「――というわけで、今月号の校内新聞の評判は上々だよ!」


 ある日の放課後。部室で那津奈部長は自慢げに両手を広げた。


「いやー、鉄哉君のおかげだよ。ありがとねー」

「〆切はあぶなかったですけどね。……それに、俺はただ取材したことを記事にしただけですよ」


 結局のところ、俺が書いたのは「生徒会長がラケット紛失事件を瞬く間に解決した。真相は貝塚先生がうっかり伝え忘れていただけだった」という記事だった。俺の推測は一切書いてはいない。


 ……これでよかったんだろうか。

 正解はわからなかった。何が正しくて、何が間違っているのか。判断することはできなかった。


 だが、確実にいえることはひとつだけある。


「さすが生徒会長だな!」

「悪い人がいても安心だよね」


 校内を歩けば聞こえてくるのは、そんな声。

 そう。彼女のおかげで、今日も平和な学校は続いている、ということ。


 まあいいか。もうあの人に関わることなんてないだろうし。俺は細々とここで記事を書いたりするだけだ。


「やあ、少しいいかな」


 と、おもむろに新聞部のドアが開いた。視界に映るのは亜麻色のロングヘア。俺が今まさに思い浮かべていた生徒会長、神田依祈だった。


「依祈? どうしたのー?」

「うん、少し相談があってね」


 神田会長はほほ笑みを崩さずそう言ってきた。相談?


「君が書いてくれた記事、とても評判がよくてね」

「そうみたいですね」

「私も読んだが、文章がとてもきれいで読みやすいよ。まさに芸術だね」

「はあ、ありがとうございます」


「そこでなんだが、今月だけの記事じゃなくてぜひ連載をしてみないか?」

「――はい?」


 ちょっと待て。今なんて? 連載?


「これからも私のところに相談に来る生徒はいるだろうからね。それを取材して、記事に書いてもらえないかと思ったんだよ」

「なっ」


 瞬間、この人の真意がよぎる。神田会長は、自分の目指す平和のためにこれからも自分の記事を書かないかと提案してきているのだ。


「いや、それは」

「いいじゃんそれ! やろうやろう!」


 勘弁してくれ。俺は条件反射的に否定しようとする。だが部長のウキウキな声によってそれは阻まれた。


「ぜったい校内新聞の読者数も伸びるよ! はい、けってーい!」


 両手を挙げて宣言する部長。同時に、俺の拒否権が失われたことも決定した。


「で、さっそくなんだけど。これから依頼人が来る予定でね」

「さすが依祈! じゃあ取材、よろしく頼んだよ鉄哉君」

「ちょ。俺行くなんてまだひと言も」


 なんとか覆らないかと主張しようとしたが、俺の喉はつっかえた。神田会長が、いつものほほ笑みで見ていたからだ。有無を言わせない、鉄壁の笑顔。

 そして彼女は言う。


「――というわけで、これからもよろしく頼むよ? 鉄哉君」

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アーティスティック・アーティクル 今福シノ @Shinoimafuku

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