第3話「花川 新利はぼっち」

第三話「花川新利はぼっち」


「…花川」

昼休み、自席でスマホゲームをしていると、目の前から俺の名前を呼ぶ声が耳に入る。

普段なら「本当に俺のことかな?」なんて疑問を抱くわけだが、この気だるげな声質には聞き覚えがある。

「あ、志津見か」

そう、声の主は志津見 藍咲。相変わらず血色の悪い肌質で、その姿には少しの不気味さをも覚えてしまう。

そして、彼女は俺の言葉に何かを返す様子もなく、ただこちらを凝視しながら立ち尽くしていた。

「…何か用でもあるのか…?」

そう訊ねると、少しの間を置いて志津見が口を開いた。

「…交換しよう、LINE」

「あ、おーLINEか。うん、交換しようか」

何を言い出すかと思ったらLINE交換か…そういうの言ってくるタイプだと思わなかったから一瞬戸惑ったわ…

「あ、でも志津見は俺と交換してもいいのか?」

単純に疑問だ。だって、俺キモいよ? LINEの友達が両親の二人しかいない俺のゴミ野郎っぷりを舐めるなよ?って話。

「LINE使うから、部活で」

志津見は淡々とそう言い切った。

「あー、それもそうか」

確かに、同じ部活なのに業務連絡が出来ないってなったら困るもんな…

「やってないでしょ?インスタは」

「あぁ、やってないな…」

もちろん、インスタはやっていない。あれはボッチでやるようなもんじゃないしな。

「私もやってない。だから、LINE。交換するなら」

「そういうことな。ていうか、さっきから全部倒置法で返ってくるのはなんだ…志津見の中で流行ってたりする?」

「そんなことない、別に」

それを倒置法で言われても説得力ないけどな…

「そうか…」

「ご飯の後すぐはボーっとしてるから…それでそうなってるかも」

…うん、あなた昨日の夕方もボーっとしてましたけどね…違いがわからん。

「なるほどな…」

「うん。じゃあ交換…しよ?」

志津見は小さな瞬きを一つ挟み、首を傾げる。長めの前髪から覗く瞳は、俺の心底をも見透かしているようだった。

その姿は一種の彫刻のようで、思考の巡りを優に遅らせてしまう。


「…あ、あぁ、そうだな」

俺は動揺を隠そうと急いでLINEを開いてみたが……どうやって交換するんだっけ?これ。

「ごめん、これどうすんだっけ…?」

触れてないと忘れるもんだな…

「ちょっと貸して」

その言葉が言い終えられる前に、俺の携帯は志津見の手に渡った。

一瞬焦ったけど、特に見られて困るものもないかな…まあ、強いて言うならメモに残ってる俺の自作ラノベだけはちょっと見られたくないが…いや、待て、あれはまじで見られたくないやつだ。

「できた、はい」

俺の心配は杞憂だったようで、志津見はすぐに携帯を返してくれた。

「おぉ、ありがとう」

LINEを見てみると、友だちの欄には"藍咲"の文字が刻まれていた。他人とLINE交換なんて初めてだから普通に感動しちゃうね。

「凪紗とも交換したら?」

「…あーまあ、そうだな…部活のグループLINEも作れるし…後でそうするわ…」

やっぱり涼川のLINEも必要だよな…

「うん、それが良い。じゃあ、バイバイ」

志津見は一度手を振ると、自席の方へと静かに去っていた。


…それで…涼川とLINE交換か…

こうして俺が涼川とのLINE交換を躊躇っているのには、理由がある。

それは、学校での涼川を見て、やはり自分とは全く違う人種であると感じてしまったからである。

陽キャグループに当たり前のように属し、当たり前のようにクラスのカーストトップに君臨している。

そんな涼川に対してクラスのお荷物でしかないような俺が、これからも彼女と関わり続けても良いのだろうか。


俺を何かに例えるならそこらへんの雑草、いや、雑草に付着してるゴミみたいなものだろう。

涼川とは、本当に住む世界が違っている。だから、俺は涼川とはなるべく関わりを持たないようにしようと、今日のうちに決意したわけだ。


主に学校内での関わりを減らし、ネット上ではこれまで通り接するつもりだ。別に涼川のことを嫌いになったわけではないし、急に話さなくなったら不自然だしな。

これは、元々会話のなかった学校内で、引き続き会話をしないというだけの話。だから、きっとこれが最善だろう。


「ねえ、聞いて。昨日バイト終わりにコンビニ寄ったらバカイケメンな店員いたんだけどさ〜」

俺の考え事を遮るように、陽キャ女子の大きな声が割り込んできた。窓際の黒板近くで女子五人ほどで集まり、雑談をしているようだ。

そして、その中には涼川の姿も見えた。

そう、このグループこそ、涼川が属している陽キャ女子グループだ。


「え、まじ?どこのコンビニ?」

「今度連れてって〜」

「でもみさきがイケメンって言う人大体あんまりじゃない?笑」

「それは確かにそうだわ〜」

そんな会話の後に、ぎゃははと大きな笑い声が聞こえてくる。


うん、陽キャの笑い声怖すぎる。もう全神経が起こり立つレベルに怖い……目覚まし時計の音とか地震の警報音に活用したら良さそうだな。

そして涼川だが、何か言葉を発している様子はなかった。何となく周りの雰囲気に合わせて笑顔を見せているような、そんな感じだった。


一度見ただけの俺ですらそれがわかってしまうのだから、周りの女子がそれに気づいてないということは多分ないだろう。

きっと、彼女達のグループは気が合うから一緒にいるわけではない。新学期の初めにレベルの高い女子を彼女達がそれぞれ見極め、つるんだ結果として出来たグループ。

そう、つまりは彼女達自身のカーストのためのグループだ。


そして、涼川はそれに巻き込まれてしまっただけ。だが、傍目に見てもレベルの高い涼川、そんな彼女と関わることをやめるのは、彼女達も悪手だと感じているのだろう。


涼川以外の女子たちについてはあまりわからないが、涼川はどこか居心地が悪そうだ。

しかし、グループ内のそんな状況を黙認して、関わりを持ち続けている他の女子達。きっと彼女達にも、半ば演じている面があるんだろうな。…となると、あのグループのほとんどが嘘みたいなものじゃね?


……うん、もうこんなこと考えるのやめよう。人間ってこわいな。何となく涼川とかその周りの状況を考えてみたは良いけど…普通に考えなければよかった。

やっぱり俺はぼっちでいい、というかぼっちが良い。再度、そのことを認識することになったな…


そして、"涼川とはなるべく学校で関わらない方がいい"ということも、同時に再認識することとなった。

涼川と俺が雑談を交わすような仲であると知られれば、涼川の株はガタ落ち。あのグループには間違いなくいられなくなる。

涼川自身があの立ち位置を良く思っていないのは知っているが、涼川はずっとあのような立ち位置で学生生活を送ってきた。本人が言っていたからそうなのだろう。そして、彼女はそんな生き方に嫌気がさしているとも語った。


だが、"涼川をその状況から助けてやりたい"なんて安易な感情は抱けなかった。

それは、彼女の今までを否定してしまうような気がしたから。涼川は自分を押し殺しながらも今まで上手くやってきた。それが紛れもない彼女の生き方だった。

だから、俺程度の人間が涼川と関わりを持つことで、彼女の生き方に変化を与えてよいのだろうか、マイナスの変化を与えてしまうのではないだろうか。

そんな心配が大きくなっていた。よって、学校ではなるべく涼川と関わらない、俺は再びそう決意を固めることとなった。


……しかし、この判断で本当に良かったのだろうか。

涼川は初めて出来たネッ友だ。本心を言えば、学校でも関わりを持つことが出来たら嬉しいに決まっている。

だが、そうするに当たっては、先に述べたような問題が邪魔をする。

…だから、この選択肢を選んだわけなんだが…やっぱり間違っている気がする。かと言って、涼川と話す選択肢を取ることもそれは違っている気がするし…

あー、全然わからん。もう最初に決めた通りでいいか。


そもそも万年ぼっちで人間関係間違えてばかり、いや間違えたことしかなかった俺が、人との関わり方で正解を導けるはずもねぇよな…

これから涼川と関わりづらくなって、いつも通りぼっちの学生生活を過ごしている俺が頭に浮かぶ。

あぁ、そうだ。俺はぼっちだから俺なんだ。忘れかけていた事実を今になって思い出した。

さよなら、俺の初友達。そしておかえり、ぼっちの俺。

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俺のラブコメは残念なぐらいがちょうどいい エリクセン @eriksen

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