5
「――では、取材は以上です」
生徒会室に戻って、俺は持っていたメモ帳を閉じると神田会長に言った。
成瀬先輩は先に帰っていた。最後までうれしそうな、ほっとしたような顔をしていた。
そんなわけで、俺と神田会長の二人きりである。
「いい記事は書けそうかな?」
「はい。成瀬先輩も記事にすることを了承してもらいましたので」
生徒会室には雲間から夕日が差し込んでいた。それは、この人が本当にわずかな時間で解決に導いたことを意味している。
「さてと。それじゃあ今日はこのへんにして、私も帰ろうかなっと」
うーん、と伸びをする。あわせて彼女の影もにょんと伸びた。
「神田会長」
そんな彼女に向かって、俺は声をかけた。呼び止めた。
「もう、名前でいいって言ってるのに。まあいっか、どうしたの?」
「最後に一つ、質問いいですか?」
俺が言うと、少しだけ間が生まれる。ややあって「うん、いいよ」と。
許可は出た。なので、俺は自分の考えをそのまま口にする。
「今回のこと、全部わかってたんじゃないですか?」
「……どういうことかな?」
「そのままの意味です。正確に言うなら……この事件、神田会長が仕組んだんじゃないですか?」
訊くと、いつもの鈴が鳴ったような笑い声が。
「ふふ、おもしろいことを言うね。どうしてそう思ったのかな?」
「明確な根拠、証拠はありません。ただ違和感から連想しただけです」
「違和感?」
「まず気になったのは、成瀬先輩がラケットのことを部員に話していなかったことです。いくら部内で騒ぎになるかもしれないとはいえ、普通は真っ先に訊くと思います。誰か知らないって」
どこかに置き忘れていたりしたら他の部員が気づいてくれた、なんてパターンだって十分にあり得る。
「でもそれをしなかった。理由があったから。俺はこう考えました。……成瀬先輩はおそらく他の部員との関係でうまくいっていない部分があるんじゃないかって」
孤立。
そして成瀬先輩も薄々気がついていた。だから部員に訊けなかった。貝塚先生にも確認もできなかった。万が一、部員の誰かが嫌がらせで隠していた、なんてことが真相だったとしたら。生まれた亀裂はもう二度と元には戻らない。
「だからこそ、あなたに相談することにしたんです」
部外者であり、この状況をなんとかしてくれるかもしれないという期待のある、彼女に。
「でもそれは、最初から神田会長が仕向けたんです」
「……どうやって、かな?」
「あなたは貝塚先生に、サプライズで部員ラケットのガット交換をしてはどうかと提案しました」
さっき貝塚先生が見せたウィンク。それは俺でも成瀬先輩でもなく、神田会長に向けたものだったのだ。うまくやった、という。
「あなたは元々バドミントン部内の不和を知っていた。このままでは大きなトラブルに発展するのではと考えた。だからこっそりと貝塚先生に依頼することで、成瀬先輩のラケットがなくなったという状況を意図的につくりだしたんです」
そうして、自身に相談させた。
あとは簡単だ。相談を、事件を解決してみせればいい。悩むことはない、はじめから真相を知っているんだから。
「……なるほどね。とてもおもしろい推理だよ、鉄哉君」
「いいえ、これはただの推測です。裏付ける証拠は、俺の手にはありません」
ミステリーに出てくる推理とはほど遠い代物だ。まがい物だ。
「なので、違うのであれば否定してもらってかまいません」
それに、動機もわかってはいないし。
言い終わると、雲が晴れたのか夕日が部屋の中を埋めつくした。同時に神田会長の姿は逆光となり、まるで影と同化したみたいに黒くなった。
「君はさ、平和な世界をつくるにはどうしたらいいと思う?」
「平和、ですか?」
「それはね、そもそも事件が起きないことだよ」
神田会長はさらさらとした口調で話す。
「あるいは事件を起こす気にさせない、かな? 何かをしても、すぐに暴かれる。見つかる。それがわかっていたら、悪いことをしようなんて気持ちにはならないでしょ?」
「じゃあ、今回のことを仕組んだのは」
いや、それだけじゃない。今までのウワサ――すぐさまこの人が解決したという話も。
「だから俺の取材を受けて……記事にするのを了承したんですね」
名探偵たる自分の存在を、校内に広く知れ渡るようにするために。
彼女の言う平和を。平和な世界を、この学校にもたらすために。
「どうだろうね、ふふ」
神田会長は答えない。肯定も、否定もしなかった。
「それで、君はどうするのかな?」
「え?」
「今、君が言った推理を記事にするのかい? 実は私がペテン師だったって、書くのかい?」
「……いいんですか? 口止めとか、しておかなくても」
「私はどちらでもかまわないよ。どんな記事を書くかは、君たち新聞部の自由だから。あとは鉄哉君、君がどう判断するか、だよ」
にこり。彼女は何度目かわからない笑顔を、俺に向けてくる。それはまるで底の見えない、海をのぞきこむかのようだった。
そんな笑顔を前に、
「俺は――」
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