「――それで、ここが現場、というわけだね」


 俺たちは成瀬先輩に連れられて部活棟――女子バドミントン部の部室のドアを前にしていた。


「それじゃあ、失礼するよ」


 成瀬先輩が鍵を開けた後、神田会長はさっそくとばかりに部室に入る。


「鉄哉君も早く入りなよ」

「いやいや。俺が入っちゃマズいでしょ」


 一枚ドアを隔てた先にあるのは男子禁制の場所だ。俺が足を踏み入れることが何を意味するか。つまりは変態だ。


「気にすることはないだろう。女子が着替えているならともかく。なあ?」

「う、うん。今日は部活も休みだし」

「いや……まあ、二人がそう言ってくれるなら」

「むしろ、そこにいたままだと逆に怪しまれてしまうよ?」


 神田会長の口角が上がる。たしかに、これでは女子部室の前で待機するという別ベクトルでの変態が誕生してしまいかねない。


「ああもう、わかりましたよ」


 俺は崖から海に飛び込むような気分で敷居をまたぐ。

 出迎えたのはなんともいえない甘い香りだった。女子の部室は常にアロマでもたいているのか?

 ええい、考えるな。今は取材に集中、集中。


「どうしたんだい? 頭なんて振り回して」

「いえ、こっちの話なんで……」


 邪念を振り払い、俺は部室内を見回す。あくまで現場の状況を確認するために。

 部室の中は左右の壁に沿う形で扉のついたロッカーが並んでいた。


「ここが私のロッカーなんだけどね」


 成瀬先輩が部屋の角部分にあたるロッカーを開ける。鍵がかかるタイプではないようだ。

 中をのぞき込むと、制汗スプレーと試合記録と書かれたノートがあった。当然ラケットは見当たらない。


「この中にあったはずなの。赤い袋のラケットケースに入れて」

「いつ気がついたのかな? なくなっていることには」

「昨日かな。おととい部活が終わってロッカーに入れて帰って。次の日、部活は休みだったんだけどノートを取りにきてロッカーを開けたら……」

「ふむ。ラケットは部活以外の時間、いつもここに?」


 神田会長が続けて質問を投げかける。


「ううん。おとといは雨が降ってたでしょ? 濡れるのが嫌だから置いて帰ったの。雨の日はみんなそうしてて」

「つまり、なくなったのは一昨日の部活後から約二十四時間の間ってことだね」


 うなずきながら、神田会長は部屋の中を歩き回る。それから唯一の出入り口であるドアを見て、


「部室の鍵を持っているのは?」

「えっと、部員と顧問の貝塚かいづか先生、かな」


 貝塚先生。たしか今年から赴任してきた若い女性教師だ。いつもスーツ姿だから見覚えがある。


「あ、それと部室は基本的に施錠されてるかな。部活中でも部員が使わない時は鍵をかけることになってて」


 成瀬先輩が補足する。最近は不審者が入ってくるなんて話もあるし、当然だろう。


「ちなみに、ラケットがなくなったことは他の部員には言ったのかい?」

「ううん。その、変に部の中で騒ぎになると思ったから……」


 それもそうか。だってこの状況を考えれば、


「犯人は部内の人間の可能性が高いですからね」


 自由に出入り可能な生徒は現役の部員たち。なので必然的に容疑者は絞られる。


「やっぱりそう、なるよね」

「はい。入口のドアにも鍵をこじ開けた形跡はありませんでしたし」


 なかなか年季の入ったドアだが、ドアノブに目立った傷は見当たらない。

 と、神田会長が俺の方を見ていた。目を細めて、ほくそ笑んでいた。


「な、なんですか」

「よく観察してると思ってね。探偵の素質があるんじゃないかい?」

「俺は見たままの感想を言っただけです。それに探偵は神田会長の方でしょう」


 俺の役割はあくまで彼女がいかにして事件を解決に導くのか、取材をすることだ。


「神田会長だなんてよそよそしいなあ。鉄哉君も名前で呼んでくれてもいいのに」

「遠慮しておきます。俺たちはあくまで探偵とそれを取材する人間ですから」


 とはいえ、この現状で解決するのは難しいだろうな。

 犯行が可能な時刻と人物は絞られたが、いかんせん手がかりが少ない。明確な証拠につながりそうなものはない。事件をすぐさま解決するとウワサの神田会長でも、これじゃあ決め手に欠ける。


 少なくとも、まずは部員全員に話を聞いて、アリバイを確認しないことには――


「わかったよ」


 だが次の瞬間、鈴が鳴ったように聞こえた。遅れて、神田会長が言葉を発したのだとわかった。


「わかった、っていうのは……」

「真相だよ」


 たった二文字の単語。だけどそれはまるでこの世界を司る存在のようにも聞こえて。

 彼女は穏やかな笑みを浮かべたまま、言った。


「すべてわかったよ。今回の事件の真相がね」

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