アーティスティック・アーティクル

今福シノ

「――というわけで、鉄哉てつや君には生徒会長の取材に行ってほしいんだよ!」


 ハキハキとした声が降ってきて、俺は原稿を広げた机から顔を上げた。


「えっと……なにが『というわけ』なのかさっぱりなんですけど」

「もー。またそうやって冷たい目でー」


 我らが新聞部の部長、那津奈なつな先輩はくちびるをとがらせる。が、すぐさま笑顔になると、少し大きめの紙を広げてきた。校内新聞のレイアウト用紙だ。


「来月号、生徒会長について特集を組もうと思っててね」

「はあ」

「ってなると、やっぱ本人への取材は必須でしょ!」


 宣言するようにグッと拳を握って掲げた。部室には部長と俺しかいないけど。


「えっと、いくつか質問いいですか」

「いいともー」

「なんで今になって生徒会長の記事を?」


 生徒会長選挙は一学期だ。だが季節は夏を通り過ぎて秋。今さらスポットを当てたって、みんな読んでくれないんじゃないだろうか。

 すると、先輩は「ちっちっち、甘いよ鉄哉クン」と指を振って、


「むしろ今こそが旬なんだよ。聞いたことない? 生徒会長のウワサ」

「ああ、そういえば……」


 言われて、俺はクラスメイトが話していたことを思い出す。


「たしか……ここ最近、生徒会長が学校で起こった事件を次々に解決したんでしたっけ?」

「そのとーり。まあ事件っていっても壁に落書きされたとか、ビニール傘が盗まれた、とかだけどね」


 たしかに事件というよりかは、日常の小さなトラブルに近い。

 とはいえ解決したことには変わりない。そうして今では生徒会長はこの学校で名探偵の二つ名を冠するまでに至っているというわけだ。


「しかも、あっという間に解決するって聞きました」

「そうそう。すごいよねー」

「部長も少しは見習ってほしいところですね。今月号の校内新聞、部長の原稿が遅れたせいで印刷が直前になったんですから」

「あはは……ごめんごめん」


 あの時も先生に怒られたのは部長ではなく俺だった。なぜだ。


「記事にするのはわかりましたけど、なんで取材に行くのが俺なんですか?」

「だって鉄哉君、ミステリーとか好きでしょ?」

「いや、たしかにミステリー小説は読みますけど」

「でっしょー? 私は部員思いだからね」


 部長はえっへんと腰に手を当てる。ショートカットの黒髪はいつもどおりボサボサ気味なせいで、ぴょこぴょこと跳ねていた。


「でも取材なんて、俺には荷が重いですって」


 ああいうのはコミュりょくのある人間がやるべきだ。俺はただのミステリー好きのインドア派。部長が望むような取材を果たせる自信はない。


 だが俺の考えとは裏腹に、部長はパンと手を合わせて食い気味に拝んできた。


「お願い! いつもインタビューしてくれてるほたるちゃんがインフルエンザになっちゃってさー」

「ああ、だからあの人最近、部活に来てなかったんですね」


 新聞部のムードメーカーの姿を思い出す。道理で部室がいつもより半分くらい静かなわけだ。騒がしい残り半分は目の前にいる人のせいだ。


「じゃあ部長が行けばいいんじゃないですか?」

「えっ?」

「企画立案者なんですし、その方が意図にあった取材ができると思いますけど」


 同じ二年生同士だし。至極合理的な提案だった。そう思ったが、部長の頬はぴくりと引きつった。


「あーいやー。それはちょっと……」

「ちょっと?」

「あ、あははー」


 ぎこちない笑み。そこで俺は気づく。部長の机に置かれている原稿用紙が、ほぼ真っ白であることを。


「……えへ?」


 仮に部長が取材に行くとする。するとどうなるか。簡単に想像できた。


 部長が書く分の原稿が遅れる。

  ↓

 新聞の印刷が遅れる。

  ↓

 ……先生にまた怒られる。俺が。


「……はあ」


 しかたない、か。

 その未来が見えてしまった時点で、俺はこう言うほかなかった。


「わかりましたよ」

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