4品目・朝食の文化と、未知の味わい(焼き鳥と長葱イカダ串、タレとシオ)
朝。
昨晩の食の違い事件でモヤモヤしていた頭の中であったが、一晩寝て目を覚ますと少しだけすっきりとしていた。要は魔物という単語の問題であり、食用・非食用肉の概念と近いものだと納得するしかなく、そして自分なりに納得できたようだ。
着替えてから一階の食堂に向かい席に着くが、一向に食事が運ばれてくるようすもない。
そのため、厨房の方で忙しそうにしている人に、朝食を頼んでみようとおもったのだが。
「おや、確かユウヤ・ウドウさんだったね。そんなところに座って、どうしたんだい?」
「いえ、ちょっとだけ寝坊したようでして。朝食って、もう終わったのですか?」
そう通りかかった女将に尋ねると、女将は最初、目を丸くしてこっちを見ていたのだが、突然爆笑しはじめた。
「あーっはっはっはっ、いや、ごめんなさいね、貴方の住んでいた国か地方では、朝っぱらから席について食事を取る習慣があるんだね」
「んんん? それってつまり、この国のあたりでは朝食は取らないということですか?」
「いや、取るには取るけどさ。それって朝日が昇って仕事に向かう人が、パンを齧りながら仕事に向かうっていう感じでね。昼のディナーや夜のサパーといった時間ぐらいしか、座ってのんびりと食事なんてとらないのさ。まあ、王都とかでは朝からやっている食堂があって、冒険者や職人が力をつけるためにがっつり食べるっていう風習はあるみたいだけれど……」
このあたりは王都から離れているのと、仕事といえば城塞外の穀倉地帯の管理とかが大半らしく、今の俺のように座って優雅な朝食をという習慣はないらしい。
「これは参った……俺の住んでいた国は、朝からがっちりと食事を取って仕事に向かうっていうのが普通でね。まあ、それならいいか、すまなかったね」
「そうだねぇ……どうしても朝食が欲しかったらさ、冒険者ギルドに併設している酒場に出もいってみなよ、そこなら早朝から晩遅くまで営業しているし、食事もとれるからさ」
「そうか、それは助かったよ。それじゃあ行ってみるとするか」
「ああ、気を付けてね」
半ば女将に追い出されるように食堂を後にする。
このあと昼からの営業の準備があるらしく、邪魔しては駄目だと急いで宿を後にすると、取り敢えず露店の契約のために商業ギルドへと向かった。
その道中……というほど遠い距離ではないものの、昨日見た食事を供するような店は開いているものの、まだかまどに火は入っていないように感じる。
それに、露店の食べ物やの姿もまばらであり、何処も準備の真っ最中にも感じられる。
「まあ、日本でもこんな朝っぱらからやっている食堂はないよなぁ……」
地球との時差とか、そういうものは全て修正されているらしく、厨房のコンセントに接続すれば充電も可能。ただ、電波は届いていないしWi-Fiも繋がっていないので、ダウンロードした音楽や推理小説を楽しむ程度にしか使えない。
あとは……家族の写真が、大切に保存されているだけ。
「うん、流石に早すぎるか……いや、この時代の仕事事情を考えると、遅いのか? まあ、いいか」
スマホを
そこで一週間分の露店の契約を行い場所についての指示を受けると、まずはその場所へと真っすぐに移動。中央広場を左折した先、魔法協会の道路を挟んで向かいの場所が、俺に割り当てられた露店の場所である。
この魔法協会と冒険者ギルドには、大勢の人が行き交いしている。
他の場所とは違い、ここだけは賑やかで懐かしい感じもしてきた。
「さてと、それじゃあ始めるか」
コンロの中に割れた炭を適当に並べたのち、細い炭を井桁にうまく組んでいく。
その上に、本命の木炭を綺麗にならべてから、文明の利器である着火バーナーを取り出して。
――ゴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
最大火力でバーナーを点火したのち、コンロの横の隙間から炎だけを中に走らせる。
着火剤を使って簡単に火を付ける方法もあるが、俺としてはコンロの中には炭だけを入れておきたいところである。
「んんん、なんだありゃ?」
「魔法か? それとも火を起こす魔導具?」
「へぇ、面白そうだなぁ」
俺が炭をおこしている最中にも、冒険者ギルドからは一人、また一人と様子を見に人がやって来る。
このあたりの雰囲気は町内会のお祭りのようで、ちょっと面白くなってくる。
そして好奇心に負けたのか、一人の女性が大きな耳をピクピクと動かしながら話しかけてきた。
頭の上に耳があるっていうことは、獣人っていうやつか?
顔つきとかは人間と変わらないし、そういう職業なのかなぁ。
「なあ、これって何をしているんだ?」
「ん、今日から一週間、ここで露店を開くのでね。そのための準備だよ」
「露店……って、何を売る予定なんだ?」
「焼き鳥とネギイカダ串……って、ああ、肉串と野菜串っていえばわかるか?」
焼き鳥とか話しても、多分わかってくれなさそう。
だから、俺が昨日食べた肉串って説明すると、両手をポン、と鳴らして頷いている。
「なるほど、肉串の露店か。でも、この街ではヤーソイヤーの肉串屋があるから、売れるか分からないぞ? あそこの肉串はさ、冒険者ギルドにワイルドボアの討伐依頼を出しているからさ。その日の肉は、その日だけしか売らないっていうぐらい、鮮度が良くて臭みもないんだぜ?」
「ああ、それってあっちの街道筋の店か。確かに、あそこのは美味かったよなぁ」
「そうだろ? そうなんだよ」
うんうんと、嬉しそうに話している獣人の女性。
ああ、その耳ってあれか、猫というよりは山猫に近いのか。
感情が耳にも出ていて、ピクピクと大きく動いているんだよなぁ。
さて、炭は起きたので、とりあえず少しずつでも焼いていくか。
――スルッ
――ジュゥゥゥゥゥゥ
やがて肉が焼け始めると、甘さの詰まった肉汁と油が隅にこぼれ、ジュッと煙を上げる。
火が付かないように渋うちわでぱたぱたと煙と火を飛ばしていると、露店の周囲にも肉の焼ける香ばしい匂いが広がっていく。
今のうちに、左側の炭火を調整して長ネギ串も焼くとするか。
「んんん……なんだ、この匂い。すっごく美味そうな匂いだよな」
「まあな。でも、旨くなるのはこれからだよ……と」
――ジュポッ
焼けた鳥串を壺ののタレに潜らせ、そしてもう一度焼く。
――ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ
今度はタレと肉汁の混ざったものが真っ赤に燃えている炭の上に零れ、さらに甘い香りと煙を発してくれる。
この音と香りで客を引き付けるのが、焼き鳥やのやり方。
老舗ともなると、ダクトから流れていく煙にも気を付けて、開店直後は薫りの出やすい串から焼き始めるらしいからな。
そしてさっきからずっと、露店の前で焼き鳥を焼いている姿を見ていた獣人が、口から涎を零してじっと串を睨んでいる。
「な、なあ、これってひと串いくらなんだ? この旨そうな匂い、そして見た感じだと一本200メレルぐらいか?」
200メレルということは……2000円か?
いやいや、そんなに高いはずがないだろう。
その5分の1でも十分だよ。
ただ、あっちの肉串屋が一本30メレルだったからなぁ。
あっちの縄張りを荒らす気はないのでね。
「一本40メレルってところだな。長ネギ串は30メレルでいい。タレと塩、どっちの味がいい?」
ニカッと笑いながら、獣人の姉さんに話しかけると。
慌てて腰から下げている袋に手を伸ばして。
「はう、100メレルしかない……」
「塩とタレ一本ずつなら80メレルでいいが……って、ああ、ネギも喰いたいのか」
「そ、そうなんだけどさ」
「じゃあ、今日は開店サービスで、ネギ串と鳥串、タレ塩セットで100メレルで構わないよ」
「そ、そうか、それじゃあ!!」
ジャラッと100メレル受け取ると、焼きたての鳥串と葱串のたれを先に手渡す。
しっかりと耐油紙袋に入れて手渡すと、次は塩だな。
パパッと塩コショウをして軽く焼きなおしてから、すぐに熱々を紙袋に入れて手渡す。
「ほらよ、焼き鳥と葱串のたれと塩だ。熱々だからやけどしないようにな」
「ああ、ありがとうな!!」
嬉しそうに紙袋を下げて走っていく獣人の姉さん。
そのまま冒険者ギルドに飛び込んだんだけれど、まさかあそこで食べる気なのか?
まあ、別にどこで食べようが構いやしないけれどな。
それに、だんだんと人が集まって来たので、少し焼く速度を速めないとならないかな。
初露店だけれど、今日も忙しくなりそうだよ。
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