5品目・未知の肉串と貧乏な冒険者(焼き鳥と長葱イカダ串、タレとシオ、裏面)

――冒険者side


 今日は、いつものように朝一番で冒険者ギルドに向かい、手頃な依頼を受ける予定でした。

 でも、ちょっと寝坊して出遅れてしまった結果、ちょうどいい依頼というものは殆ど持っていかれてしまい……残ったのは薬師組合からの薬草採取と都市管理組合からの清掃業務のみ。


「はぁぁぁ、これは参ったなぁ」


 がっくりと項垂れて、ギルド内に併設されている酒場の丸テーブルに着く。

 財布を取り出して、今の財産を引っ張り出してみるけれど、どう数えても100メレルしか所持金が無い。


「ん、シャット、今日も依頼を受けれなかったの?」


 私と同期に冒険者になったマリアンが、楽しそうに目の前の席に座る。

 うん、この子は魔法使いで、私とはたまにパーティーを組んで討伐依頼を受けていた。

 けれど、今日は一人だったらしく、単独では討伐依頼を受けることができない。

 それこそ前衛の、屈強な戦士とかといっしょにパーティーを組んだ方がいいのだけれど、その彼女をもこの時間にここに座っているという事は。


「マリアンと一緒よ。斥候スカウトの私が単独で受けられる依頼なんて、すぐになくなっちゃうかそもそもないかのどっちかだよ」

「そうよねぇ。私も依頼を受けられなかったし……この前の討伐依頼の報酬だって、結局は宿の家賃を支払って終わっちゃったし……シャットも同じ?」

「そーよぉ。ほら、今の私の全財産。なんと100メレル」


――ジャラジャラッ

 10メレル銅貨が10枚だけ。

 これじゃあ、今日の食事代で吹き飛んじゃう。


「あらら、私はその倍はあるわよ」

「でも、あなたはお酒を飲むから私と似たようなものじゃない」

「「はぁ……」」


 うら若き女性が二人、冒険者ギルド瀬の酒場でため息。

 とにかく、今日の仕事をどうにかして探さないと、明日からの食事代が足りなくなってしまう。

 そう思って、依頼掲示板をもう一度確認しようとロビーに向かった時。


「ん? なんだあれ?」


 ギルドの道路を挟んで向かいで、なにやら不思議な格好の商人が露店の準備を始めている。

 まあ、この街って、隣国との国境沿いも近いし、あちこちの国から色んな商人が集まって来るから、見たことのない商品を売っているのもよく見かけるのだけれど。

 あれは、私も初めて見る。

 初めて見るのなら、もっと近くで見なきゃ。

 そう思って近くに寄っていくと、露店の主人が見たことのない魔導具で火を起こしていた。

 そしてちょっと話しているうちに、いきなり肉串を焼き始めたよ。


「焼き鳥とネギイカダ串……って、ああ、肉串と野菜串っていえばわかるか?」


 焼き鳥? ネギイカダ?

 串はわかるよ、ヤーソイヤーさんとこの肉串も細い串に刺さって売っているから。

 けれど、焼き鳥もネギも分からない。

 そう思って頭を傾げていると、この店主も昨日、ヤーソイヤーさんとこの肉串を食べたらしい。

 それと同じようなものだって説明してくれたので、ああ、なるほどと思って両手をポンと鳴らして頷いていると、なんだか微笑ましそうにこっちを見ているんだけれど。


 この店主、獣人が好きなのか?

 人間なのに珍しいよね。


「なるほど、肉串の露店か。でも、この街ではヤーソイヤーの肉串屋があるから、売れるか分からないぞ? あそこの肉串はさ、冒険者ギルドにワイルドボアの討伐依頼を出しているからさ。その日の肉は、その日だけしか売らないっていうぐらい、鮮度が良くて臭みもないんだぜ?」

「ああ、それってあっちの街道筋の店か。確かに、あそこのは美味かったよなぁ」

「そうだろ? そうなんだよ」


 うんうん、この街にやって来て、ヤーソイヤーさんとこの肉串を食べないとモグリって思われるし。

 対抗して肉串を露店で販売していた人もよく見かけたけれど、ことごとく味比べされた結果、一日で畳んで翌日からは別のものを売っていたからなぁ。

 どうせ、この店もそうなるに決まって……ん、待って、そのテーブルってどこから出したの?

 それに、見たこともない茶色い液体の入った壺と、ちょっと香辛料のような香りのする銀色の容器……って、これ、胡椒だ!! 王都の高級店でしか使われていない香辛料じゃないですか!!

それに、その大量の肉串と白い野菜串もどこからだしたのよ、まさかマジックバック?

 それとも、あ、あの禁断の……アイテムボックスなの?


 そんなことを考えているうちに、気が付くと店主は肉串を焼き始めましたよ。 


「んんん……なんだ、この匂い。すっごく美味そうな匂いだよな」

「まあな。でも、旨くなるのはこれからだよ……と」


――ジュポッ

 焼けた肉串を壺のタレに潜らせ、そしてもう一度焼いている。


――ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ

 今度はタレと肉汁の混ざったものが黒い薪……炭っていうのか、そこに垂れていき、さらに甘い香りと煙を発したじゃないですか、もうやだ、お腹が減っているのになんという仕打ちなのよ。

 もう我慢できない、買う!!


「な、なあ、これってひと串いくらなんだ? この旨そうな匂い、そして見た感じだと一本200メレルぐらいか?」


 今の全財産って100メレルしかないんだよなぁ。


「一本40メレルってところだな。長ネギ串は30メレルでいい。タレと塩、どっちの味がいい?」


 満面の笑みで答えてくれた店主。

 よし、それなら三本は買うことができるけれど……でも、そっちのネギ串とかいうのも食べたいし、も塩とタレって味付けが二種類あるのもいい、どっちも食べたい。

 ええい、袋の隅っこに銀貨が一枚ぐらい転がっていないか?

 そう考えて゛ガサゴソと探ってみるけれど、やっぱり現実は厳しかった。


「はう、100メレルしかない……」

「塩とタレ一本ずつなら80メレルでいいが……って、ああ、ネギも喰いたいのか」

「そ、そうなんだけどさ」


 うん、今日は我慢するか……でも、もしも明日になって、この露店が無かったとしたら……。


「じゃあ、今日は開店サービスで、ネギ串と鳥串、タレ塩セットで100メレルで構わないよ」

「そ、そうか、それじゃあ!!」


 まさかだろ。

 そんなことで、この商人の集まる交易都市ヴィクトールで生きていけるのか?

 いや、今は店主の期待に応えよう。

 全財産、それを店主に手渡すと、まず見たこともない薄い袋に鳥串とネギ串のたれを入れてくれた。

 さらに別の袋には、同じ二種類の塩というやつも入れてくれたじゃないか。


「ほらよ、焼き鳥と葱串のたれと塩だ。熱々だからやけどしないようにな」

「ああ、ありがとうな!!」


 そうお礼を告げてから、私は冒険者ギルトの酒場に向かった。

 ほら、案の定、マリアンが硬い黒パンをスープに浸して食べている。

 それで一食、30メレルだから安いんだけれどさ。


「あら、シャット、何処に行っていたの……って、なによ、その美味しそうなものは」

「えへへ。ギルド前の露店で売っていたのを買って来ただけだよ」


 そう呟いてから、まずは鳥串のタレを取り出して。


「うわ、な、なにその匂い。すっごくおいしそうじゃない、私に頂戴」

「駄目に決まっているでしょ……どれどれ」


 まずは一口。

 先っぽの肉を齧って……って、うわ、お肉が柔らかくて、甘い。

 いや、この甘さはタレだよね、しょっぱくて甘くて、そして嗅げている部分が香ばしくて肉とも絡み合って、口の中が幸せ万歳気分だよ。

 

「う、うみゃぁぁぁぁぁぁぁ」


 はっ、思わず地が出てしまったにゃ………。

 いけないいけない。


「……まさか……こっちのネギ串もなの?」


 そう思いつつ、今度は葱串を一口。

 齧った瞬間に、ネギとかいう野菜の中から熱々の汁が零れてきて、それでいて甘しょっぱいたれと混ざってとにかく美味しい。味変っていうのよね。


「ホフッホフッ……うっはぁ、これは最高だにゃぁ」

「おわぁ、シャットが素に戻っているぅぅ」

「なんだなんだ、シャット、何を食べているんだ?」

「それって肉串よね? でも見た日ことがないしすっごくおいしそうな薫りなんだけれど」

「あ~、シャットが全財産はたいて、向かいの露店で買ってきたそうよ……ということで、こっちの袋のお肉は頂戴ね!!」


 うわ、マリアン、何をするだぁ!!

 そっちの袋の奴は次に食べるんだから、返しなさいって……。


――モグッ

 遅かったぁぁぁぁぁ。

 そしてマリアンの動きが一瞬止まったけれど……。


――ガツガツガツガツ

 うわ、いきなり全部食べたぁぁぁぁぁぁぁ。

 しかも、葱串の塩まで食べつくされたぁぁぁぁぁぁぁ。


「わ、私の串を勝手てに食べるにゃあ、買って返しなさいよにゃ」

「わ、分かったわよ……でも、これって高かったのよね? こんなに胡椒を使っている肉串なんて、一本いくらするのよ」

「今日は開店セールで、30メレルって話していたけれど……」


 って、ちょっと待ちなさいよ、私の分も買ってくれるのでしょうね。

 それに、今の話を聞いていた冒険者たちも、いきなり走っていくんじゃないわよ。


「はぁ……鳥串の塩も、葱串の塩も食べつくされたにゃぁ」


 肉串の入っていた変な袋だけとり返せたので、中に残っている肉汁をマリアンの残していった堅パンをちぎって掬って、口の中に放り込む。

 すると、塩味の中にしっかりと胡椒の味も残っていて、それがパンに染み込んでいてなんというか、これは美味しすぎる。

 

「も、もしもこのタレの残っている袋の汁をパンに付けたら……」


――ゴクッ

 物は試し。 

 そーっとパンを千切り、袋に少しだけ残っていた甘しょっぱいタレを付けて、口の中に放り込んで。

 そしてふと気が付くと、私の前のテーブルには、呆然自失状態のマリアンが座っている。


「あ、あれ、わたしって、意識が飛んでいた……って、マリアン、私の串はどうしたのよ?」


 彼女の肩を掴んで前後にブンブンと揺さぶってみるけれど。


「あはは……売り切れだって……何も買えなかったし、店主は店を片付けているし……」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 いや待って、絶叫している暇なんてない。

 明日もあの露店があることを期待して、今日は仕事をして稼がないと。


「マリアン、依頼を受けるよ、一緒に仕事するよ」

「えへへ、し、仕事って?」

「露店の肉串、明日も食べたいでしょ!!」


――ガバッ

 あ、マリアンの意識が戻って来た。

 そうよ、一人よりも二人がいいに決まっているじゃない。

 あなたの持っている薬草知識と、私の探知能力、この二つがあれば、薬草採取依頼だって楽しようじゃない。

 さあ、行くのですよ、明日の肉串のために。 

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