エピローグ 新たなる戦いに向けて
「お疲れ様! カナタ! ディール」
ボニーが明るい声で二人を迎える。
「ただいまボニー」
「戻りましたボニー様!」
カナタとディールはボニーの絵が置いてあるいつもの地下の部屋に戻って来た。
「大変だったわね。ずっと見ていたわよ」
「え? 指輪で?」
カナタが聞くとボニーは「いかにも」と絵の中で頷く。
「指輪の回線は開いてなかったハズだけど…」
「なんども私やマジェスタ様の名を口にしてたじゃない。最初は呼ばれたものと思ってうやうやしく応えてあげようと思ったら、話の流れで名前が出ただけって知ってがっかりよ」
カナタの着けている女神信仰の指輪は、ボニーと何時でも何処でも連絡を取ることができる便利アイテムだ。女神の名を口にすることで回線が開くようにできている。そのため迂闊に名を口にすると勝手に回線を開いてしまう。絵の中で何もすることのないボニーであるから、どんなときでもそれに対応できる…というかされてしまう。
「神の名は迂闊に口にしちゃいけないって言うけど… まさにそれだな…」
「何言ってるの! 女神ボニーの庇護を受けられるのに、もっと私の名を口に出すべきよ!」
「…それじゃ狂信者じゃないか… ん…」
視線をボニーから外したときディールが小さく「ボニー様、ボニー様、ボニー様…」とつぶやいているのに気づく。
「おい止めろディール! 神様の名前は大事なものなのだから、迂闊に口にしちゃいけない… わかったな!」
「ふ、ふぁい! 大事なものなのれすね! わかりましたれす!」
「…大事に思ってくれるなら… それでもいいけど」
方便でしかないのだが、ボニーも頬を赤らめちょっと満足気である。
「それより早く着替えてらっしゃいな。そんなボロボロな格好みたことないわよ」
たしかにそうだ。レガシーデーモンが持つ炎のスリップダメージを結構くらってしまっていた。これには耐火アイテムや耐火性能のある装備で防ぐことができるが、カナタはそういうものを持っていなかった。彼は意外とそういう側面には無頓着で、スリップダメージを気にするくらいならポーションで回復するか、こちらのダメージが蓄積する前に相手を倒してしまえば良いと考えていたのだ。
ある意味ゲーム思考なのである。そこは前世と変わらない。
カナタの服は焼け焦げて酷い有様だ。ただ肉体は回復ポーションで無傷同然なので不自然に綺麗な肌が焦げた服と相まって妙な違和感がある。
「そうだね。レベル1だと装備が限られるからポーションだけじゃなく替えの服もそれなりにそろえた方が良いな」
「私が此処から出られれば服ぐらい修復してあげられるのにね」
「そんなことできるんだ。やっぱり魔法でさっと…」
「いえそこは針仕事よ! こう見えても縫物は得意なんだから!」
カナタは苦笑いをする。女神に針仕事はさせらないと流石に思った。ディールが着替えを持ってきてくれる。カナタはそれを持って浴場に向かった。
この狭い地下の中でも湯殿はある。ただカナタのいた世界の中世時代のものではない。魔法文化によってむしろ前世令和のような便利で清潔な設備なのである。
お湯につかっているとディールが「お背中流します」と入って来た。そんなこと無用なのだが、それよりディールの汚れの方が気になる。ここに来てから風呂に入ってない。
「ディール…。おまえ…。風呂っていつ入った?」
「わ、わらしですか? わらしは良いです。それよりカナタ様のお背中を…」
「ダメだ! お前も入れ! 僕が洗ってやる」
「ひっ! そ、そんなことは… わらしは大丈夫れすから…」
逃げ腰になるディール。だが、そんなディールの首根っこを掴んで装備をはがす。フサフサの体毛が露わになったところにお湯をかけ、石鹸でわしゃわしゃと泡を立てる。カナタは子供のころ大型犬を洗ったことを思い出していた。その犬は風呂には慣れていたが、洗われるときはいつも硬直しており、まさに今のディールの状態だ。
風呂釜は狭いが華奢なカナタと小さいディールが一緒に入るには十分である。いつのまにかディールも気持ちよさげにお湯につかっていた。
激しい戦闘の後で入る風呂は最高だなと、カナタは思った。
同じころ戦装備に身を包んだままのオルソ伯爵が執務室の椅子に座り、不機嫌な顔をしていた。
「どうしたトリー。こんなお宝を前にしてそんな顔をするもんじゃなかろう」
ベンドリックが机の上に置いてあるレガシーデーモンから取り出したレベル90相当の魔石を指さしながらからかうように言う。
「師匠…。せっかく兵たちをそろえて大戦(おおいくさ)に出向いた私に肩透かしを食らわせたのですぞ…。騒いだ血は宝物では癒せませぬ…」
オルソ伯はギルドからの知らせを聞いて即座に軍を編成し、城外のダンジョンのある墓場まで急行した。狭い墓場は伯の連れて来た軍勢で一杯になるほどであった。そしてダンジョンへ伯が先頭に立って入ろうとしたとき、奥からベンドリック達がこの宝物を携えて出て来たのである。
その時の驚きと落胆は伯を良く知っているベンドリックからすると、大剣士とは思えない子供のような表情の変化だったので本人には悪いが内心愉快でしかったなかった。
「ビーストはまだ健在じゃな。しかし無駄に血を流さず済んだのは領主としては重畳ではないかの」
「…無論。それにしても…せめて一合なりとも剣を振るいたかったものです…」
グルルと唸り声が聞こえてきそうなオルソ伯である。オーガの血がそうさせるのだろう。だが、オルソが強靭な大剣士であってもレベル90のレガシーデーモン相手では歯が立たない。都市の軍勢をもってしても倒せたかどうか。倒せたとしても大変な被害になっていただろう。
それが分かっているゆえに色々な感情に苦い顔をするしかないのである。
「そうがっかりするものでもないぞ… むしろこれからのことを考えると頭の痛い戦いが待っているからの」
「経験値の実…ですか」
ベンドリックが「うむ」と頷く。アーティファクトを使わず経験値を反映させレベルを上げる謎のアイテム。しかも一度に大量摂取すると魔物になってしまうことがわかっている。さらにはその魔物は人からも魔物からも経験値を得ることができるのだ。
「人と魔物の戦いならば我らの良く知るところであるが… それに属さない別の存在との戦いが始まるかもしれん」
「…属さない…別の存在… まさかあの者も?」
オルソ伯の頭にはレベル1でどんな高レベルにも遅れをとらないカナタが思い浮かぶ。
「…まったく関係ないとは言えないかもしれん… が、あの者は明らかにこちらの側じゃ。我らが神に加護を受けとる。本人が自称する以上にその気配を感じるんじゃよ」
「元大司祭の勘ですか?」
「…神を身近に感じることはもうのうなったがの… 遠い昔、女神マジェスタ様を仰いぎ、世間知らずに生きていたあのころに感じていた…あの感覚が…」
ベンドリックは目を細め昔を懐かしむ。が、その表情は魔術師に転職し俗世にまみれた自分を自嘲するような印象もあった。
「ともあれ、油断はできませぬな」
ここにきてようやくオルソ伯の顔に笑みが浮かぶ。ただ、知らぬ人が見たらその笑顔は恐ろし気に見える迫力あるものであったが。
「まったく、厄介事になるとお主は笑いよる」
「性分ですからな」
二人ともハハと笑った。
ベンドリックはこれから始まると言っていたが、実はもう始まっていた。時間は少し遡る。カナタと共にレガシーデーモンを討伐し、オルソ伯が包囲するダンジョンから彼らが出て来た時のことだ。
城外の狭い墓場は軍で埋め尽くされていたが、そこより少し北の小高い丘に森がある。その森の木々の上から様子を見守る影があった。そのことには誰も気が付かない。その者が隠密のスキルを働かせているか、それと同じ効果のあるアイテムを持っているからであろう。
ちょうど、オルソ伯にベンドリックが巨大な魔石を投げて渡し、彼が目を白黒させているところであった。様子をうかがう者はそんなオルソ伯の表情には興味はなかった。望遠鏡で巨大な魔石を確認し、何があったかを全て察する。
「参りましたね…。せっかくレガシーデーモンを復活させたというのに、もう討伐されてしまうとは…。人ベースなら地上に連れてこれるかとも思ったのですが…。また最初からやり直しですか…。ヤレヤレ、計画を遅らせると主人が怖いのですがねぇ…」
低い声で独り言をつぶやいている。その者はタイヤールであった。シュトルムを唆しダンジョンに送り込んだ張本人だ。
「せっかく私の手を貸してあげたと言うのに… まったく能無しな連中でしたね」
憤るタイヤールの左手は手首から先がなかった。
「…それにしても… 推測だとレガシーデーモンはレベル90…。それをあの人数で討伐するとは…。何か私の知らない秘武器でも持っているのでしょうか? …いや…むしろ…あの華奢な小僧が…」
望遠鏡でベンドリックの後ろにいるカナタに注視した。
「どうも不穏なものを感じますね…。詳しく調べる必要が… ム!」
独り言を言っているかと思ったら、何かに気が付いたように後ろに向かってナイフを投擲した。投擲したナイフはピタリと二本の指で止められてしまった。
「うーん。もう少し聞いていたかったんだけどな。でも、まぁ、こんどはおいらとお話しない? 独り言じゃさみしいだろ?」
投げナイフを受け止めたコーシカがそこには立っていた。
「また貴女ですか。本当に猫型の獣人は執念深い…」
「前回は後れを取ったけど、今度は本気でいくよ! 覚悟しな。よくわからん種族のオッサン」
「誰がおっさんか! ふざけるな!」
逆上し投げナイフを乱投するタイヤール。しかし、コーシカの両手に着けられた手甲鉤のような武装がそれらを統べて弾く。そして投げられたナイフの軌道をかいくぐりタイヤールの胸元を切り裂いた。辛うじてそれを避けるが上等そうな服は破けてしまう。
「手ごたえあったと思ったんだけどな…。その内側に着込んでる鎧はなんだい? 今までに触れたことがない感触… 固いけど微妙に柔らかい… このウルバルの爪で切り裂けないとは… ますます興味があるね」
「フン。悪いですが貴女と戯れている暇はありません。爆煙毒吐(ポイズンスモーク)!」
口から毒ガスを吹き出す。以前、見たスキルより濃厚で視界を奪うタイプだ。おそらく毒性も強いだろう。コーシカは息を止め、毒の煙に突っ込む。そして正確に相手の位置に爪の一撃を加えた。これにはタイヤールも肝を冷やしたようだ。すぐ横にあった木々がバッサリ切り倒されてしまった。
(油断なりませんね。アレを喰らったら流石に大ダメージを受けてしまいます…。仕方ありません…)
コーシカは瞬時に第二撃目を加える。間合い的にもこれは避けられないとコーシカも思っていただろう。しかし、今度はコーシカが驚くことになった。タイヤールの右腕が盾の様に変形し、そして爪に耐えられる程に硬化したのである。
「にゃんだ?!」
コーシカが怯んだ瞬間、逆の左手で攻撃される。その腕も変形していた。まるで槍のようであった。手甲で辛うじていなし後ろに飛びのき、毒煙から脱出する。
「ぷっは~。お前やっぱり人やその類じゃないな? 人の言葉をしゃべる魔物なんて聞いたことないけど… お前…魔物だな?!」
毒の煙を出て大きく息をつくコーシカ。コーシカの言葉を無視し、煙に紛れてそのまま逃げようとタイヤールが木々の枝を飛び渡る。だが下からタイヤールめがけ物凄い勢いで弾丸のように飛び出した者がいた。
それに彼が気が付いたときはもう遅かった。その弾丸のような者からの一撃がタイヤールの首を落とした。
「がっ…」
首と身体が分かれたタイヤールは言葉もなく地面に落ちる。それと同時に辺りの毒煙が晴れていった。
「あっちゃ~。やりすぎだって、メイリー。殺しちゃ情報得られないにゃ」
「申し訳ありません。お姉さま。しかし、この技は手加減できませんし、逃がすよりかは良いかと」
弾丸のように飛び出て来た者は黒装束の獣人。メイリーと呼ばれたこの娘はコーシカの妹である。楽天的なコーシカとは違い、恐ろしく気真面目そうな厳格な表情をしている。
「まぁ、メイリーのスキルはみんな暗殺特化だからね。わかるけど…。ふむ… 殺っちゃったものはしかたないか。遺骸を回収してクライアントに委ねるとしようか」
二人はタイヤールの遺骸の元にいくが、そこには何もなかった。
「どういうことにゃ?」
「血痕からすると確かにこの地面に頭と身体と別れておちております…。どこかへ行くにしても這いずった気配すらありません」
「これはクライアントへの説明がやっかいになったにゃ」
コーシカは腕組みし深くため息をついた。
神話の時代から神と魔の戦いは続いていた。今は神側の人が引き継ぎ魔物と戦い、経験値の取り合いをしている。実はこの経験値という魔力がこの世界のバランスを決めていた。この魔力を多く得た方がこの世界を統べるのである。
だから人間は魔族から、魔族は人間からしか経験値は得られない。
これはこの異世界の理である。しかし、どちらからでも経験値を得られる存在が現れようとしていた。これは世界を根本から変えかねない。
何者かの意図なのかまだ全貌を知る由もないが、大女神マジェスタより遣わされた異世界転生者であるカナタがこれに関わり、そしてその大いなる運命に身を委ねることになるだろう。結果が良い方向に行くのか、悪い方向にいくのか…。それは神すらも知ることはない。
今のカナタはただ目の前の使命を果たすだけだ。それは、女神ボニーを絵の世界から解き放ち、天界に返すために経験値を貯める。そのために彼は今日もギルドの扉を開く。
「ソフィアさん。魔物討伐のクエストは入ってますか?」
「ええ、また東の村にゴブリンが出たそうよ」
「同じ村?」
「いいえ、でも例の村と同じようにどこの領主からも棚上げにされているような場所。…で、依頼料も安いの…。大丈夫?」
「それは大丈夫。欲しいのは経験値だからね」
「気をつけてね… 帰りを待ってるわ」
そのソフィアの言葉に笑顔でカナタは返した。こうしていつもの魔物討伐の仕事が始まる。
LEVEL:THE ONE (レベル1で無双するとあるゲーマーの異世界転生英雄譚) 禰留間エニスル @hazamamasashi
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