第53話 さぁ!一年生も入部してきたことだし、張り切って、みんなで発声練習だぁ!目指すぞ、Nコン全国大会!

「じゃぁ、みんなぁ、まずは鼻から息を吸って口から出しまーす。


 まずは短く、“ふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっ”・・・はいっ!」


「「「“ふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっ”。」」」


「はいっ、もう一度!」


「「「“ふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっふっ”。」」」


「はいっ!では次、鼻から目いっぱい息を限界まで吸ってぇ・・・から、ゆっくりと息を吐いて・・・吐き切ってぇ。」


「「「ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぅぅぅぅぅぅ・・・”。」」」


「はいっ、もう一度!息を吸ってぇ・・・はい、吐き出してぇー。」


「「「ふーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぅぅぅぅぅぅ・・・”。」」」


「よーし!準備体操終わり!続いて、発声練習、いきますよぉ!はいっ!声を合わせてー!」


「「「あ・え・い・う・え・お・あ・お。


 か・け・き・く・け・こ・か・こ。


 さ・せ・し・す・せ・そ・さ・そ。


 ・・・・・・・・。」」」


 新入部員を迎えてから一週間。まずは、発音の仕方を身につけてもらうため、腹式呼吸の練習と発声練習を繰り返してきた。


「四人とも、だいぶお腹から声を出せるようになってきたね。」


「もう、喉は痛くない?」


 響子ちゃんが、心配しながら一年生達に確認した。


「はいっ!声の方もだんだんと大きくなってきましたっ!」


 どうやら杞憂だったようだ。それではと、私は一年生達の訓練を新たなステージに移行することにした。


「うんうん、良いねぇ。じゃぁ、そろそろ次の段階に移ろうか。」


「次の段階・・・ですか?」


「うん。腹式はマスターできたみたいだからね。次の段階は“滑舌”だ。」


「「「“滑舌”・・・???」」」


「そう。“滑舌”。いくら声が出せたとしても、アナウンサーとしては滑舌が悪かったら箸にも棒にもかからないんだよ。」


 一年生達の顔を窺うと、訳が分からないなりにも、その重要性は感じ取っているようだった。


「滑舌は言葉の一つ一つを聞き手に正確に伝えるために無くてはならない技術なんだ。滑舌が悪いと、言葉が判り難かったり、聞き間違いが多くなったりするんだよ。」


 私の言葉を継いで、紙織ちゃんが説明した。


「日本語は全て、“イ”“エ”“ア”“オ”“ウ”の五つの母音に子音を調音させて成り立っているの。滑舌は、この母音を正確に発音する技術だと考えてもらえればいいわ。」


「取り敢えず、実際に見せてみるから、みんな私の口元を見て真似をしてみてね。まずは“イ”から。」


 私は“イ”の発音をゆっくりと連続してやって見せた。“イ”を発音する時は、口をほとんど開かず、唇は左右に伸びているのだ。


「はいっ!真似してみて!」


 一年生四人は、私の顔を見ながら一所懸命真似しながらイ、イ、イと発音した。


「うん、良い感じだよ。じゃぁ次は“エ”ね。」


 私は、口を半ば開いて、唇は言うなれば皆が普通にしゃべっている時の形で“エ”と発音して見せた。


「エの場合は、イほど舌の先端をあげないよ。はいっ!真似してみて!」


 四人は、今度も一所懸命真似しながらエ、エ、エと発音した。・・・うん、良い感じだ。


「よしっ、次は“ア”だ。アを発音する時は口は大きく開いてね。」


 皆、今度も上手く私を真似してアを発音した。うーん、一年生達、上手いじゃないか。


「よし、じゃぁ、次は“オ”だよ。」


 私は唇を丸め、半ば口を開いた状態で“オ”を発音してみせた。


「オの場合は、舌は奥部が半ばあがる感じで発音してね。・・・はいっ!やってみて。」


 オ、オ、オと皆私の口元を必死に見ながら真似してみせた。


「よし!最後は“ウ”だ。ウはオの場合よりもより唇を突き出すように丸めて発音してね。また、ウの場合は舌の奥部がオよりもあがるはずよ。」


 ・・・うん、去年の私より、この四人は優秀だな。ちゃんと真似できてるよ。


「よーし、皆、私に合わせてやってみてね。唇の形を大げさなくらい強調してやってみてね。」


 それから小一時間、私達と一緒に一年生達はアイウエオの発音をやり続けた。


「これから毎日、唇の形を意識しながら発声練習をやるからね。意識しなくても唇がそれぞれの母音の形になるようになれば合格だから。」


 私の言葉に一年生達は真剣な表情で頷いた。その表情を見て、私はかつて神倉先輩から受けた注意を思い出した。


「あぁ、それからもう一つ。皆、声を出す時に表情を和らげることを意識してね。険しい表情で声を出していると、聞いている人にはきつく聞こえるんだ。言葉には、話す人の気持ちが表れるから。言葉は人柄そのものよ。相手に冷たく感じさせるのも、逆に暖かさを感じさせるのも、話す人の心掛けによるのだと言うことを忘れないでね。」


 はいっ、と一年生達は真剣な顔つきで頷いたけど・・・うーん・・・私の言ったこと、判ってもらえたのかなぁ?まぁ、すぐにできなくても仕方ないか・・・。


「今練習した滑舌の練習をやってみようか。“あめんぼの歌”って言うの。口をしっかりと動かして、唇の形を意識しながら私の後について復唱してみてね。それじゃぁ、行ってみよう!せーのー、はいっ!あめんぼ、赤いな、あいうえお。」


「「「あめんぼ、赤いな、あいうえお。」」」


「浮きもに、小えびも、泳いでる。」


「「「浮きもに、小えびも、泳いでる。」」」


「かきの木、くりの木、かきくけこ。」


「「「かきの木、くりの木、かきくけこ。」」」


「きつつき、コツコツ、枯れけやき。」


「「「きつつき、コツコツ、枯れけやき。」」」


「ささげに、すをかけ、さしすせそ。」


「「「ささげに、すをかけ、さしすせそ。」」」


「その魚、浅瀬で、刺しました。」


「「「その魚、浅瀬で、刺しました。」」」


「立ちましょ、らっぱで、たちつてと。」


「「「立ちましょ、らっぱで、たちつてと。」


「トテトテ、タッタと、飛び立った。」


「「「トテトテ、タッタと、飛び立った。」」」


「なめくじ、のろのろ、なにぬねの。」


「「「なめくじ、のろのろ、なにぬねの。」」」


「納戸に、ぬめって、なにねばる。」


「「「納戸に、ぬめって、なにねばる。」」」


「はとぽっぽ、ほろほろ、はひふへほ。」


「「「はとぽっぽ、ほろほろ、はひふへほ。」」」


「日なたの、お部屋にゃ、笛を吹く。」


「「「日なたの、お部屋にゃ、笛を吹く。」」」


「まいまい、ねじ巻き、まみむめも。」


「「「まいまい、ねじ巻き、まみむめも。」」」


「梅の実、落ちても、見もしまい。」


「「「梅の実、落ちても、見もしまい。」」」


「焼きぐり、ゆでぐり、やいゆえよ。」


「「「焼きぐり、ゆでぐり、やいゆえよ。」」」


「山田に、灯のつく、宵の家。」


「「「山田に、灯のつく、宵の家。」」」


「雷鳥は、寒かろ、らりるれろ。」


「「「雷鳥は、寒かろ、らりるれろ。」」」


「れんげが、咲いたら、るりの鳥。」


「「「れんげが、咲いたら、るりの鳥。」」」


「わいわい、わっしょい、わいうえお。」


「「「わいわい、わっしょい、わいうえお。」」」


「植え木や、井戸がえ、お祭りだ。」


「「「植え木や、井戸がえ、お祭りだ。」」」


 うん、上手くできてる。後は、意識しなくても自然にできるようになるまで練習だ!


「それじゃぁ、一年生は休憩ね。二年生は続きをやるよ!まずは“外郎売”だ!」


 一年生を休憩させて、私達はいつものルーチンを始めた。


「せーのー、はいっ!」


「「「こごめのなま噛、小米のなまがみ、こん小米のこなまかみ」」」


「「「古栗の木のふる切口、雨がっぱがばん合羽か」」」


「「「京のなま鱈、奈良なま学鰹、ちよと四五〆目」」」


「「「武具馬ぐぶぐばく三ぶくばぐ、合せて武具馬具六ぶぐばぐ」」」


「「「菊栗きくくり三きく栗、合てむきごみむむきごみ」」」


「はいっ!次!“鼻濁音”!いくよ!せーのー、はいっ!」


「「「か[ん]ぐ、ま[ん]ぐろ、おに[ん]ぎり、りん[ん]ご、か[ん]がみ、がっこう、け[ん]がわ、がっき。」」」


「「「私[ん]が大[ん]が生です。」」」


「「「ごき[ん]げんいか[ん]がですか。」」」


「「「か[ん]ごの中から、うさ[ん]ぎと、ね[ん]ぎと、や[ん]ぎ[ん]がでてきた。」」」


「「「午[ん]ご4時から、午[ん]ご5時55分。」」」


「よしっ!休憩!・・・ふう・・・。」


「あのぅ・・・先輩?」


 私達も休憩に入ったことを確認して、新鹿さんがおずおずと手を挙げて質問してきた。


「いつも私達がやっている練習以外にも、先輩達は今みたいな練習をしてますよね?私達がやっている練習と何が違うんですか?」


「うん?あぁ・・・私達だけでやっているのは、無声化と鼻濁音の練習だよ。」


「む、むせいか?びだくおん?・・・えっ、えっ、何ですか、それは?」


 そりゃ判らんよなぁ・・・私達も総文祭の時に知ったぐらいだからなぁ・・・。


「新鹿さん達は、まだ練習するには早いと思うよ。まずは、発声と滑舌、それと読みが一定の水準を越えた後でいいと思う。私達も去年の十一月から始めたぐらいだから。」


「一定の水準とは、どの程度のことを指すんですか?」


「一定の水準・・・うーん、全国を狙えるようになったら・・・かなぁ・・・。」


 新鹿さんは目を丸くしながら息を吞んでいた。


「ぜ、全国ですか?」


「うん、そう。私達がこの練習の必要性を感じたのは全総文・・・全国高等学校総合文化祭への出場が決まったからなんだ。全国大会で競い合うには、絶対に必要な技術だから、って。」


「えっ?先輩、全国大会に行かれるんですか?!」


 あぁ、驚かれてしまった・・・まぁ、“全国”って言葉はインパクトがあるもんなぁ・・・。


「うん、そう。私と響子ちゃん、今年八月に岐阜県で開催される全総文への出場が決まっているんだよ。」


 すると、響子ちゃんが両手を腰に当てながら、胸を張って宣言した。


「私達二年生は、その前に今年のNコン全国大会を狙うけどね!」


 おいおいおい!響子ちゃん、それは風呂敷を広げ過ぎだよぉ。


「まぁ、“Nコン”・・・“Nコン”って言うのは、“NHK杯全国高校放送コンテスト”の略称で、年に一度、夏に開催される放送の大会のことなんだ。このNコンの全国大会に出場することが、私達放送部員の最大の目標なんだよねぇ。神倉先輩が去年のNコン全国大会で三位を獲得したことは、前にも言ったよね?私の今年の目標は、神倉先輩と一緒に全国大会に行くことなんだ。」


「す、凄いなぁ、先輩方は・・・私も先輩と一緒に全国大会に行けるよう頑張ります!」


 新鹿さんが鼻息も荒く、身を乗り出して言ってきた。


「あははは、楽しみにしているよ。一緒に全国を目指そうね!」

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