「――というわけで、これが真相だよ」


 俺たちは部室棟から校舎へと移動した。そしてたどり着いたのは、


「職員室……?」

「ここに真相があるってことですか?」


 さっき少しだけ部室を見ただけなのに本当に? という疑問が口をついて出そうになったが、彼女の笑みがそれを止める。それほどまでに、神田会長の表情からは自信が感じ取れた。


「じゃあここに、犯人が……」


 ドアの前に立つ成瀬先輩。そこから先の言葉はない。表情も戸惑いを隠せていない。それもそうだ。俺だってここに来た時点で、彼女と同じ心境だった。


 成瀬先輩の話だと、部室の鍵を持っているのは部員と……顧問の先生。ここは職員室。

 つまりだ。犯人は――


「あら?」


 と、ガラリとドアが開く。そこにいたのは今まさに俺たちの頭に浮かんでいた人物、バドミントン部の顧問、貝塚先生だった。


「成瀬さん、どうしたの? 今日、部活はお休みのはずだけど。それに一年の福地君まで」


 目を丸くして俺たちを見る。いつも通り、かっちりとしたスーツに身を包んで。

 そして手に握られていたのは――赤色の細長い巾着袋。その特徴は、少し前に聞いたばかりのものだ。


「先生、それ……」


 成瀬先輩の反応からも間違いない。彼女のラケットケースだ。まさに、動かぬ証拠というやつだった。


「ちょうどよかったわ! はい、これ」


 が、貝塚先生は顔を明るくさせると、ラケットケースを渡してきた。


「え……? は、はい」


 言われるがままに受け取る成瀬先輩。俺もわけがわからなかった。神田会長だけが、微笑みを崩さずにいた。犯人を追い詰める推理を披露しようという素振りは見られない。


 いったいどういうことだ……?


 成瀬先輩はおそるおそるといった様子でラケットケースを開ける。


「あ……!」


 思わず、といったような声が上がった。その理由は後ろにいる俺も理解できた。

 取り出されたラケット。そのシャトルを打つ部分、ガットが光沢を帯びていたからだ。それが意味するところは、


「先生、ガットを取り替えてくれたんですか?」

「ええ、けっこう傷んできてたでしょ? 成瀬さん以外もみんな、夏の大会からずっと使い続けてたから。だから全員分、新品に交換してもらったの」


 ちょうど二日間部活がお休みになるからいい機会だし、と貝塚先生は言う。

 つまり、部員全員のラケットを貝塚先生が預かってたってことか。成瀬先輩のラケットが盗まれたとかじゃなくて。


「あ、もしかして待ちきれなくて来ちゃったの? ダメだよ、今日はお休みなんだから、打ってみるのは明日、ね?」

「あ、いえ…………そうですね。待ちきれなくて来ちゃいました」


 成瀬先輩もそのことに気がついたのか、照れたように笑う。ここに来た元々の理由を告げることはせずに。


「それにしてもよくわかりましたね。ガットの交換時期なんて」

「私も学生の頃にバドミントンをやっていたもの。それになんてったって顧問ですから……ね?」


 パチン、と貝塚先生はウィンクをしてくる。

 そんな彼女に、成瀬先輩はぺこりと頭を下げた。


「先生、ありがとうございます」

「いいのいいの。次の大会もがんばってね」

「はいっ」


 それから俺たちは職員室を後にした。並んで廊下を歩いていた。

 成瀬先輩の胸には、大事に抱きかかえられるようにラケットケースが。他の部員のラケットは明日の部活の時に返すことにして、彼女のだけ先に受け取った形だ。


「依祈ちゃんに相談してよかった」


 成瀬先輩はひとりごとのように言う。


「依祈ちゃんがいなかったら、私……」

「そんなことはないさ。結果論だが、明日になれば君の不安や心配は取り除かれていただろうからね」

「ううん。その一日は大きいよ。誰かにられたんじゃないかって思って明日まで過ごすことを考えたら……」


 成瀬先輩の言うとおりだ。たった一日だが、神田会長の功績はたしかに存在する。


「ともあれ、無事にラケットが戻ってきてよかったよ。……これで事件は解決、かな?」

「うん。ありがとう、依祈ちゃん!」


 返ってきたのは、溌溂はつらつとした声とともに、とびきりの笑顔。

 これがこの人の本来の表情なのか。そしてそれを取り戻したのは、他でもない生徒会長、神田依祈なのだ。見事な推理によって。

 そんなことを、俺は今回の取材の最後に感じとったのだった。

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