第8話「転生サムライ、討伐クエストに向かう」

「ちょっと待て。なにを言ってるんだあんたは!」


 意味がわからなかった。

 俺のたてになれ? 俺が食われる前に食われろ? にえ

 村長は一体なにを言ってるんだ?


「盾なんか必要ない」


 俺は村長と少女に向かって、そう言った。


「俺はひとりで山に入り『ブラック・ヌエ』を倒す。その子は家で休んでいてくれればいい」

「そういうわけにはいかない」


 村長カイムはかぶりを振った。


「マリエルは、村を守るという役目のために育てられてきたのだから」

「村を守るという役目? この子が?」

「この村では、村長はひとり、死んでもいい子どもを育てる義務ぎむがある。そのために自分は、旅のエルフと子どもを作り、その子を……マリエルを育ててきた」

「────お父さまのおっしゃる通りです」


 村長カイムの言葉に、少女マリエルが頭を下げる。

 長い髪の間から、とがった耳がのぞいている。

 エルフ……いや、ハーフだからハーフエルフか。


「マリエルは、名前も覚えていないエルフの子どもだ。村の者も、マリエルとは接触せっしょくさせないようにしてきた。マリエルが死んでも、誰も悲しまないし傷つかない」


 村長カイムは続ける。


「歴代の村長は、ずっと同じことをしてきた。この村はそうやって危機を乗り越えてきたのだ。人にはそれぞれ多様なやり方があるものだ。否定しないでいただきたいな」

「否定はしねぇよ」


 ただ、むかつくだけだ。


 俺はずっと『シドウフカクゴ士道不覚悟』に悩まされてきた。

 いつか『ハラキリ・ペナルティ』を命じられるんじゃないかって、恐怖してきた。

 それでも、運命を乗り越える機会をうかがってきたんだ。


『サムライはそういうもの』

『マリエルは、そういう役目のために育てられてきた』


 俺と少女マリエルの立場は、ほとんど変わらない。

 違いは、俺にはゲームの知識があったことと、そのおかげで運命を乗り越える手段を手に入れられたこと。それだけだ。


 ……ああ、むかむかする。

 なにが多様性だ。

 子どもに責任を押しつけてるだけじゃねぇか。


「理解できませんね」


 村長カイムが首をかしげた。


「なぜ、この村のやり方が不満なのですか?」

「そんなやり方で魔物を倒しても納得できねぇからだよ」


 俺は貴族に仕官しかんするのが嫌だった。

 そんな生き方じゃ納得できないと思った。

 だから、抜け道を見つけ出した。必死にあがいて、その道をくぐり抜けた。


 その俺が他人を、運命通りににえにしたりできるわけがないだろうが。


「村のやり方は、間違っていない」


 村長カイムは続ける。


「マリエルを犠牲ぎせいにするのが、もっとも被害ひがいを減らす方法なのだ。我々はずっとこれをやってきた。犠牲も少なかった。正しい。間違っていないはずだ」

「ああ、正しいんだろうな。村のやり方を否定はしねぇよ」

「だったら……」

「ただ、俺はそのやり方を取らない。それだけだ」

「どうしてだ? 犠牲を減らすためには……」

「納得できない。それだけだ」

「…………わかりました」


 村長カイムは、長いため息をついた。

 それから彼は、少女マリエルの方を見て、


「マリエル」

「はい。お父さま」

「お前は、この人についていきなさい。『ブラック・ヌエ』の討伐とうばつが終わるまで、村に帰ってくることは許さない」

「わかりました」

「いらないって言ってるだろうが!!」


 俺は村長をにらみつけた。


盾役たてやくにえもいらない。『ブラック・ヌエ』は俺が倒す。それでいいだろうが!!」

「それでは困るのだ」

「……なんでだよ」

「村の危機に、村長が犠牲を払わなかったとなれば、村人たちの尊敬そんけいを失う」


 むしろ困ったような表情で、村長カイムは続ける。


 ──あなたがなにをしようと関係ない。

 ──村長はマリエルを山に送り込む。

 ──それで村長は家族を犠牲にして、村を守ったことになる。


 村長カイムは、そんな言葉を口にした。


「お気にさないのなら、クエストを辞退じたいされるといい。ただ、一度受注したクエストを辞退した場合、冒険者は評価が下がると聞いているが?」

「気に入らないな。あんたは」


 評価が下がるのは、別にいい。

 俺が欲しいのは『ブラック・ヌエ』のドロップアイテムだからな。

『ブラック・ヌエ』を倒せるなら、クエストを辞退しても構わないんだ。


 だから、クエストを辞退することに問題はない。

 冒険者ギルドで手続きをして、それからまた来ればいいだけだ。

 でも……その間になにが起こるかわからない。


『ブラック・ヌエ』が村に下りてきて、人をおそうこともありえる。

 そうなったら村長は、この少女を最初に、魔物の前に差し出すだろう。


 結局、この子は生けにえになっちゃうんだよなぁ。

 後味が悪すぎる。まったく。


「わかった。この子を山に連れていく」


 村長がどうしてもこの子を山に送り込むなら……一緒にいた方がいい。

 その方が彼女の生存確率は上がるはずだ。


「理解していただけたようだ」

「理解なんかしてないけどな」


 嫌な気分だ。

 ジーノたちにののしられてるときだって、こんな気分にはならなかった。


 なにが『村のやり方』だ。

 人としてやっちゃいけないことがあるだろうが。


「それじゃ……えっと、マリエル」

「はい」

「俺の名前はケイジ・サトムラだ。ケイジと呼んでくれればいい」

「はい。ケイジさま」

「君は、俺の魔物討伐に協力してくれるんだよな?」

「父さんからは、そう言われています」

「わかった。それなら、俺の指示に従うこと」


 俺はしゃがんで、マリエルに目線を合わせた。


「村には村のやり方があるように、冒険者には冒険者のやり方がある。それは俺が生き延びるために必要なことなんだ。魔物討伐が終わるまで、マリエルは俺の指示に従う。それでいいか?」

「はい。ケイジさま」

「よし。それじゃ最初の命令だ」


 俺は少し呼吸を整えてから、


「まずは自分が生き延びることを優先ゆうせんするように」

「……え」

「君が死んだら、俺のモチベーションが下がる。そのせいで『ブラック・ヌエ』との戦いでおくれを取るかもしれない。勝利したとしても、納得できないものになるだろう」


 俺は打刀うちがたなつばを、かちん、と鳴らした。


「サムライはほこりを重視する。上司より『誇りを失った』と見なされたサムライは正座させられて、ばつを受ける。もともとの『シドウフカクゴ士道不覚悟』『ハラキリ・ペナルティ』はそういうものなんだ。わかるか?」

「……い、いえ」

「今はわからなくていい。とにかく、俺に納得できる戦いをさせてくれ」


 そう言って、俺はまた立ち上がる。

 それから村長カイムの方を見て、


「『ブラック・ヌエ』は俺が倒す」


 俺は言った。


「ただし、この村の依頼は二度と受けない。『武士は食わねど高楊枝たかようじ』って言葉を知ってるか?」

「い、いえ……」

「サムライは納得と満足を重視するという意味だ。とにかく、道案内役としてマリエルを借りる。じゃあな」


 俺は村長に背を向けた。

 そうして俺たちは『ブラック・ヌエ』のいる山に向かったのだった。

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転生先は外国人が作った勘違い和風要素のあるクソゲーで、奴隷ジョブ・サムライになった俺が、ルールの穴を突いて自由に世界を探索します! -勘違いネタキャラのサムライ、最強になる- 千月さかき @s_sengetsu

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