第七話 「ゲームオーバー」

 楓が学校に来なくなり、一週間が経過した。

 不良たちはまた善を道端の石ころみたく扱うようになり、楓の方は悪い噂がさらに肥大した。最近ではどこかの社長と不倫関係となって夜逃げしたことになっているらしい。

 

 あれから楓の顔は見ていない。コンビニのアルバイトも辞めたそうだ。家は知っている、だがとても行く気にはならなかった。どんな顔をして会えば良いのか。

 今なら母が言っていたことの意味が分かる。

 

 平気なわけが無かった。楓はずっと傷ついていたのだ。戦って、踏ん張って、ついに助けを求めたのだ。それを自分は踏み躙った。自分の心の弱さを楓のせいにして責め立てて罵った。最後のチャンスだったに違いなかっただろう。あの時こそ、楓を救うことができた。

 それを駄目にした。もう全ては流れ去り、遅すぎる。背負って生きていくにはあまりに辛い。忘れよう、俺には過ぎたる恋だった。彼女は俺にはもったいない。気高すぎる、きっと再起して俺など忘れて生きていくだろう。自分にそれを言い聞かせた。そうしないと壊れてしまいそうだった。

 善もまた決められた流れの中に身を投じるつもりだった。

 

 しかし、運命は善を許しはしなかった。

 

 


 

          ◯

 

 ある日、善は学校内の応接室に呼び出された。ふかふかのソファに座らされ、また名前も曖昧な担任教師がテーブルを挟んだ向かい側に座った。

 

「麦原、警察からお前に連絡が来ている」

 

 全てが間違いだったのだと、それに気がついた時にはやはり遅すぎた。

 善が楓を守るために万引きを行った三件のコンビニは律儀に全ての店舗が犯人である善を特定した。制服を着たままだったのであっさりと分かったらしい。浅はかだったと悔いる力はもはや善には無かった。

 

 

 父はそれぞれの店舗を善と共に周って頭を下げ、賠償も申し入れをし、断られてもしっかりと代金を返した。運がいいことに警察への通報は取り下げられたらしい。

 前科はつかなかった。だが信用は失った。

 

 

 

 ──。

 

 全ての挨拶周りが終わり、家に帰ったときには善も父もくたくたに疲れていた。自分のせいなのに関わらず善は傷ついた。父のあんな弱々しい背中を初めてみたからだ。誰があんなふうにした? なんて情けないことだ。

 

「あ、父さん、あの」

 

とにかく後悔していた。謝りたいと、早く謝ることで自分を納得させたかった。

 父は答えず、靴を脱ぐと黙って善に背を向ける。

 

「善、お前にはがっかりした。反省しなさい」

 

 父はそれだけ言うと、静かに家の中へ入っていく。結局、謝ることはできなかった。

 ただ謝って楽になりたいという気持ちが見透かされたのか、それともあの屈強な父でさえ疲れたというのか。善は玄関で一人残された。

 

 一体、どこで間違えたんだ。

 善はまた目眩がしてきた。

 

 


 

  

           ◯

          

 善は空虚な日々に戻った。そして退屈さはさらに増した。父と言葉を交わすことも完全になくなっていた。というより、善が避け続けていた。そんな中で母だけは優しく寄り添ってくれたが、それすら善は拒絶した。

 世を捨てたような気持ちになりつつ、同時に頭の中の物語は次々と湧いてくる。まるで泉を掘り当てたかのようだ。アイデアが止まらない、爆発するのではないかというほどだ。

 しかし、不思議と創作意欲が湧かない。

 アイデアはこんなに面白そうなのに、どうしてそれを形にしようと思えないのか。それならノイズにしかならない。

 

「うそつき」

 

 あの時のことを思い出すと気分が悪くなって何もしたくなくなってしまう。嘘、そうだともと善は思う。所詮、嘘に過ぎない。自分のくだらない妄想なのだ。小説か、漫画か、何にしたってそれを作る人間がこの程度では生み出される作品もたかが知れている。

  


  

  

  ──。

 

 善は家を出なくなった。


 そしてある時、自室でふと思い立ち、首にハサミを突き立てた。

 

 願うことで叶うなら、あの時に戻りたい。やり直したい。ゲームみたいにリセットしたい。楓が好きだった。

 大事な人のためなら無茶をしろと父は言った。助けてやりなさいと母は言った。その全てを自分は都合の良いように解釈して守ることから逃げた。

 あまりに未熟で弱かった。我が身可愛さに楓を見捨てたのだ。流されて何となく辿り着いた先がゴールだと思っていた。だが、そうじゃなかった。楓は違う。自分の力で未来を掴もうと足掻いていたのだ。あれは希望だ。あんなに誰かに憧れたことはない。

 

 

 神様、どうか生まれ変わったら、俺を強い男にしてください。

 父のように逞しく、母のように優しく、楓のように気高い。そんな男に。もしなれたなら、今度こそ……。

 


 

 暗闇が訪れる。暖かく、そして冷たい。だが穏やかだった。

 空に流星が降るのが見える。虹色に輝きながら美しく落ちていく。

 

 善もその流星の一つとなった。

 ただ流れていく、前と同じだ。そうか、帰るんだな。善はどこか理解した。しかし不意にその流れは乱され、善は弾き出された。

 

 光に吸い込まれるように、善の意識は別の場所へ飛ばされていくのだった。

 


 

  

  『ある少年の話』 完


──次章に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

パンク・オブ・アウトローズ 星野道雄 @star-lord

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画