わたしは、あなたがいいのです。

小糸 こはく

第1話

「さすがです! かしこいです、ミアちゃん」


 10日ごとにおこなわれる学力テスト。

 その結果を、机に座るわたしの隣に立つ個人教師が、それはそれは愛らしい笑顔でめてくださいました。


「あ、ありがとうございます。リルル先生のご指導のおかげです」


 ペイラー王国第二王女であるわたし、エルファミア・ランド・ペイラーの個人教師を務めるのは、7歳で王立大学を卒業した天才児、リリル・フォーサー男爵令息。

 彼は天才少年と呼ばれているにしてはとがったところがないといいましょうか、普通の男の子のように見えます。


 いえ、9歳にしては幼い外見ですし、それにずいぶんとかわいらしい美男児ですので、普通というには問題があるかもしれませんけれど。

 男児にしては長めなサラサラの髪と、ぱっちりとつぶらな瞳が女の子じみた印象を与えていて、あまりに中性的な容姿ですから。


 別にですね、女の子っぽいのがいけないわけではなくてですね。

 その……かわいすぎるといいますか、あまりの美男児ぶりにドキドキしちゃうんです。キラキラ輝いているのです、この人♡


「先生はやめてください。ぼくも王女殿下とおよびしますよ?」


 先生呼びのわたしに、少し困ったような、すねたようなお顔をするリルルくん。

 だってわたしたち、ふたりきりのときには、


「リルルくん」


「ミアちゃん」


 と呼び合う約束をしているんですもの。


 とはいえそれは、少し前にテストでよい成績を収めたわたしが、ご褒美におねだりしたものですけれど。

 だって「王女殿下」などと他人行儀に呼ばれるより、その……素敵な殿方からは、愛称の「ミア」で呼んでもらえるほうが嬉しいではありませんか。


 わたしは現在16歳。年齢も身分も上のわたしが、彼を「リルルくん」と呼ぶのに違和感はないでしょうが、男爵令息でしかない彼が王女であるわたしを愛称の「ミア」に「ちゃん付け」で呼ぶのは、普通だと不敬に当たります。

 だからこれは、わたしのワガママなんです。


 ですけど勉強で褒めてもらえると、以前のように「先生」と呼んでしまうこともあります。リルルくんは「先生」と呼ばれるのがお好きでないようですし、気をつけないといけませんね。


「ごめんなさい。リルルくん」


 わたしの謝罪に、彼は微笑みをくれます。

 世界が光で満たされたように感じる、素敵な微笑ほほえみです。


 リルルくんとの授業は、わたしの私室でふたりっきり。

 隣室には専属のメイドが2人控えておりますが、呼ばない限りこの部屋に入ってくることはありません。

 ですので、この笑顔を受け取れるのはわたしだけ。

 わたしだけに与えられる、わたしだけの彼なのです。


 テストのチェックを終えたリルルくんが、間違いがあった箇所の解説を始めました。

 わたしは説明をちゃんと聞いているふりをしながら、近くに寄せられた彼のキレイなお顔を盗み見です。


(まつげ、長いです……。唇も色鮮いろあざやかで、色っぽいです♡)


 美男児とはいえ9歳の男の子にこの感情は、わたし……少し危険人物かもしれません。

 幼児に劣情をもよおすのは褒められませんが、わたしにはお父さまである国王陛下直々の『王命』があります。

 それは、


『リルル・フォーサーを魅了みりょうせよ』


 リルルくんがわたしに好意を持つようにさせ、婚姻を視野に入れた関係を構築こうちくしろという命令です。


 そうです、彼はわたしの『花婿候補筆頭』なのです!

 未来の旦那さまとして一番可能性が高い殿方、それがリルル・フォーサーさまなのです。


 天才児である彼の血を王家に取り込みたい。

 お父様にはそのような意図がおありなのしょうが、今のところ王命達成が進んでいるかはわかりません。

 むしろわたしのほうが、彼にかれてしまっている状況ですので。


 夢中にさせるべき相手なのに、自分が夢中になってしまっている。


 ですがそれはそれで、進展はしているのでしょうか?

 少なくともわたしは、旦那さま候補の彼に心惹かれているのですから、片方向からは近づいていますもの。


「少しむずかしかったかな? ミアちゃん、ここはゴレッドの連立式を使うんだよ。αにx/yの値を代入して……」


 真剣なお顔で解説をくれるリルルくんですが、


(か、かわいすぎます~♡)


 小さな唇が、キラキラ輝く瞳が、色白のしなやかな手が、全てが素敵すぎます。完璧です!

 頭が良く、美形で、素直で、愛らしくて、幼いのに紳士で、ときに甘えん坊で、笑顔が眩しくて、これほど素敵な人が近くにいて、好きにならずにいられる女子はいません!


(あ~ん、もう! 大好きです~♡)


 もしも、


「リルルくん、わたしと結婚しなさい!」


 そうつげたなら、この人を夫にできるかもしれません。

 可能性として100%ではないでしょうが、やってみる価値はあるはずです。


 可能性も価値もある。

 ですが、それは違います。


 彼の方から、「ぼくのお嫁さんになってください」といってもらいたいです。

 わたしがリルルくん……いえ、リルル・フォーサーさまをおしたいしているように、リルルさまにもわたしと同じ気持ちになっていただきたいのです。


 ともに『夫婦になりない』とおもい合い、結ばれたいのです♡


 と、ですがまぁ……それは言い訳かもしれません。

 わたしは怖いのでしょう。彼は凡人ではありません。この先の未来に、輝かしい功績が約束されている傑物けつぶつです。


 国策として、有能な人物の血を王家に取り込みたいというのは理解できますし、父王陛下が彼のお相手としてわたしを選んでくださったのは、本当にありがたいです。

 彼に見合う年齢の『王家系譜の姫』は、わたしだけではないのですから。


 ですけど、リルルくんを知るにつれて思うようになりました。

 この人は、本当にすごい人だと。


 だからこそ、怖くなりました。

 わたしごとき凡人が、この人の連れ合いになれるのでしょうか。


 この人を支え、この人と歩み、この人が幸福な人生を歩む手助けができるのでしょうか……と。


 これでもわたしは『王女』で、立場に付随ふずいした責任があり、わがままを押し通すことは許されません。

 それにわたし自身、王族としての責任を放棄するつもりはございません。


 気持ちはどうであれ、わたしは国の運営を円滑に動かすための道具でしかありません。王女とは、そういう存在なのです。

 そうあらねば、いけないのです。


 ですが、できるのなら。


 (リルルくん、わたしはあなたの妻になりたいです。この先もずっと、あなたの隣にいたいのです)


 と、そのように願っていたのですが……。

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