6品目・冒険者組合への依頼とお気楽獣人(在庫管理と注文と、豚串丼)
異世界に来て、初めての露店。
結果としては大盛況に終わった。
焼き鳥のタレと塩が合わせて200本、長ネギイカダは50本。
売り上げ的には、9250メレルと、意外と売り上げが合ったことには驚きだ。
しかも仕込んだ量を全て売りつくしてしまったため、明日の露店で使う食材が足りないことに気が付いた。
いつもなら、店が終わってから在庫チェック、発注、残った在庫での仕込みという流れで行けるところだが、鶏肉はすでに使い切ってしまったし、長ネギもちょっと乏しい。
「う~む。日本円だと、大体90000円ちょいっていうところか。しかし、随分と頑張ったものだなぁ……と、現実逃避はこの辺で終わらせるか」
今は厨房で、明日の露店をどうするか考えている真っ最中。
まさかこんなに売れるとは思っていなかったからなぁ。
一本の串の重さも、うちの店の定番の60グラムからバーンと気合を入れて90グラムまで増やした結果、冷蔵庫の中の鶏肉が切れてしまうという失態を犯してしまった。
まあ、それでも他の食材はあるのでそれを使えばいいだけだろうし、当面は炭火焼のスタイルを維持すれば大丈夫だろう。
「それで、問題はこれかぁ」
事務机の上の棚、そこにある各種店舗への発注書を引っ張り出してみる。
そしてステータス画面の詳細説明を確認してみると、予想通り仕入れの手順についての説明が新しく増えていた。
【発注方法……必要なものを商品型録・見積書から選択し、書き込んでファックスで送ってください。送信先の番号は不要、送信ボタンをぽちっと押すだけ。支払い方法については、『現金』か『魔力』のどちらかを選択してチェックしてください。発注完了と同時に清算されます。配達時間は翌日の午前10時に、店内に自動的に送られますので、よろしくお願いします】
ということらしい。
そして魔力の支払いという部分が判らなかったのだが、さらに説明を確認すると『一円=1MP』換算で消費されるらしい。
「えぇっと、この世界の人間の平均的な魔力は30から50MPで……今の俺のMPが……30000? んんん? これってどういうことだ?」
どうやら、俺の魔力は常人の100倍ほどあるらしいのだが。
残念なことに、魔法を使ったりする場合の魔力転換効率は1/100、つまり攻撃魔法とか回復魔法を使う場合は、30MP分しか使えないらしい。
この詳細説明って、実に便利である。
ただ開くだけでは何も表示されないが、俺が疑問に思ったことや手にしたものについては、自動的に表示してくれる。
「ははぁ……つまり、俺は冒険者にはなれないっていう事か。まあ、そんな気もないから問題は無いか。それよりも、明日の露店はどうするか……」
まず先に、消費した長ネギと鶏肉、あとはたれを作ったときに消費した調味料関係を纏めて発注。
物は試しに支払いは魔力で行ったところ、発注が完了した瞬間に、身体の中から何かがゴソッと抜けていくような感触があった。
まあ、一晩ぐっすりと眠れば回復するらしいから、考え方によっては毎日30000円分の仕入れを行うことが可能ということか。支払いに充てた現金が何処に消えるのか、それを考え始めると気になって仕方がないので忘れることにして。
明日の仕込みについて、なにかないか冷蔵庫をチェックしてみる。
「ああ、そっか、定番メニュー用に豚バラを仕入れておいたんだったな。まあ、店を開けて営業するわけではないから、明日は豚串のみでやってみるか」
そうと決まれば、さっそく仕込み。
まずは豚バラ肉の余計な脂身を削ぎ落し、均等な幅になるように切り揃える。
次に肉厚を均等にカットして、串を打つだけ。
非常に手軽に見えるのだが、仕入れ時の肉の状態によっては削ぎ落す脂身が多くなり過ぎてしまい、肉の歩留まりが悪くなってしまう。
だから納品の際に、しっかりと検品する必要がある。
そんなこんなで2時間ほどの仕込みの後、昨日と同じように宿の部屋へと戻り、夕食を取って寝ることにするのだが。
「やっばり、ゆっくりと風呂に浸かりたいものだなぁ」
この街にも公衆浴場はある。
ただ、それは蒸し風呂であり、湯船に熱々のお湯を張って浸かるようなものではないらしい。
なんでも『蒸気を発する魔導具』というものが普及しているらしく、ちょっと大きめの石造りの部屋にそれを置いて、室内を蒸気で満たして体を拭くらしい。
まあ、そのうちいってみるかと考えているうちに、気が付いたらぐっすりと眠っていたらしい。
心地よい疲れだったからなぁ。
〇 〇 〇 〇 〇
――朝・中央広場
朝食代わりのフランスパンを齧りつつ、俺は雑役組合というところへ向かう。
昨日の露店のときに感じたのは、この世界の住人は『とにかく並ばない』。
日本では、朝一番で焼きたてパンを売っているような店でも客は理路整然と並んでいるのだが、こっちの世界はとにかく雑。
右から左から、我先に売ってくれと叫んでいるので昨日は疲れ果ててしまった。
ということで、今朝は宿の女将に相談したところ、雑役組合か商業ギルドの横にあるので、そこで人を雇ってみてはと勧められた。
それで雑役組合に向かっているところであるが。
「あ、昨日の肉串やの店主さんだ。今日もあそこで露店を開くのかい?」
昨日の一番客である、猫耳獣人の女性が気楽に話しかけてきた。
「ああ、今日も同じところで営業する予定だ、売り物は違うけれどな」
「へぇ、それは楽しみだねぇ……と、こんな時間に、何処にいくんだい? 仕入れなら逆方向だけれど?」
「いや、ちょっと人を雇おうと思ってね。昨日来ていたのなら、あの混雑状況は知っているだろう? あれじゃあ混雑して叶わないから、売り子か人員整理ができる人を雇おうと思ってね」
そう説明すると、目の前の獣人のねぇさんが耳をピコピコと動かしている。
確か、この人って冒険者ギルドから出て来たんじゃなかったかなぁ。
「そ、それってもう決まっているのか? もしまだなら、私を雇ってくれないか?」
思いっきり食い気味に話しかけて来る。
まあ、細かい手続きを取らなくていいのなら、それに越したことは無いのだが。
そもそも、人を雇った時の賃金って、大体どの程度なのか見当もつかないんだが。
「まあ、それはそれでやぶさかじゃないが。一つ教えてくれるか? 昼から夕方まで、簡単な作業で人を雇った場合の賃金はだいたいいくらが相場なんだ?」
「ん~、何をするかによって変わって来るけれど……売り子程度なら、一日雇っても300メレルか700メレルっていうところかなぁ。重作業なら、場所にっては1000メレル出してくれるところもあるけれどね」
日当で、だいたい3000円から7000円っていうところか。
時給1200円換算として、昼から夕方6時までの6時間で……720メレル。
まあ、手ごろなアルバイトとしては稼げるほうか。
「それじゃあ、日当600メレル、食事付きで雇われるか?」
「乗ったニャ……いや、乗った!!」
「今、ニャ、っていったよな?」
んんん、こいつ、語尾にニャ、が付くタイプか。
普段は必死に隠しているようだけれど、興奮すると地が出るタイプだな。
「それじゃあ、昨日と同じ場所に12時頃に……と、時間ってどうやって確認するんだ?」
「教会の鐘の音で確認しているけれど……昼っていうことは、大鐘一つのときだな」
「んん、まあ、そういうことで」
がっしりと握手をして契約成立。
組合を通しての依頼の場合は組合を通して契約書を交わすものらしいが、こうした話しあいで成立した場合は握手するのが約束らしい。
とにかく、これで労働力を確保できたので、俺はただひたすらに豚串を焼くことに集中できる。
うん、いい感じじゃないか。
………
……
…
「いい感じ……と思っていたおれが、甘かった」
炭焼き台の前で、ひたすらに豚串を焼き続ける。
昨日の鳥串とは異なり、豚串を焼くときには炭に火が起きないように気を付けなくてはならない。
もっとも、うちが使っている炭は『人工備長炭』というタイプで、火おこしが大変な点を除けば、使いやすくていい。
肉から滴り落ちる脂やタレで火が上がるのも少なく、火加減にムラができにくいのが特徴。
それでも、ただひたすらに豚串を焼いて提供するのは骨が折れる作業だ。
「はいはい、そこ、しっかりと並ぶ。このロープの仕切りを越えない事、そこの阿呆、ロープを乗り越えるにゃぁぁぁ」
店から引っ張りだした椅子にロープを通して人の流れる導線を作り、雇った獣人のシャットが人員整理を担当している。そのためか昨日よりは客の流れはスムーズだが、やはり焼場担当が俺一人だと提供時間が掛かってしまうが。
「はいはい、塩2とタレ3で200メレルね、次のお客さんがタレ4で160メレル……と、おや、肉串屋の主人、まさか並んでいるとは」
ふと気が付くと、肉串屋のヤーソイヤーの主人まで並んでいたじゃないか。
「まあ、うちに来る客がね、ここの露店で出している鳥串と野菜串が上手いって誉めていたからさ。敵情視察もかねてね。タレと塩を5本ずつもらえるか?」
「毎度、400メレルです」
大量の豚串を抱えて、ホクホク顔で帰っていくヤーソイヤーの旦那。
さて、そろそろ肉の在庫が切れそうだが……まだまだ並んでいるんだよなぁ。
〇 〇 〇 〇 〇
そんなこんなで、午後4時半ごろ。
昨日仕込んだ分の豚串は全て完売した。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、私の豚串がぁぁぁぁぁ」
そしてようやく食事にありつけると思っていたシャットが、炭を落とし始めている俺に向かって涙を流しながら絶叫。
「ん、まかない分は取ってあるから、安心しろって。ちょっと待ってろよ」
炭を半分だけ残しておいたので、そこで豚串を焼く。
その間は、シャットに椅子とロープを纏めて貰っているので、一つだけ椅子を残しておくように指示をする。
そして焼きあがった豚串をたれに付けてから、予め焚いておいたご飯が入れてある保温ジャーを
「んんん。店主、それはなんだい?」
「これか? これは俺の故郷の主食だよ。これをこうして……と」
焼き鳥のタレをご飯の上に少し掛けてから、熱々の豚串もたれに通してご飯の上に乗せる。
さらに付け合わせで紅ショウガを横に添えて、フォークと一緒にシャットに手渡す。
「ほらよ、本日の賄いご飯は、豚串丼だ」
「豚串……どん?」
「ああ、こうやって、ご飯の上におかずを乗せて提供するメニューを、俺の故郷では『丼もの』っていってな。これは豚串が乗っているから豚串丼だ」
ふぅんと返事を返してから、シャットはフンフンと匂いを嗅いでいる。
「うへぇ、この赤いの、なんか酸っぱい匂いがするんだけれど」
「甘ったるいたればっかりだと、飽きて来るからなぁ。まあ、騙されたと思って食べてみろ?」
「まあ、店主がそういうのなら……」
シャットが恐る恐る、豚串を掴んで一口食べる。
その瞬間、目を丸くして豚串をがつがつと食べ始めた。
そしてタレのしみ込んだご飯を一口食べた瞬間……目を閉じたまま、空を見上げているんだが。
「ん~、豊穣神レイオ・ナルドに感謝を……こんなにおいしい食べ物は、初めてだニャ!」
「そうかそうか」
目の前でガツガツと旨そうに食べられると、俺も腹が減って来るんだよなぁ。
とはいえ、豚串は全て焼き終わったから……宿の夕ご飯まで我慢するか。
そんなこんなでシャットが食べ終わるのを待ってから、ようやく今日の露店は閉店となった。
「それじゃあ、また明日もよろしくな」
「わかったよ、店主」
「あっははは。店主じゃなく、店長って呼んでくれていい。もしくはユウヤ、だな。俺の名前はユウヤ・ウドウ。また明日も、よろしく頼むよ」
「わかったよ、ユウヤ。それじゃあな」
今日の給金を受け取って、シャットが冒険者ギルドに走っていく。
まさか、今日の給料で飲むんじゃないだろうなぁ。
ま、別にいいか。
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