8品目・町の責任者は我儘であった(まかないの軟骨入りつくね丼)

 いつものように仕込みを終えて。


 これまたいつものように、広場横の露店へ行くために、店から外に出ようと思った時。

 入り口の近くに置いてあった暖簾が、心なしか淡く輝いているのに気が付いた。


「んんん? なんだこりゃ? 一体なにがおこったっていうんだ?」


 ゆっくりと近寄ってから、ステータス画面を開く。

 最近になってわかったことだが、このステータス画面にはカメラ機能が付いていて、映した対象の詳細説明が表示されるようになっているらしい。

 残念なことに、ステータス画面は手でつかんで移動させることができないため、頭の角度で画面を調節しないとならないのだが。

 どうにか画面に暖簾を映し、確認してみたのだが。


『ピッ……隠れ居酒屋の暖簾。この暖簾を壁に掲げることで、隠れ居酒屋を営業することができる。暖簾を掲げている間は魔力が消費される。営業中の魔力消費量は毎秒1ポイント』


 ふぅん。

 つまり、これを外に持って行って、壁に掲げればいつでもどこでも店を開けるっていう寸法か。

 まあ、今のところは急ぎ開ける必要もないし、そのうち試してみるとしようか。

 ということで、暖簾はこのままここに置いておく。

 どうやら俺の限界突破能力と関連しているらしく、俺以外は店の外に持ち出すことも、使うこともできないらしい。

 

「まあ、もう少し露店を楽しんでからだな」

 

 さて、それじゃあ宿に戻って、露店の場所までブラブラと歩いていくか。


………

……


――夕方

「はぁぁぁ。今日も働いたにゃ」

「そうですね、ユウヤ店長、お疲れ様でした」


 今日のメニューは鳥串150本と豚串150本。

 それぞれ塩とタレで販売したのだが、流石にこの量を仕込んで一日で売りさばくのは無理があるように感じて来た。


「ああ、おつかれさま。今日の賄いを作るから、ちょっと待っててくれな」

「それじゃあ、今のうちに椅子とロープを片付けて来るにゃ」

「私も手伝いますね……」


 もうすっかりうちの従業員のようになっているシャットとマリアン。

 もっとも、二人は冒険者ギルドに出した依頼を受けて、ここに来てもらっている。

 期間は一か月、雇用契約で18000メレルと超高額……らしい。

 そのためか、次の雇用依頼を狙っている冒険者も少なくないとマリアンが話していた。

 ちなみに依頼期間延長という手続きを取れば、この二人が問題なけれは継続で来てくれるらしい。

 なお、二人の賃金は期間終了時の一括支払いではなく、日割りで払って欲しいとか。


「期間延長ねぇ……まあ、その時はその時か……どれ」


 炭火を片側に寄せてから、フライパンを二つ厨房倉庫ストレージから取り出して熱する。

 ここで焼くのは、仕込みのときについでに作って置いた『軟骨いりつくね』だ。

 うちの軟骨入りつくねのレシピは実に簡単。

 必要なものは『鶏モモ肉のひき肉』『鳥胸肉のひき肉』『やげん』、そして長ネギと大葉。

 やげんは出刃包丁でみじん切りにしてボールに移しておく。

 そこに二種類のひき肉を加えてから、塩を一つまみばらっとかけてから、一気に練り込む。


 ひき肉の割合については企業秘密、親方の教えである『レシピは墓場まで持っていけ』というのを忠実に守っているだけ。

 まあ、弟子を取ったら教えて構わないとは言われているが、それも俺が教えていいと思ったやつにだけ。


 話は戻して、ひき肉とヤゲンが均等に混ざったら、ここで長ネギと大葉のみじん切り、白みそ、塩、ブラックペッパー少々、生卵を加えて、またまぜ合わせる。

 肉に手の熱が移らないように、とにかく素早く仕上げるのがコツ。

 あとは使う分だけ別のボールに移し、片栗粉を加えて練り込んで完成。

 そうして作って置いた『軟骨つくねのタネ』を取り出して、薄く丸くのばしてから、フライパンへ。

 それとは別に、薄くスライスした茄子としし唐をもう一つのフライパンで焼き始める。

 片側をじっくりと焼いて焼目がついたらひっくり返し、日本酒を振りかけて蓋をして蒸し焼き。

 最後の仕上げは、自家製の焼き鳥のタレ、これをお玉一杯注いで軽く絡めたら完成だ。


「……うわ、ユウヤがまた変なものを作っている」

「変なものっていうなや。これは軟骨入りつくねっていってだな、俺の故郷では評判の味なんだが」


 炊き立てご飯を装ってから、その上に軟骨入りつくね、焼きナス、しし唐をのせて。

 最後にフライパンに残っているたれをちょっとだけ煮詰めて、上から掛けておしまい。


「よし、ユウヤ特製のつくね丼だ。熱々のうちに食べてくれ」


 テーブルの上に二人分を並べる。

 ついでに厨房倉庫ストレージから冷やした麦茶を引っ張り出すと、それをコップに注いで手渡す。


「うはは、ユウヤのところで仕事していると、もう命を賭けて冒険していたのが馬鹿らしくなってくるよなぁ……いただきます、だった?」

「そうね、私ももう、野宿で硬パンと干し肉を齧る生活には戻れそうにないわ……いただきます」

「はい、どうぞ」


 俺が飯を食べるときに呟く、『いただきます』の言葉。

 それが二人にも浸透してきている。

 しかし、こっちの世界では神に感謝するときはどうしているんだろうか。

 そう思いつつ俺の分も用意して食べ始める。

 ここ最近は、俺たちの食べている賄い飯を売って欲しいという客まで来るようになったのだが、あいにくと賄い飯は賄い飯であり、売り物ではないと丁寧に断りを入れている。


「うんみゃゃぁぁぁぁぁぁぁぁ、ユウヤ、これお代わりはないのかにゃ」

「シャットさん、はしたないですわよ……でも、私も少しだけ、ほんの少しだけお代わりが欲しいのですけれど」


 うん、旨いものを食べるときの作法。

 もくもくと食べる、旨いの一言、そしてお代わり。

 料理評論家のような蘊蓄なんていらないし、聞きたくもない。

 その料理は俺が作っているんだ、俺が一番よく知っている。

 だから、二人のおかわりという言葉が、俺にとっては一番嬉しい。


「ちょいと待っていろ。すぐに焼いてやるからな」

「「いぇーーい」」


 それじゃあ、おかわりには『温泉卵』もつけてやるか。

 

 〇 〇 〇 〇 〇


 今日の露店もおわり。

 シャットとマリアンに支払いを行って、俺は広場で一休み。

 まだ日が暮れるには早いので、広場のベンチに座って軽く一杯。

 厨房倉庫ストレージからカップ酒と焼いておいた豚串をひっ張りだし、ベンチでちっょと早い晩酌である。


「んぐっんぐっんぐっ……ぷっはぁ」


 俺が上手そうに酒を飲んでいるのを見て、通りすがりの冒険者とか巡回警備をしている警備兵が、喉を鳴らしている。


「はぁ。地球ではこんな生活は予想もしていなかったからなぁ。さて、明日は何を焼くことにしようか……」


 のんびりと明日のメニューについて考えていると、商業ギルドの受付で多見たことがある女性が近寄って来るのに気が付いた。


「すいません、ユウヤ・ウドウさん、ちょっとお願いがあったのですがお時間よろしいでしょうか?」

「ん? 俺にお願いですか? まあ話ぐらいは聞きますけれど」

「ありがとうございます。では、ギルドまでいらして頂けますでしょうか」

「構いませんよ……と、ちょっと失礼」


 カップに残っていた酒を一気に飲み干す。

 豚串はまあ、皿ごと厨房倉庫ストレージに放り込んでから移動するとしますか。


………

……


――商業ギルド二階

 あれよあれよといううちに、案内されたのは商業ギルド二階にある応接室。

 そこで待っていたのは、この商業ギルドの責任者であるクランプ・ロナルド準男爵と、この街の責任者であるダイス・ルフトハーケン市長、そしてその横に座っている男性が一人。


「遅くなって申し訳ありません。ユウヤ・ウドウですが。本日は、どのようなご用件でしょうか」

「おお、ユウヤどの、よくぞいらしてくれました。私はこの街の責任者であるダイスと申します。そして彼は、我が屋敷の専属料理人であるジョンです」


 町の責任者であるダイスの名前は聞いたことがあるが、どうしてこの場に料理人を同席させている?

 

「はあ、では、ご用件を伺いましょう」

「なに、簡単ななことです。あなたの持つ料理の知識、それをこのジョンにも教えてあげて欲しいのですが」

「ああ、なるほど。では謹んでお 断 り し ま す」


 俺がそう返事をすると、ウンウンと笑顔で頷いていたダイスが呆然とした。

 なに、まさか断られると思っていなかったのか?


「あの、今、お断りしますと聞こえたのだが……」

「はい、俺は、俺の持つ料理の知識を他人に教える気はありません。技術も秘伝のレシピもです」

「ち、ちょっと待ってくれ、たかが料理の味付けじゃないか、どうして教えないのだね?」


 あ、これは典型的に駄目な奴のタイプだ。

 自分の理屈で話を通そうとするタイプなんだろうなぁ。

 そう思ってギルドマターの方をちらっと見ると、頬を流れる汗を必死に吹いている姿が見える。

 その表情から察するに、まさかそんな話になるとは思っていなかったんだろうなぁ。


「まあ、端的に告げますと、俺にとっては『たかが』じゃないだけです。レシピは料理人にとっては魂の一部であり、身につけた技術もおいそれと他人に伝えるほど安くはありません。そして金勘定でどうこうできるとも思わないでください」


 そう淡々と告げると、横に座っていたジョンという料理人も『ほらね?』っていうかんじで悟っている。


「ま、待て、あと一か月もすれば、この街に領主さまが巡回にやってくるのだ。その時に最高の料理でおもてなしをしたい……そうだ、ユアヤ殿が使っていた調味料があったよな、あの『焼き鳥のタレ』とかいうやつ、あれを売ってくれ!!」

「それこそ、お断りだ。では、話し合いはこれで終わりのようですので失礼します」


 まだなにかモグモグと呟いているようだが、話し合いはこれでおしまい。

 まったく、日本でもここまで慇懃無礼な輩はいなかったぞ。

 そう思って部屋を出るとき、ダイスは顔を真っ赤にして文句を言ってい居たようだが、ジョンは深々と頭を下げていた。

 

 そしてギルドマスターも頭を下げているので、どうやらダイスが一人で暴走していたんだろうなぁ。

 はぁ、なんだか面倒ごとに巻き込まれそうだよ、そろそろ別の町にでも移動するかなぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年12月13日 10:00
2024年12月14日 10:00
2024年12月15日 10:00

隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~ 呑兵衛和尚 @kjoeemon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画