第7話「転生サムライ、生け贄の少女と出会う」

『ブラック・ヌエ』はゲーム『NDOネオ・ダイバーシティ・オンライン』に登場する中ボスだ。

『ヌエ』──日本の怪物『ぬえ』の名をかんしている。


 こいつを討伐とうばつする理由はひとつ。ボスクラスの魔物を倒すと、その国をイメージしたアイテムや食料がドロップするからだ。

『ブラック・ヌエ』は日本文化圏の魔物だから、日本食の材料が手に入る。

 この機会を逃すわけにはいかない。


 というか、俺は和食が食べたい。

『NDO』の世界って、食文化は中世西洋っぽからな。

 料理といえば固いパンと、味の薄いスープと、筋張すじばった肉くらいしかないんだ。


 せっかく自由になったんだ。まずは食生活を改善しよう。

 そのための食材収集だ。


 そう考えた俺はクエストを受注して、現場の村へと向かったのだった。






 数日後、俺は山の近くにある村に来ていた。


「『ブラック・ヌエ』討伐依頼とうばついらい受注じゅちゅうした者です」

「うむ。感謝する」


 俺を出迎えたのは中年の男性だった。

 年齢は50歳くらい。

 ぼさぼさの髪で、あごにはヒゲを生やしている。


「自分はこの村の村長でカイムという。王都の冒険者ギルドからいらしたのか?」

「はい。ケイジ・サトムラと言います」

「見慣れない格好かっこうだが……もしや」

「俺はサムライです。ちなみに、主君もいます」

「そ、そうか。まあ……この村に貴族はいないのだがな」


 サムライが『シドウフカクゴ士道不覚悟』と『ハラキリ・ペナルティ』に弱いことは、こんなところまで伝わっているらしい。


「ケイジどのはおひとりで来られたのか?」

「そうです」

「だが『ブラック・ヌエ』は強力な魔物だ。ひとりでは……」

「最近、パーティを解散したんです」

「解散?」

「仲間が貴族だったもので」

「……あー」


 村長カイムは納得したように空をあおいだ。


「心配はいりません。俺はもともと、ソロで冒険をしていたようなものですから」


 俺はうなずいて、


「それに、無茶をするつもりもありません。クエストに失敗したとしても、敵に傷は負わせますし、攻略のための情報は持ち帰ります。あなたたちのそんにはならないと思います」

「わかった。とにかく、あなたに任せよう」


 村長はうなずいた。


「それでは、『ブラック・ヌエ』について聞かせてください」

「奴は村の近くの山に住み着き、そこにいるけものを食らっている。我らにとって貴重な食料となる者たちをな。その上、採取や狩りのために山に入った村人が……重傷を負わされているのだ」


 傷ついた村人のことを思い出しているのか、村長カイムは青い顔で、


「もちろん、我々も手をこまねいていたわけではない。対抗策は考えてある」

「そうなんですか?」

「うむ。だが確実とはいえない。冒険者ギルドに依頼を出したのはそのためだ。我々の対策と、冒険者の協力があれば『ブラック・ヌエ』を倒せると思ってな」

「わかりました。それで『ブラック・ヌエ』の見た目ですけど……」

「胴体は獅子しし。頭は獅子しし山羊やぎ。尻尾が蛇だな」

「キメラですね」

「『ブラック・ヌエ』だろう? 色が黒いんだから」

「わかってます。言ってみただけです」


 確かに……『NDO』ではそうなってた。

 獅子ししと山羊の頭がついていて、尻尾が蛇で、身体が金色なのが『キメラ』。同じ姿で、身体の色が黒いのが『ブラック・ヌエ』だ。


 東洋の伝説にでてくるぬえは頭が猿で手足が虎、身体がたぬきで尻尾が蛇なんだけどな。合ってるのは尻尾が蛇なところだけだ。

 たぶん、制作陣は『キメラみたいなものだから、通常キメラの色違いでいいんじゃね』と思ったんだろう。もしかしたら、魔物の多様性にまで手が回らなかったのかもしれない。『ダイバーシティ多様性』のゲームなのに。


「それでは、これまでに『ブラック・ヌエ』が現れた場所を教えてください。明日から調査と討伐とうばつを行います」

承知しょうちした。では、私の家に来てくれ」


 村長は俺の前に立って歩き出す。


「目撃情報を書き込んだ地図があるのだ。それをお渡ししよう」

用意周到よういしゅうとうですね」

「うむ。他に渡したいものもあるのだ」

「渡したいもの?」

「ついてくればわかる」


 しばらく進むと、ひときわ大きな家にたどりついた。

 村長は家の中に一声かけて、開けっぱなしの玄関げんかんをくぐる。

 妻らしい女性と、きれいな服を着た子どもたちがむかえに出てくる。

 村長は子どもたちをなでてから、妻を抱きしめた。


 それから──


「例のかぎを」

「はい。あなた」


 村長カイムが呼びかけると、妻の女性が首にかけていたものを外し、差し出す。

 ひものついた鍵だった。


「あれを役立てるときが来た。しばらくの間、子どもたちを外に出すな」

「承知しました」

「ケイジどのは、こちらに」


 村長カイムは家の奥へと歩き出す。

 途中、部屋に立ち寄って地図を回収すると、さらに奥へ。

 家の中をそのまま通過して、裏口から外へ。


 気づくと俺たちは裏庭に来ていた。

 近くには大きな樹が生えていて、その根元に、小さな小屋があった。


 板を適当に組み合わせただけの簡素かんそな建物だ。

 窓はない。

 天井近くに換気口かんきこうのような隙間すきまがあるだけ。

 ドアは厚い板で作られていて、金属製の錠前じょうまえがついている。


 村長カイムは妻から受け取った鍵で、錠前を開ける。


「マリエル。お前を使うときが来た。出てくるのだ」


 村長はドアを引き、小屋の中に呼びかける。

 しばらくして──


「はい。お父さま」


 小屋から、小さな人影が現れた。


 最初に見えたのは、銀色の髪だった。

 次に見えたのは白い肌。

 日光になんてほとんど当たってなさそうに見える。


 身体をおおうのは、布を適当にって、帯で留めただけの服。

 最後に見えたのは、桜色の目。

 外に出られたのがうれしいのか、目を見開いて、じっと俺を見ている。


「マリエルよ。お前はこの方と一緒に山に行くのだ」

「はい」

「この方は村のために働いてくださる方だ。この方が傷ついたりしたら、村の名前に傷がつく。お前はこの方のたてになりなさい」

「わかりました」

「『ブラック・ヌエ』がこの人を傷つけようとしたら、まずお前が傷を受けるのだ」


 村長は少女を見下ろしながら、宣言した。


「この方が食べられそうになったら、まずお前が食べられろ。そうすることでこの方が逃げるための時を稼ぐ。それがにえとして育てられてきたお前の役目だ」

「はい。お父さま」


にえ』と呼ばれた少女は──村長の言葉にあっさりとうなずいたのだった。


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