夢が叶わなかったからって、そんなに悪いことじゃないよ。この町でしか見えないものもあるんだし。」その言葉に少し救われた誠は、自分なりに何かを始めなければと思う。


次の日、誠は町の図書館で「地域観光振興」の本を借り、地元の歴史や文化を調べ始める。自分にできることが何なのかを探し始めたのだ。「ここで、もう一度やってみようかな」と涼子に話すと、彼女は微笑みながら頷いた。


写真を拾ったあの日から、少しずつけだるい日々が変わり始めた。涼子と一緒に高台から町を見下ろす夕暮れ時、誠は「俺、この町が好きかもしれない」と初めて思った。


夕焼けに染まる風景の中で、蝉の声が静かに遠ざかっていく――新しい季節の始まりを告げるかのように。

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夏の底で クロ @kuro_h13

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