今年の流行語大賞は「ふてほど」に決まりました
ぴのこ
今年の流行語大賞は「ふてほど」に決まりました
スマホでそのニュースを見た時、思わず隣に座っていた友達に「これ知ってる?」って聞いてしまったんです。
【社会】2024年の新語・流行語大賞は「ふてほど」に決定
「2024新語・流行語大賞」が発表され、「ふてほど」が年間大賞に選ばれた。今年の新語・流行語大賞に選出された「ふてほど」は、大ヒットドラマの通称。
だって、「ふてほど」なんか聞いた覚えも無かったんですから。今年の流行語大賞って言うなら、テレビで聞き覚えのある言葉が選ばれるはずでしょう。とはいえ、私が流行に疎いだけで、実は私の知らないところでは流行っていたのかもしれません。だから友達にも聞いてみたんです。
でも、友達も同じでした。「ふてほど」なんて言葉には聞き覚えが無いと首を横に振りました。私はその答えを聞き、ほのかな安心感を抱きました。自分だけじゃないんだなと。
私たちは変だねと言い合って、会話を打ち切りました。社会学の講義が始まりましたから。厳しい教授ですから、講義中におしゃべりはできません。
その講義で、「おや」と思ったのです。教授が講義の中で、「ふてほど」という言葉を使用したのです。メディア論の説明の流れで、若者の現代メディアへの態度があまりにも不適切だという話でした。その教授がそんな言葉を使うイメージなんてありませんでしたから、私は心の中でちいさく驚いたのを覚えています。同時に、やはり「ふてほど」は流行っているのかもしれないと思いました。
様子がおかしいと本格的に感じ始めたのは、その日の晩に入れてあったバイトの時でした。私はファミレスでバイトしているのですが、その日はあるミスを犯してしまったのです。お客様が頼んだノンアルコールビールと間違えて、普通の瓶ビールを持って行ってしまったのです。忙しくてよく確認する余裕が無かったことと、どちらの瓶にも大きく「DRY」と書いてあったことで間違えてしまったのでしょう。
幸いにもお客様はビールを飲む前に気づいてくださって、事なきを得ました。もし飲んでしまっていたら運転ができなくなっていましたから本当に良かったです。私が深く頭を下げると、お客様は笑って許してくださいました。
ただ、店長には大目玉を食らいました。一歩間違えれば重大な問題になっていたことですから、怒られたことは当然です。
しかし、店長の様子がおかしかったのです。店長は私のミスに対し、大きな声で何度も「ふてほど!」「ふてほど!」と繰り返しました。
私は内心、混乱していました。だって、店長は真面目な人で、こんな時に「ふてほど」なんて言い方をする性格では無いのです。それとも店長にとっては「ふてほど」はごく自然に出てくるほど馴染んだ言葉なのか。「ふてほど」はそれほど流行っていたのか。そんなことを考えながら、店長の叱責を上の空で聞いていました。
その日のバイトは忙しく、私は残業を頼まれました。同じ時間帯のシフトに入っていた人が風邪で休んでいたため、人手が足りなかったのです。2時間の残業でしたが、残業代が稼げるチャンスだと思い、私は引き受けました。
しかし勤務時間中はスマホを触れませんから、親への連絡ができません。私は一人暮らしなのですが、親はとても過干渉で、バイトが終わる時間にLINEで連絡をすることを私に義務付けていました。店長にひとこと言って親への連絡をしようかとも思いましたが、つい面倒で連絡せずに残業に入ってしまったのです。
残業を終えてスマホを見ると、不在着信が何件も来ていました。すべて親からのものでした。LINEもかなりの件数が届いていました。私は「うわっ」と思いながらも、苛立ちを抑え込んで親に電話をかけました。
「あんたなんで連絡しないの!?私がどれだけ心配したかわかってる!?親の気持ち考えなさいよ!!ふてほど!ふてほど!ふてほど!ふてほど!」
私は思わず電話を切りました。親は狂ったように「ふてほど」を繰り返してきたのです。ふたたび親から電話がかかってきましたが、それには出ずLINEで「疲れてるから」とだけ送ってスマホの電源を落としました。
私はもう何がなんだかわかりませんでした。急いでアパートへと戻る途中、ぐちゃぐちゃの思考が私の頭を駆け巡っていました。
いったいなんだって言うんだ。「ふてほど」なんて昨日まで誰も言ってなかったじゃないか。それがどうして今日になってみんな突然言い出したんだ。それも、あんな取り憑かれたように。
私はアパートに着くと、風呂にも入らずに布団に潜り込みました。全身を布団で覆い、必死に目をつぶって眠りに落ちました。
「あら?今から大学?」
翌日、身支度を済ませて玄関を出ると、隣人のおばさんと出会いました。時間は12時過ぎでした。前日は残業で遅くなったのと、色々あって疲れていたのとで寝坊してしまったのです。2限の講義には間に合わないので休む事にして、3限から出ることにしました。
「いいわねえ~大学生は。ウチの人なんて毎日5時起きよ?でも学生さんだからって寝坊はしちゃダメ。そんなの、ふてほどよ」
また「ふてほど」です。彼女もその言葉を口にしました。昨日のこともあり、二度と聞きたくないと思っていた言葉でした。私は朝から「ふてほど」を耳にしてしまい、最悪な気分になりました。
ふと、問いかけてみたんです。ふてほどってそんなに流行ってるんですか?聞いたこと無かったんですけど、って。
その言葉に、彼女は烈火のごとく怒り始めました。
「は!?ふてほどを知らない!?頭おかしいんじゃないの!?ふてほど!ふてほど!ふてほど!」
私は急いで玄関の鍵を閉め、駆け出しました。彼女はなおも、私の背中に「ふてほど」と叫び続けていました。
大学に着いてからも、教室に辿り着くまでに何度も「ふてほど」という言葉を耳にしました。私は「昨日の流行語大賞のニュースの話をしているだけだ」と自分に言い聞かせながら、学生たちの話を極力聞かないようにして早足で教室に向かいました。イヤホンを持ってこなかったことを後悔しました。
教室には、すでに友達が座っていました。私は友達に声をかけ、隣に座りました。昨日、「ふてほど」を知っているかと問いかけた友達です。
友達は開口一番に、「ふてほど」と言いました。私はびくりと肩を跳ねさせました。友達は、2限に遅刻した私を指して「ふてほど」と言ったのです。
私はおそるおそると聞きました。その「ふてほど」って、流行語大賞になるまで流行ってなかったよね?と。
私がそう言った瞬間、友達はかっと目を見開きました。教室にいた学生たちが一斉にこちらを向きました。
「「「「「「ふてほど!!!!!!」」」」」」「「「「「「ふてほど!!!!!!」」」」」」「「「「「「ふてほど!!!!!!」」」」」」「「「「「「ふてほど!!!!!!」」」」」」「「「「「「ふてほど!!!!!!」」」」」」「「「「「「ふてほど!!!!!!」」」」」」「「「「「「ふてほど!!!!!!」」」」」」
「ふてほど」の大合唱に耐え切れず、私は教室から逃げ出しました。もう嫌でした。友達だって、前の日は確かに「ふてほど」なんて聞き覚えが無かったって言っていたのに。それが今では「ふてほど」であんなに怒って。もうわけがわかりませんでした。
私は大学から逃げ、アパートに戻りました。でもね、部屋には入れなかったんです。怖くて。あんなところにいたら何かされるって、直感的にわかりました。
私の部屋のアパートには、大きく「ふてほど」と書かれた紙がドアを覆いつくすように張られていたんです。
その日以来、アパートには帰れていません。実家に戻る気にもなれません。親の連絡先もブロックしました。なんでかって、「ふてほど」しか言わないからですよ。
今はビジネスホテルで暮らしています。でもそろそろお金が尽きそうで…どうしたらいいか…あの、ここまで聞いていただいたあなたなら、わかってくれますよね?
「ふてほど」って、流行ってなかったですよね?
「ふてほど!ふてほど!ふてほど!ふてほど!ふてほど!ふてほど!ふてほど!ふてほど!ふてほど!ふてほど!ふてほど!ふてほど!ふてほど!ふてほど!ふてほど!ふてほど!ふてほど!」
今年の流行語大賞は「ふてほど」に決まりました ぴのこ @sinsekai0219
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