3品目・商業ギルドと宿屋の晩餐(穀物のポリッジと野菜の煮物、塩漬け肉の炙り)

 肉串を堪能した後は、まっすぐに商業ギルドへと向かう。

 

 道すがら、街道沿いに並ぶ店を眺めているが、この世界にも地球のように多種多様な商売が存在する。

 雑貨店や衣料品店は普通に並んでいるが、どうにも質がよさそうとはお世辞にも言い難く。

 野菜売りや薬草売り、薬屋といった店まで並んでおり、ちょいと興味を引いたので覗いてみたが。

 瓶詰の液体薬は並んでおらず、丸薬という固形の薬品が並んでいる程度。

 話を聞いてみると、病気の症状に合わせて薬を調合しているという事なので、江戸時代の漢方薬医のようなものであると理解できたが。


「ちなみに、ちょいと高額で効果の高い薬が欲しかったら、中央広場から西に向かいな。冒険者ギルドの横にある魔法協会で販売しているし、重篤ならほら、まっすぐ正面奥にある教会へ行くといい。この街には治癒師がいるから、魔法で直してもらえるよ」

「魔法……か。そういえば、そういうものもあるんだったな、いや、ありがとう」


 話を聞いてはい、おしまいというわけにはいかないので。頭痛に効く丸薬を数個だけ購入し、道を急ぐ。ちょっと魔法について興味が出てきたのだけれど、また立ち止まって話を聞いてを繰り返しそうなので、目的の事を真っ先に終わらせることにした。


――商業ギルド

 ちょっと小ぶりな区役所といった大きさの建物。

 二階建てで、中は広い事務所風。

 二階へと上がる階段の横あたりから長い受付カウンターがあり、そこに受付らしい人たちが並び、接客対応をしている真っ最中。

 

「ああ、市役所みたいなかんじか。ええっと、順番待ちの人……はいそうだが、どうしたものか」

「おや、あなたは先ほどの」


 思わず中を見渡していると、近くの椅子に座っていた順番待ちらしき人が、話しかけて来た。

 ああ、この人は確か、門の前で色々と説明をしてくれた男性か。


「先ほどは、ありがとうございます。ここで露店の登録をと思いまして」

「そうでしたか。では、順番待ちなので、そちらのカウンターに置いてある木札を取ってきた方がいいですよ。そこに呼び出し番号が書き込まれていますので」

「助かります」


 一旦カウンターに向かい木札を取ると、また時ほどの男性の近くに座る。

 すると、他の席に座って待っている商人たちも、興味津々で俺の方をじっとみている。


「さて、ここで再会したのも何かのご縁。ということで、私は王都にあるフェルティ―ゲ商会の仕入れ担当をしております、コレン・ハーゲンと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。私は……ええっと、ユウヤ・ウドウです。流れの料理人っていうところですね」

「これはこれは、なるほど。名字もちという事は、どこか貴族の出自で?」


 ああ、名字を名乗れるのは貴族のみなのか。

 ここは美味く誤魔化すとして。


「まあ、色々とありまして」

「うんうん。このあたりでは聞きなれない貴族家のようですから、深くは追及しませんよ。それで、流れの料理人と申していましたが。露店で料理を?」

「まあ、簡単なものですけれどね。まずは露店の場所と宿の確保、そう思いまして」

「そうですかそうですか。では、開店したら伺いますので」


 コレンさんの持つ木札の番号が呼ばれたらしく、話の途中でいそいそとカウンターへと向かってしまった。そして俺もその数分後に呼び出されたので、まっすぐにカウンターへと向かう。


「お疲れ様です。本日はどのようなご用件でしょうか」

「この街で飲食系の露店を開きたくてね。ついでに商業ギルトへの登録も行っておきたいのだが」

「畏まりました。では、商業ギルドのシステムについてご説明します」


 そのままギルドの仕組みについての説明を受ける。

 まあ、露店を生業とするのか、店舗を借りるのか、何処か拠点を作ってそこで経営するのかで変わって来るらしい。

 俺の場合、限界突破能力オーバーリミットである『料理人』があるので、何処でも店舗を作り出すことは可能なのだが。

 

「……うん、旅をしながら、たどり着いた町で露店を開きたいな」

「では、旅商人としての登録をお勧めします。そうすれば、道中で仕入れたものを他の町で売ることも可能となりますので、そちらのほうが都合がよろしいかとおもいます」

「なるほどねぇ、ではそれで」


 旅商人の登録料は120000メレルと、日本円換算でいえば12万円ほど。

 そのほかに、町での露店申請で一区画一週間につき10000メレルが必要らしい。

 期間延長その他は別途申請であり、露店での売り上げについては税金は加算されない。

 これだけを聞くと露店での営業の方が儲かるとおもうが、旅商人にとっては商品の運搬などで手間がかかってしまうらしく、その分だけ経費がかかるらしい。

 それに仕入れの際にも、朝一などで行われるセリには参加できないので、どうしても原価が掛かってしまう。

 まあ、一通りの説明を聞いので、あとは登録料と仮通行証を申請書と共に提出。

 数分後には、銀色のプレートが手渡されたので、そこに埋め込まれている小さな魔石に、俺が触れて登録は完了らしい。

 

「これが商業ギルドの登録証明カードです。魔法による登録が行われますので偽造は不可能、紛失した場合は再発行手数料が必要になります。あと、露店の申請は行いますか?」

「いや、それは明日、改めてということで。ありがとうございます……っと、それじゃあ」

「お疲れ様でした」


 最後はにっこり笑顔で撤収。

 

「さてと。コレンさん……はいないか。それじゃあ、とっとと宿を取って一休みしてから、明日の仕込みでも始めるとするか」 


 商業ギルドを出て、近くにある適当な宿へ向かう。

 そこで一週間の連泊を頼むと、俺は部屋に入って施錠したのち、さっそく『店舗』へと移動した。


――店舗内厨房

「さて。まずは倉庫の整理と、明日の準備といこうか」


 事務室横の倉庫に向かい、棚と冷凍ストッカーの点検。

 こっちの世界では使わなさそうなものは全て備品庫に放り込むと、さっそく厨房に戻り仕込みを開始……と思ったのだが。

 事務室にある鏡を見て、ふと立ち止まってしまった。


「……んんん? まさか若返ったのか?」


 鏡の向こうには、俺が30代後半だったころの顔が映っている。

 もしも30歳にまで若返ったとすると、28歳は若くなったことになる。

 そのまま体つきなども確認してみたが、やはり顔だけではなく全身が若くなっていた。


「あ~、そういえば、丘を下っていた時は膝も痛くなかったし、疲れもほとんどなかったからなぁ。これは運命の女神様に感謝だよ」


 そう考えたなら、事務室に据え付けてある神棚にお神酒と塩、水を交換して手を合わせる。

 祭ってある神様は違うが、あの運命の女神さまの事だ、笑ってここにも顔を出してくれるだろう。

 そしていよいよ仕込みだが。


「肉串屋の親父には悪いが……焼き鳥でいくか」


 冷蔵庫から鶏のもも肉と長ネギを取り出し、一口大に切って串に差していく。

 鶏肉と長ネギの『ねぎま串』と、あとは長ネギだけの『いかだ串』を大量に用意。

 

「豚串も作りたいとこだが……さすがに、肉串の親父に怒られそうだからなぁ、これでいくか」


 大体一時間ほど肉の捌きと串打ちを続け、出来上がったものはバットに並べてラップを掛けて冷蔵庫へ。次は、焼き鳥用の醤油たれを合わせるとしよう。


「普段使いのものを半分、鍋に濾して……」


 焼台の横に置いてある『焼き鳥のたれ』が入っている壺を手に取ると、その中から半分を雪平鍋に入れておくと、ここに別の鍋で合わせた焼き鳥のたれを加えて加熱する。

 たれの分量はちょっと複雑で『醤油1升、本味醂2升、ザラメ300グラム、たまり醤油3合半、水あめ600グラム』。

 これをゆっくりと過熱したのち、あらかじめオーブンで焼いておいた鶏ガラと焼いた長ネギを加え、一割だけ煮詰める。


「うん……ベースはこんなものか」


 今の分量で出来たものが、焼き鳥のたれのベース。

 これを普段使いのツボに継ぎ足していくのがうちのスタイルだが、今回は先ほど分けておいた半量と同等の量のベースたれを加えて、ひと煮立ちさせて完成。

 絶対に沸騰させてはいけないという親方の教えを守り続けた、秘伝のタレの完成である。


「これでよし。塩コショウは作り置きがあるから、それを小分けして持っていけばいいか」


 あとは焼台と炭だけど、これは予備があるのでそれを引っ張り出しておく。

 町内会の行事などで使っていたものだから、丈夫で大きい。

 一通りの道具と、持ち帰り用の厚手の耐油紙袋もある。

 これで準備は全て完了。

 火の元を確認したのち、厨房から部屋に戻ると。

 すでにどっぷりと日が暮れていた。


「おぉっと、晩飯を食いっ逸れてしまうな、急ぐか」


 宿の一階部分に併設されている食堂に向かい、この世界での初めての食事にありつく。

 肉料理と野菜料理がメインで、味付けは塩とハーブ。

 今日のメニューは麦のポリッジ(麦粥)と野菜の煮込み、塩漬け肉を炙ったもの。

 

「なるほど、こうきたか」


 よく店が休みの時など、KHK(国民放送協会)でやっていた番組で見たことがある。

 世界の伝統料理ワールドグルメガイドという番組で、フランス系の古い料理でこのようなものが取り扱われていたのを思い出した。

 あの番組のメニューは調べてから、何度かうちの店でも出してみたことがあったが。

 やはり現代風にアレンジしたものでないと、評判はいまいちだった。

 そのノーアレンジ版を、俺は今、食している真っ最中。


「うん、旨い!!」


 簡素な味付けの中にも工夫が凝らしてある。

 穀物を細かく砕いたグリュエルではなく、しっかりと粒の残っているポリッジにしてあるのも腹に溜まっていい感じだ。

 野菜の煮つけは塩とハーブのみだが、えぐみを感じず甘さがひときわ目立っている。

 昔の日本の野菜も、こんな感じだったなぁと懐かしく思えて来る。

 そしてメインである塩漬け肉の炙り。

 塩抜きの加減もよく、それを厚さ1センチほどにスライスしたものをそのまま焼いているだけ。

 塩分はすでに擦り込まれていて、飯のおかずには申し分ない。

 

「ふぅ……いつの間にか、すべて平らげてしまっていたか」

「おや、随分といい食べっぷりだね、これだけ綺麗に食べてくれたら、作り甲斐があるっていうものだよ」


 女将さんが満足そうに話しかけてきたので、ちょいとだけ質問。


「ポリッジはまあ、なんとなくわかるが、この野菜の煮物って、どんな野菜を使っているんだ? 俺の故郷では見かけない野菜なんだが」

「ああ、異国から来たのかい。赤いのはキャロータ、白いのはスズーナ。緑色で小さく散らしてあるのはブロッコだね」

「なるほどねぇ」


 キャロータは人参、スズーナが蕪、そしてブロッコがブロッコリーなのは理解できた。

 これはステータス画面の詳細説明ではなく、聞いた瞬間に頭の中で変換されたようだ。


「それじゃあ、この塩漬け肉は?」

「オークだね。これは一週間前に狩人が取って来てくれたオークのもも肉を塩漬けにしたものだよ」

「オーク……ああ、そういう」


 野菜のときと同じく、オークと聞いて頭の中に浮かんだのは『二足歩行する豚の魔物』だった。

 この街の近隣では畜産という概念が存在せず、肉はもっぱら『狩人』が取って来るものらしい。

 そしてその説明を聞いた後、俺は部屋に戻ってベッドに潜り込んだ。

 食の違い以前に、魔物を食べるっていう概念が理解できず、頭のなかがモヤモヤしていた。

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