6 香りが秘めた真実

調香室に漂う香りは、徐々に複雑な層をまとい始めていた。

シルバーミストを核とし、涼音が加えた香料が次第に調和し、衝動を抑えるための試作品が形になりつつある。

彼女は香りを手首に一滴垂らし、慎重に嗅いだ。


「……これなら少しは効くかもしれない。」

衝動が完全に抑えられるわけではないが、以前よりも明らかに和らいでいる。

涼音は深い息をつき、椅子に体を沈めた。


その夜、涼音の夢には再び忘れかけていた記憶が現れた。

青白い花々に囲まれた庭、微笑む母親の姿、そしてどこか不穏な空気。

夢の中で彼女は幼い自分が花を摘もうと手を伸ばした瞬間、暗い影が覆いかぶさるように迫るのを感じた。


目が覚めたとき、涼音は汗で濡れた額を押さえ、浅い息を繰り返していた。

「記憶が……何かがおかしい。」

シルバーミストの香りが引き出す記憶には、どこか現実とは異なる違和感がある。


翌日、涼音は情報屋の男と再び顔を合わせた。

彼は笑みを浮かべながら、慣れた様子で調香室の椅子に腰を下ろす。

「どうだい、その香りの進展は?」


涼音は試作品を彼に手渡した。

「まだ未完成だけど、試してみて。」

男は手首に香りを一滴垂らし、嗅いでみる。


「……確かにこれは特別だな。なんというか、懐かしさを感じるような香りだ。」

彼の言葉に涼音は軽く頷く。

「その香りは記憶を呼び覚ます効果がある。だけど、吸血鬼にとっては別の意味を持つ危険性もある。」


「別の意味?」

男は興味深げに眉を上げる。


「吸血衝動を刺激する可能性があるの。だから、香りを正しく制御する必要がある。」

涼音はそう言いながら、新たな香料のリストを広げた。


さらに完成度を高めるため、涼音は記録にあった別の素材に目を向ける。

「ローズエバーグリーン……。これが次に必要な素材ね。」


彼女はその素材が、北の山岳地帯に咲く特別な植物から取れることを知る。

しかし、そこは人跡未踏の厳しい環境であり、危険な魔物の巣窟でもあった。


情報屋の男は彼女の視線を見て、ため息をつく。

「また危険な場所に行くつもりか?君も懲りないね。」


涼音は毅然と答える。

「必要なものなら、どこにでも行く。それが調香師としての私の仕事だから。」


男は笑みを浮かべ、肩をすくめた。

「分かったよ。どうせ止めても無駄だろう。今度も付き合ってやるさ。」


再び始まる新たな旅の準備を進める中で、涼音は調香室の棚に並ぶ試作の香料を見つめていた。

その中の一本を手に取り、蓋を開ける。

香りを嗅ぐたびに彼女の心には希望と不安が入り混じる。


「この香りが完成すれば……。」

だがその先には、自分が何を失うのかという恐れも隠れている。


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月下の調香師 魔石収集家 @kaku-kaku7

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