煙草の火が消えるまで
深雪 了
煙草の火が消えるまで
「お先に失礼します、お疲れ様でした〜」
夕方6時、あたしは勤め先のファミレスでの仕事を終え、同僚に笑顔を振りまくと足早に店を出た。
いくら平日昼間のファミレスとはいえ、応募した時は一人か二人くらいあたしと同年代のスタッフが居ると思ってた。フリーターとか、若い主婦とか。
けど、実際は40代や50代の人がほとんどで、なんなら60を過ぎてる人だって居た。あたしは完全に予想を見誤っていた。
あたしは年上の人に対して、やたらへこへこしてしまう人間だった。愛想笑いをして、温厚なふりをして、やたら礼儀正しくする。自分というものを出せなかった。もっと自然体で振る舞いたかった。でも、どうしてもだめなのだ。ついつい子どもっぽい自分を演じてしまう。
けれどそんなあたしにも、自分らしくいられる時間があった。店から足早に駅に向かうと、繁華街のある駅で電車を降りた。そこからの道のりもあたしは早足で歩き、目的の場所を目指した。
辿り着いたのは、居酒屋が何店舗か入っている雑居ビルだった。あたしは奥にあるエレベーターに向かい、階数のボタンを押す。エレベーターが止まって扉が開くと外はすぐ居酒屋の店内になっていて、店員が迎えに出て来た。
「待ち合わせで、多分もう来てると思います」
そこは個室居酒屋だったので、席の一つ一つに扉が付いていた。それを横に開けると、掘りごたつに見慣れた男が座っていた。
「ごめん、待った?」
あたしが声を掛けると、男はいや、と返事をした。
「さっき来たところだよ」
男は
二人で酒とつまみを頼み、あたしはバッグから煙草の箱を取り出して火をつけた。吸い込むと、やや重厚な煙があたしの中に入ってきた。
つとめ先のファミレスでは休憩時間に外に吸いに行く人がいたけど、あたしは吸わなかった。煙草を吸ってること自体、同僚に話したことがない。あたしのお店でのイメージと煙草は、どうしてもマッチしてくれなかった。
「今日は嫌な客が多かった。わがままな客が多いとマジで疲れる」
「客商売は大変だよね。ほんとにお疲れさま」
「そーそー。混むかどうかだけじゃなくて、どんな客が来るかによって疲労度変わるからね」
あたしはお店とは全く違うサバサバとした口調で話した。それからも色々な愚痴や相談ごとを話したけど、すごく楽だったし、自分がたのしんで会話をしているのを感じた。
盛り上がってるうちに、煙草を二本吸い終わった。三本目に火をつけようとして、躊躇う。躊躇ったけれど、結局あたしは火をつけた。
三本目の煙草が、徐々に灰になっていく。それを湊に悟られたくなくて、あたしは必死に話し掛けて気をそらした。けれど、
「それ、吸い終ったら帰ろうか」
半分ほどになったあたしの煙草を見て、湊はそう言った。いつもそうなのだ。あたしが三本煙草を吸うと飲みはお開きになる。だからいつも三本目に火をつけるのを躊躇うけど、つけるしかないのだ。
「うん…、そうだね」
そしてあたしが焼酎を飲み干すと、煙草から灰が落ちた。あたしがあたしでいられる時間の、終わりを告げていた。
どちらからともなく席を立ち上がる。会計をして、夜風を浴びる。また湊ととりとめもない話をして駅に向かいながら、あたしがどこにいてもあたしらしくいれる日は、くるんだろうかと思った。そして、煙草三本分以上に湊と一緒にいれる日はくるんだろうか。
どちらもあたしの、切なる願いだった。
煙草の火が消えるまで 深雪 了 @ryo_naoi
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