7品目・女神の気まぐれ? ジャガイモのプレゼント(ジャガイモバターと、揚げジャガイモ)

 俺がこっちの世界にやって来て、まもなく一か月。


 この間、ほぼ毎日のように露店を出しては、黙々と焼き鳥を焼いていた。

 ちなみにだが、日曜日にあたる日は露店を休んで、町の中をのんびりと散策してみたり、商業区にある様々な店舗を覗き込んでは、料理に使えそうな食材や道具を買いあさっていた。


 そして一か月も経つと、当然ながらチート能力についても使いこなせるようになってきた。

 そう思っていたのだが。


「……なんだ、これは?」


 いつものように仕込みのため、厨房へとやって来たのだが。

 デシャップ台(作業用テーブル)の上に、注文した覚えのないものが乗せられている。


「はて? 三枚肉(豚バラ肉)は注文してあったので問題はないが。この段ボール箱はなんだ?」


 昨晩発注したものは三枚肉3.5キロを二つとササニシキ20キロ、あとは調味料を少々と竹串二箱だったはず。にも拘わらず、その横に堂々と鎮座マシマシしている箱の中身はなんだ?

 そう思って中を確認したのだが、そこにはジャガイモがびっしりと詰まっていた。

 そして手書きのメモが一通。


【……お得意様へおすそ分け。今年採れたての男爵イモです。ご自由にお使いください】


 書いてある文字の心当たりはないが、これを送ってくれた人については、なんとなくだがわかって来た。


「はぁ、運命の女神さま、こんな手の込んだプレゼントをしなくても大丈夫ですよ……まあ、折角なので、ありがたく使わせてもらいます」


 とはいうものの、豚バラ肉とジャガイモという組み合わせは、ちょっと考えるものがある。

 

「う~む。豚バラ肉は明日に回すとして……じゃが芋ねぇ」


 とりあえず、思いついたものを仕込んでみるか。

 深めのシンクにジャガイモを放り込むと、手早く水洗いして表面の泥やほこりを洗い流す。

 芽がでていたり皮が緑色がかっているのなら、その部分は芽の根っこ部分から包丁で削り落とすのだが、流石は神の恩恵で届いた商品、そういった心配はなかったようだ。

 あとは蒸し器に綺麗に並べ、しばし蒸し上げることにする。

 その間に―もう一品。

 こっちは皮を剥いてから軽く蒸し、バットに並べて冷ましておく。

 今日の露店は炭火ではなく、小型プロパンガスと五徳を二台、用意する必要がある。

 

「うん、これも夏祭りで使っていたものがあったよな……どれ」


 備品庫で五徳と中華バーナー、プロパンガスを引っ張り出し、あとは揚げ物用の鍋と蒸し器の準備。

 バターも小さくスライスして冷蔵しておくと、いよいよ本日のメインの仕込み。


「薄力粉と砂糖、ベーキングパウダー……と、あとは卵と牛乳……だな」


 先に薄力粉、砂糖、ベーキングパウダー、塩一つまみ程度をよく混ぜ合わせてふるいに掛ける。

 それを大きめのボールに移し、卵と牛乳を加えてゆっくりと混ぜ合わせて揚げ衣を作っておく。

 衣の硬さは、材料にある程度まとわりつき、流れ落ちない程度。

 あまり硬すぎると上げた時にもっさりとしてしまうし、薄すぎると揚げたときの衣が薄くなり、歯ごたえが今一つになってしまう。

 ちょうどいい塩梅に仕上がったものを冷蔵庫に保管、あとは冷めたジャガイモの並んでいるバットもしまっておく。


「うーむ、温蔵庫があったら便利なんだが、あれは高くて買えなかったからなぁ。と、さて、それじゃあ持っていくもののチェック……と」


 一通りの準備を終えると、あとは厨房から宿の部屋へと戻り、ぶらりと露店の場所へ移動。

 すでに3回も契約更新を行い、今週は露店4週目。

 場所も冒険者ギルド前から広場の南側に移動、あまりにも人が集まり混雑してしまった結果、街道の片側が使えなくなりそうになったので、商業ギルドからこっちに移るように指示されたのである。

 そして広場に到着して作業台と五徳、中華バーナー、プロパンガスをセット。

 一つの五徳には大型の蒸し器をセットし、皮つきジャガイモの入った方をセット。

 もう一つには直径が一尺の揚げ物用鍋を用意。

 中にはしっかりと揚げ油も入れて、弱火でかけておく。


「おやや、ユウヤ、おっはよー」

「おはようございます、ユウヤ店長」

「おう」


 冒険者ギルドで正式に依頼を出して契約したシャットと、その相棒の魔術師マリアンが、いそいそと近寄って来る。

 マリアンは露店を始めて10日目に、新しく追加で雇った店員だ。

 彼女には接客と簡単な料理補助を頼んでいる。 

 というのも、シャットにも一度、調理補助を頼んでみたのだが。

 山猫族獣人の特徴である、きれいな縞模様の毛並みが災いし、焼き鳥に毛が付着してしまったことがあった。

 だから、シャットには人員整理を専門に頼み、マリアンを追加で雇ったのである。


「ねぇユウヤ、今日は炭焼きじゃないの?」

「ああ、マリアンもちょっと来てくれ、今日の料理の説明をするから」


 まず一つ目は、誰でも知っているじゃがバター。

 蒸し器に掛けられているジャガイモを発泡スチロールの小皿に取り、上から包丁で十字に切れ込みを入れる。

 あとは薄切りにしたバターを溝に差し込み、プラ製フォークを添えて完成。

 一つ一人前で、40メレルとお買い得。 

 さっそくマリアンに2人前を作らせて、二人に試食してもらった。


「お、おおう、肉じゃなくて野菜かぁ。なんていうか、野菜ってさ、がっつりと食べた感じがしなくてねぇ……アチチ」

「では、頂きます……ホフッ、ハフホフホハホフ……」


 熱々を口のなかに放り込んだのだから、熱いのは当然。

 でも、二人の表情を見ているだけで、感想は分かって来る。


「ングホフッ……んまぁ、なにこれ、野菜なのに乳の味も感じるにゃぁ」

「ああ、有塩バターを使っているからな。シャット、野菜もなかなかに味わいがあるだろう?」


 ニイッと笑って訪ねてみると、シャットはコクコクと全力で頭を上下している。

 この一か月で分かったこと、この世界にいる牛はバッファロー種で魔物。

 牛乳を取るためのホルスタイン種は存在せず、代わりに山羊乳が流通している。

 乳製品の加工は結構進んでおり、バターやチーズといった酪農商品は少量だが農家で生産されているらしい。

 そしてシャットに続いてマリアンもようやく食べ終えて、にっこりと笑っている。


「これは、とても美味しいです。パタタの実がこんなにホクホクしているなんて、信じられませんわ」

「ああ、ジャガイモって、こっちではパタタの実っていうのか。まあ、そういうものなんだ。それじゃあ、もう一品……」


 今度は皮を剥いて蒸したジャガイモを、先ほど仕込んだ生地にくぐらせて油でさっと揚げる。

 表面がきつね色になったら鍋から取り出し、割り箸を差して完成。

 一つの割りばしに3つの上げたジャガイモ、それをさらに乗せて一人前50メレルってところだな。


「ほい、これが二つ目。俺の故郷、北海道名物のひとつ、揚げジャガイモだ」


 中山峠の山頂近くにあるドライブイン名物で、あそこを通るときは必ず寄って買っていたからなぁ。

 そしてそのまま出来立ての上げジャガを手に取り、ホフホフと食べ始める二人。


「んはぁ、何これ、あっまぁい」

「この衣に秘密がありますわね。サクサクに揚げられた衣は甘く、そして中からはホクホクのジャガイモが出て来るという、二つの触感が楽しめて、それでいて先ほどのじゃがバターのややしょっばさと対極的に、甘くておいし菓子のようですわね」

「まあ、そういうこった。それで、宣伝ありがとうな……」


 そう俺が告げて、ようやく二人は気が付いた。

 いつものように俺の露店の常連たちが、近くでこっちを眺めている。

 並ばないと買えないっていうのは、この一か月でしっかりと浸透しているため、いきなり押しかけて来るようなことはない。


「ほら、そろそろ営業開始だ。マリアンはじゃがバターを担当してくれ、揚げジャガイモは俺がやるから。シャットはいつものように、人員整理を頼む」

「分かりましたわ」

「任せるだにゃあ」


 二人同時にガッツポーズ。

 一体、どこでそんなの覚えたのやら……と、俺の真似かよ。

 それじゃあ、焼き鳥やならぬジャガイモ屋の開店といきましょうか。


………

……


 この交易都市ベルラントを管理しているのは、アードベッグ辺境伯より任命されたダイス・ルフトハーゲンという若き市長である。

 彼は一日の大半を行政庁舎で過ごし、日が落ちると家族の待つ自宅へ真っすぐに帰っていく。

 そんな生活を数十年も続け、大きな騒動やもめ事もなく平穏に日々を送っていたのだが。

 ここ一か月ほど、町の様子がおかしいことに気が付いた。

 

 最初に異変を感じたのは、夕食時にたまに並ぶようになった肉串。

 いつもなら名店ヤーソイヤーの肉串が並んでいたのだが、それが見たこともない焼き鳥と豚串というものに変わっていたのである。

 ダイス自身は、がっしりとした触感のワイルドボアの肉串が好みであったのだが、妻と二人の娘たちは柔らかくて味わい深い焼き鳥と豚串の方が好みであった。

 最初は三日に一度程度であった焼き鳥が、ここ一週間ほどは毎日のように並んでいる。

 鳥串、葱串、豚串。

 そして今日はとうとう我慢が出来ず、昼の休憩時にダイスはヤーソイヤーの店へと赴き、肉串をたらふく食べている真っ最中であった。


「うん……これだよ、これ。このガツンとした歯ごたえ、野趣あふれる味わい。これこそが肉串だな。親父、また腕を上げたな」


 満足そうに呟くダイスだが、店主であるヤーソイヤーはやや苦笑している。

 

「まあ、そういっていただけるのはありがたいことです。ここ最近は、手ごわい露店が増えましたのでねぇ。うかうかしていると、常連客まで持っていかれますからね」


 ヤーソイヤーの告げる手ごわい露店こそ、ユウヤの焼き鳥屋である。

 一度だけあの店で焼き鳥を購入したヤーソイヤーは、その味わいに舌つづみを打つと同時に、その味に隠された秘密を探るのに必死になった。

 従業員に頼み込んで鳥串や豚串のタレと塩を購入して貰ってきては、日夜、対抗するためのタレを作製。幾度となく試行錯誤を繰り返している真っ最中である。


「ふむ。それはあれか? 甘じょっぱい鳥串とか豚串という奴かな?」

「ダイスさま、よくご存じで」

「まあ、家内や娘たちが絶賛していてな、堅い肉串よりもあの柔らかい肉串の方が食べやすいとかでな。最近は、ヤーソイヤーの肉串が並ばなくなったのだよ」

「それで我慢できずに、ここにっていうことですか。ありがたいことです」


 そんな話をしていると、女性従業員の一人が、熱々の紙袋を持って帰って来た。

 今日も彼女にユウヤの焼き鳥を買ってくるように頼んでいたのだが、いつもとは匂いも大きさも違っている。


「ん? それはなんだ?」

「はい。今日は新商品とかで。確かパタタの実を蒸してバター乗せたものと、揚げパタタだそうです」

「はぁ? なんでパタタなんて蒸しているんだ? 自宅ですり潰してつかうのか?」

「そうじゃないですよ、とりあえず味見してください。私はもう、食べてきましたので」


 そう告げてから、従業員がヤーソイヤーに紙袋を手渡す。

 そもそも、この紙袋だってなにで出来ているのか理解できない。

 だが、今はそんなことよりも新商品だ。

 紙袋から取り出したじゃがバターと揚げジャガイモを更に並べなおし、さっそくダイスもご相伴に預かることにしたのだが。


――パクッ

 一口、また一口とじゃがバターを口へ運ぶ。

 ダイスなど無言でパクパクと食べてから、揚げジャガイモを熱々のうちに口へと運んだのである。

 そして10分後、ようやく二人は我を取り戻した。


「ううむ……これがパタタだと?」

「そんなことがあるか。このホクホクとした味わいはなんだ? 蒸しているとはいえ、こんなにほっこりと仕上がるはずが無かろう?」


 ダイスの問いかけに、ヤーソイヤーは腕をんで考え込んでしまう。

 いつものように焼き鳥が売られていたら、いつかはヤーソイヤーの店も危機に直面してしまうかもしれないと感じていたのだが、ユウヤの焼き鳥屋はそれ以外のメニューでも十分に脅威となってしまうと感じ始めた。


「これは……なにか起死回生の……いや、今のままのスタイルで、より研鑽するしかないか」

「そうじゃな、期待しているぞ……では失礼する」


 ダイスもヤーソイヤーの店の味が大好きである。

 明日もまた、ここに来ることにしようと思って自宅に戻ったとき。

 夕食のテーブルに大量のじゃがバターと揚げジャガイモが並んでいるのを見て、がっくりと肩を落とすことになったという。

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