第2話

 状況が変わったのは、国に貢献こうけんした人たちを表彰する、王国主催のパーティーでのことでした。


 今年度リルルくん……いえ、リルル・フォーサー男爵令息が発表した研究論文は、次世代のどう開発のあしがかりとなる重要なもので、彼の研究を国策こくさくとしてサポートしていくことが国益こくえきにつながると、父王陛下がご判断するほどのものでした。


 ですので今回のパーティーの主役はリルルくんで、彼は多くの貴族や学者に囲まれて話を聞かれています。

 わたしとしましては、先生の晴れ舞台ということもあり、入念にゅうねんに身だしなみをととの新調しんちょうしたドレスで着飾ってきましたけれど、そのような装備では自分の不甲斐ふがいなさやいいようのない不安に目をつむることができず、壁際にたたずみ彼を見つめるのが精一杯でした。


(リルルくんはすごい。本当に……)


 王女という身分以外、わたしに特別なものはありません。

 必死に努力して、目一杯頑張って、父王陛下にはどうにか王族として平均的と判断してもらえる程度ですから。


 リルルくんが特別なのはわかります。

 そんなの彼の成果を見れば、誰にだってわかる。


 だけど、それでもわたしは……。


(わたしが、になりたい)


 大人にかこまれても、堂々と話し対応するリルルくん。とても9歳とは思えません。

 わたしが9歳のときは、とてもあのようには振るまえませんでした。


 すごい……です。

 悔しいとも思えないほど、素敵です。


 言葉にできない感情が溢れ、胸が苦しくて、泣いてしまいそう。

 あぁ、わたしはこんなにも、彼が好きなのですね。


 この苦しさがなのだと理解できますけれど、この想いをどこに連れて行けばいいのか、それがわかりません。


(わたしにはわからないのよ、リルルくん……)


 と、壁の花という王女らしからぬサボりをしていたわたしに、


「エルファミア」


 王太子のミハエル兄さまのお声がかかりました。


「あっ、ミハエル兄さま」


 隣に来たミハエル兄さまが、


「フォーサー博士はかせは、お前の個人教師だったね」


 そう口にする。


「そうですが、博士? リルル先生は研究員ではないのですか?」


 彼はわたしの個人教師ではありますけど、正式な立場としては王立魔導研究所の研究員のはずです。


「聞いていないのか? フォーサー男爵令息には、陛下より王国博士号が授与じゅよされた。彼は我が国で8人目となる王国博士ライブラ、フォーサー博士だ」

 

 リルルくんが、王国博士ライブラ……?


 王国博士ライブラ。それは我が国250年の歴史の中でも数えるほどしかいない、特別な称号であり地位です。

 一代限りですが伯爵と同等の地位が与えられ、どのような出自であれ貴族とみなされます。


 リルルくんは男爵令息ですからもともと貴族なのですが、それと伯爵同等では身分に雲泥の差があります。

 ですが、


「リルルく……リルル先生は、まだ9歳です……よ?」


 もうすぐ10歳になられますけど、それなのに王国博士ですか?


「お前は彼の論文を読んだか?」


 それは無理です。わたし程度にリルルくんの論文は理解できないし、そもそも何が書かれているのかすらわかりません。

 わたしは首を横に振ります。


「だろうな。オレも完全には理解できないが、魔導具の歴史を100年先に進める研究であるのはわかった。あの研究論文ひとつでさえ、彼が王国博士の称号を得るに不足はない。王国としては彼にはくをつけさせ研究を後押ししないといけない。それが国益となるのはわかりきっているからな」


 現在、この国に在籍する王国博士は、リルルくんを除けば二人ふたり


 ひとりは、王立大学の学長であるシバザキ博士。

 大陸でも随一といわれる魔法使いで魔導の専門家である彼女は、異国どころか異世界からきたと自称しています。

 それを証明するかのように、この国に現れた60年前から見た目が変わっていないらしく、少なくともわたしが幼いころからその姿に変化はありません。

 以前はキレイなお姉さまに思えていましたが、今では同年代の美少女のようです。


 もうひとりは、西の国境領をおさめる伯爵であり、第二国境騎士団の団長であり、王国博士でもあるガードナー辺境伯。

 武力と知力。ともに高いレベルでそなえたその人は、父王陛下の幼馴染で親友です。

 お父さまと同い年とは思えないほど若々しく、武人という印象が強くわたしなどは怖いと思ってしまいますが、幼いころより大精霊リアさまの加護かごを受けておられ、15歳で聖旗の乙女とともに魔獣王を討伐するという、大陸の歴史に名を残す偉業いぎょうをなされました。


 そのような傑物けつぶつたちのれつに、リルルくんがくわわる?

 いえ……くわわった?


 もちろんわたしにも、リルルくんが傑物なのはわかります。

 ですけど彼は、シバザキ博士やガードナー辺境伯のようなはなっておりませんし、本当に愛らしくて優しい男の子なのです。

 わたしにしてみれば王国博士は異常者のような存在で、リルルくんの印象と重なるものではありません。


 考えに沈んでいる間に、隣からミハエル兄さまの姿はなくなっていました。

 ふと、気づかないうちに下に向けていたらしい頭を上げると、女の子たちに囲まれて困った顔をしているリルルくんと目があいました。


 他の人にはどうかわかりませんが、彼はわたしにはわかる安心したお顔を見せ、女の子たちに頭を下げると小走りでこちらへ近づいてきます。

 彼女たちもわざわざ王女と事を構えるつもりはないらしく、リルルくんを追ってくる子はいませんでした。


 当然のように、わたしの隣に立つリルルくん。

 嬉しいですが、なぜでしょう? 同時に寂しくもあります。


王国博士ライブラになったのですね。すごいですね、リルルくん」


 その賛辞さんじに、彼は照れ笑い。

 とても歴史に名を残すようなすごい学者さまとは思えない、かわいいお顔です。


「研究にもっとお金が使えるみたいで、研究所のみんなでよろこんでいます」


 研究所。わたしの知らない、研究者としての彼。

 嬉しそうなリルルくんに、


「よかったね」


 そうつげたけれど、ふと不安になりました。


(王国博士となった彼に、王女の指導をしている時間が与えられるのでしょうか……)


 リルルくんがわたしの個人教師となったのには、わたしにという王命があったからです。

 ですが、そのミッションが始まって約1年ほどが経過した今、わたしは彼と仲良くはなりましたが、魅了したとは思えません。

 わたしが彼に魅了されたことは、自覚しておりますが。


 そもそも、わたしたちは年齢が離れすぎています。

 16歳の女と、9歳の男の子。性別が逆ならまだしも女が7歳年上という夫婦は、わたしの知る限り存在しません。


 王命を果たすのがわたし以外の誰かとなると、王女ではありませんが、王家に連なる姫である従妹いとこのルルレアがいます。彼女は現在7歳。

 わたしではなく、少し時間をおいてルルレアをリルルくんのお相手とえ直なおすのは、ふたりの年齢を考えると自然な流れではないかしら。名前もルルつながりですし……。


「……アちゃん。ミアちゃん」


 不安にまみれた妄想に飲みこまれていたらしく、意識を沈ませていたわたしを、リルルくんが腕にそっと触れて浮上させてくれました。


「ご、ごめんなさい」


「つかれましたか? ぼくも少しつかれました」


 いえ、そういうわけじゃないのですが……。

 正直なところ、自室に戻りたいです。できればリルルくんを連れて。


 そう思いましたが、そのようなことができるわけもなく、


「よろしいでしょうか、フォーサー博士」


 彼を呼びに来たのは、魔導師団のカレア団長でした。

 カレア団長は長年王国につくしてくれている重鎮じゅうちんで、子爵と身分は低いものの、彼に敬意けいいを払わない者は王族にもおりません。


(誰だろう?)


 声をかけられたリルルくんのお顔はそのようなものでしたので、


「リルル先生。このお人は、魔導師団のカレア団長でいらっしゃいます」


 その紹介に、リルルくんのお顔が輝きました。


「ドア界面のグララ指標解法を提唱されたカレア子爵さまですか!?」


 なんでしょう? 何語ですか?


「おや、ご存知でいらっしゃいますか。あのような古い論文を」


 カレア団長の顔が、嬉しそうにほころびます。

 そして始まる、わたしには到底理解できない会話。といいうか議論?


 ジャマになるのも悪いので、わたしはお二人に頭を下げ、その場を離れさせていただきました。

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2024年12月24日 14:00
2024年12月24日 18:00

わたしは、あなたがいいのです。 小糸 こはく @koito_kohaku

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