「――なので、取材をさせてもらえないでしょうか」


 翌日の放課後。俺はさっそく生徒会室のドアをたたいた。


「なるほどね。私の特集記事を書きたくて、というわけか」


 出迎えてくれた女子生徒はふむふむと話を聞いてくれている。

 彼女こそ取材の相手――生徒会長の神田かんだ依祈いのり先輩だ。面識がないけど、亜麻色のロングヘアが印象的なのですぐに彼女だとわかった。


「無理を言っているのはわかってます。ですが、早くしないと俺も部長の企画倒れの巻き添えに遭ってしまうので」


 まあ、本音を言えば断ってもらってもかまわないんだけど。ここで門前払いをされてしまえば、部長だって諦めるだろうし。

 だが、神田会長は鈴が鳴るような声で笑った。


「ふふ、那津奈らしいね」

「部長のこと知ってるんですか?」

「そりゃあクラスメイトだし、友達だもん」


 ちょっと待て、なら俺が行く必要なんてなかったんじゃないか。

 いや、部長が取材に来たら、部長が書く記事が〆切に間に合わないことが確定するからどのみち俺に選択の余地はない、か。


「いいよ、取材」


 そんな俺の苦悩を汲み取るかのように、神田会長は首肯する。


「本当はアポなしなら断るところなんだけど……運のいい君に免じてね」

「運がいい? 俺がですか?」


 意味がよくわからずいると、神田会長の亜麻色の髪がふんわりと揺れる。


「ああ、そうだよ。福地ふくち鉄哉君」


 直後、髪が揺れた理由を理解する。神田会長が首を動かして生徒会室の中を見せてきたからだ。


 そこには――いくつかあるパイプ椅子のうち一つだけ席が埋まっていた。

 具体的に言うならば、女子生徒が一人座っていた。


「ちょうど、依頼人が来ていてね」

「依頼って……会長に事件を解決してほしいってことですか?」

「もちろん。これから話を聞くところだから鉄哉君も同席するといいよ」


 さあ入って、と促される。会って話してまだ数分だが、ふんわりとした雰囲気の中に、どこか有無を言わせないところがあった。もう名前で呼ばれてるし。

 なるほど、部長と友達っていうのはウソじゃないようだな。


 果たして、俺は生徒会室に足を踏み入れた。神田会長の隣に座り、依頼人の女子生徒と三人で二等辺三角形を描くような状態だった。


「待たせてすまないね」

「ええっと、依祈ちゃん。こっちの人は……?」


 戸惑いながら訊き返すのは女子生徒。そりゃそうだろう、神田会長に用があって来たはずなのに、ゴツい男がいきなり現れたんだから。


「ああ、彼は私を取材したいっていう新聞部の人さ。鉄哉君、こちらは依頼人の成瀬なるせ千佳ちかさん。私と同じ二年生だよ」

「どうも。福地鉄哉、一年です」

「は、はい……」


 俺の会釈に呼応するように成瀬先輩も小さく頭を下げる。この人も俺と同じタイプ、内向的な人みたいだ。内側にカールしたミディアムヘアもそんな印象だし。


「せっかくなら事件を解決するところを同行してもらった方がいいかなと思ってね」


 依頼を解決することはもう決定事項なのか。なんて自信だ。


「ああでも、無理にとは言わないよ。それに君がいいと言った話以外は他言無用にしてもらうし。ねえ鉄哉君」

「はい。無断で校内新聞に載せるようなことはしません。ですから神田会長の言うとおり、断っていただいてもかまいません」


 ここでNGが出れば、なんて微かに期待を抱いて俺も言葉を続ける。だがよくよく考えてみれば、それは淡すぎた。


「えっと……はい。それなら、大丈夫です」


 だって、俺と同じ内向的な性格の人間がこの状況で断れるはずなんてないのだ。


「それじゃあ、あらためて」


 仕切りなおす神田会長。それを皮切りに、成瀬先輩はゆっくりと話し始めた。


「依祈ちゃんは、私がバドミントン部なのは知ってるよね?」

「もちろん。夏の大会もいいところまでいったと聞いたよ。さすが部のエースだね」

「そ、そんな。私なんてまだまだだよ」

「謙遜することはないさ。今はキャプテンになったし、名実ともに部を引っ張るエースじゃないか」

「それは、たしかにすごいですね」


 俺と同じタイプだなんて考えたのが申し訳なくなった。

 だが、成瀬先輩はうつむいた。


「ううん、やっぱり私には無理だよ……」

「何かあったんだね?」

「うん。今日はね、部活のことで相談があって……来たの」

「と言うと?」


 神田会長が問う。彼女の真意を。彼女がここを訪れた理由を。

 それに成瀬先輩は、針が落ちるように答えた。


「なくなっちゃったの……私のラケットが」

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