2品目・意外と平和な世界のようで(地元の肉串、ハーブ仕立て)

 この見たことも聞いたこともない世界に転移してきて。

 とりあえず、自分に何ができるのか、もとい、自分の能力とスキルというものについては、大体の見当もついたし使い方も理解した。


「要は、限界突破能力『料理人』をフルに使って、この世界でのんびりと、好きなことをして生きていけばいいってことだろうなぁ。ま、歳をとって引退してからの第二の人生が少し早くやって来たと考えれば、それほど困ったことにはならんだろうし」


 ただ、俺が死んだ後の地球でのことが気がかりではあったのだが、ステータス画面の『詳細説明』でそのことについては、簡単に記されていた。


『有働優也の葬儀は無事に行われ、家族・親族・友人関係は少しずつですが、元の生活に戻りつつあります』


 この表示されている言葉だけで、向こうでは大した大きな事件になっていないことも理解できたし、なにより他の連中が元の生活を取り戻し始めたというのはありがたい。

 たまに線香でもあげてくれれば、それでいい。

 そんなことを考えつつ、丘の上から街道までのんびりと歩いていく。

 やがて4階建てのマンション程度の高さの城塞までたどり着くと、その巨大な入り口のあたりに大勢の人が並んでいるのに気が付いた。

 そして俺の姿に気が付いた人たちがこちらを振り向くが、すぐに目を合わせることなく前を向く。

 まあ、ここでぼーっとしてても埒が明かないので、勇気を振り絞って訪ねてみるか。


「あの、ちょっといいですか。この並んでいる列って、なにか待っているのですか?」

「ん……ああ、あんたも旅人かい。これは、このベルランドに入るために並んでいるのさ。俺たちはこの領地の民じゃないから、身分証を持っていないからね。ほら、最前列を見ると判ると思うけど、ああやって犯罪歴の有無があるかどうか、ギルドの登録証を所持しているかどうか検査しているのさ」


 見た感じ50代前後の男性がそう教えてくれたので、俺もちょいと横に体をずらして前の方を見てみる。すると男性の話していた通り、最前列辺りで鎧のようなものを着た二人組の人物が、並んでいる人と何か話をしている姿が見えた。


「ああ、なるほどね。それで、そのギルド登録証っていうのは?」

「そんなことも知らないのかい……」


 俺の問いかけに、呆れたような顔でそう呟くのだが。

 ああ、そうか、こういう時こそ、ステータス画面の『詳細説明』か。

 

「あ、いや、ちょっと度忘れしちゃったみたいでな」

「はあ、まだそんな歳じゃないだろうし。まあ、まだしばらくかかりそうだから、説明してあげるよ」


 そのままギルド登録証について説明して貰う。

 この世界には職業ごとに組合ギルドがあり、【登録している人の権利を守り、義務を課す】という事を行っているらしい。

 権利とは利益や既得権益のようなもの、義務は納税と依頼。

 まあ、調理師組合とか、そういうものが職業ごとに分かれているっていう事は理解できた。

 俺がこの街で調理関係の仕事をするためにやってきたことを説明すると、『商業ギルド』で露店か空き家の使用許可を取る必要があるらしい。

 幸いなことに。調理師組合はないらしく、個人経営の店舗などは『商業ギルド』で一括管理しているとのこと。

 もっとも、これも王都や大都市になると、個人で管理・運営している【料理人組合】のようなものもあるらしいが、登録が義務付けられていることはないらしい。


「はあ、色々と面倒くさいものだなぁ」

「まあ、商売人は王国としても有力な納税者であるからさ、だから粗末には扱ってこない」

「変に臍を曲げられて、他国に移られるよりはいいっていうことか」

「そういうことだ。あんたも若いのに色々と勉強しているじゃないか」


 若い?

 いや待て待て、俺はもうすぐ還暦だぞ?

 若いってなんだよ? 

 

「あっはっは、いや、若いって言われるとは思っていなかったなぁ」

「少なくとも、俺よりは若いだろうさ。と、それじゃあ」


 順番が来たらしく、男性は軽く手を上げて門の横に立っている警備の騎士のような人と話を始めている。そしてステータス画面を出して、今の話について詳細説明も確認。

 そんなことをしているうちに俺の順番も来たので、彼らの前へと向かうと。


「ふぅむ。通商許可証か王国通行証、またはギルドの登録証を提示してくれるか?」

「う~む。そのどれも所持していない場合は?」

「その場合は、この『警備の水晶版』に手を当ててくれ。これが赤く輝いたら犯罪履歴があり、ここを通すことはできない。光らなかった場合は仮通行証を発行する、25メレルかかるが大丈夫か?」


 丁寧に説明してくれるのはありがたい。

 それで、25メレルについても、さっきポケットの中に小銭をねじ込んだので、そこか取り出して確認する。


「ええっと、10メレル銀貨が3枚しかないんだが。これで大丈夫か?」

「問題はない。それじゃあ、先に手を当ててくれ」


 いわれるままに、少し曇っている水晶版に手を当てる。

 当然、犯罪歴なんてないから赤く光るはずもない。


「それじゃあ、これが仮通行証だ」

「あいよ、ありがとうな」


 10メレル銀貨を3枚支払い、5メレル銅貨を1枚と仮通行証を受け取る。ついでに雑談まじりに、この街で仕事を探していることをに合わせてみるか。

 

「ちなみに、この街で商売がしたいのだけれど、商業ギルドってどのあたりにあるんだ?」

「それんら、この道をまっすぐ進んで中央広場を右に向かってくれ。大きな看板があるから、そこで手続きを取るといい。宿も近くに立ち並んでいるから」

「ありがとうよ」


 どうかと仮通行証を懐に仕舞ったふりをして、また厨房倉庫ストレージ経由で店舗カウンターへと戻しておく。

 

「しっかし、これって意外と便利だな……」


 懐に入れさえすれば、なんでも店舗内の好きな場所に送ることができる。

 倉庫の部分を整理して、こっちの世界で手に入れたものを納める棚を作るのもありかもしれない。

 うん、そうだな。その方が綺麗に整理整頓できる。

 それは後にするとして……。


「しっかし、街道沿いのあちこちに店が並んでいるのは凄いなぁ。ガラスこそ見当たらないし、ショーウインドゥ的なものはないけれど。窓は大きく開いているし、そこからうまそうな匂いも流れて来るな」


 それに、こっちの世界では買い食い立ち食いはあまりマナー違反ではないのかもしれない。

 さっきから、道行く人たちが何か食べながら歩いて……って、ああ、それなりに身なりのいい人は、そういうことはしていないのか。

 いずれにしても、うまそうな匂いであることは確かだから、ちょいとこっちの世界の味っていうのを楽しませてもらうことにしよう。

 そう思い近くにあった店へと向かうと、店の軒先で肉を焼いていた。

 串にさして直火で炙っているところから、焼き鳥のようなものか。


「すまない、一つ貰えるか?」

「ああ、肉串でいいか、一本30メレルだ」

「30メレル……3銀貨だな」

「別に30銅貨でもかまやしないさ」


 銅貨なら30枚、銀貨なら3枚か。それを支払うと、長さ30センチほどの串に肉がゴロゴロとぶっ刺さって焼いてあったものが差し出される。

 手に持つ部分が長いだけで、肉自体の量は12、3センチ分ってところか。

 そして支払いを終えて、さっそく串にかぶりつく。

 肉が焼けた香ばしい香りと、少しだけハーブのような香りがする。

 先っぽの方の肉を加え、神千切って見たが、ちょいと肉質は固い。

 だが、噛んだ先からジワッと肉汁が溢れ、野趣あふれる味が口の中に広がっていく。

 モシャッ、モシャッ。

 

「ああ、野生の猪、そのもも肉のような味わいか。ちょっと癖があるが、旨いな」


 ただ、ちょっと味付けが薄い。

 もう少し塩味が欲しいところだが、調味料はこの世界では高価なのだろうか。

 そう思い、店の軒先から少し離れ、こっそりと懐から『塩コショウ』を取り出す。

 これはうちの店のオリジナルブレンド。

 『粗びき黒コショウ6:あら塩3:化学調味料1』で合わせたもの。

 しっかりとあら塩は中華鍋で炒ってあるし、俺は化学調味料は『必要ならば使って構わない』理論だからな。まあ、うちの店にある化学調味料も、この塩コショウ以外には使っていない。

 これは俺の師匠の方針であり、ここだけは譲れない部分である。

 そして塩コショウを軽く、パパッと振りかけて懐に戻す。

 

「うん、胡椒の香りがいいかんじだ」


 ガブッとかじりついた味が、ほぼ好みの味に変化する。

 

「う~ん、この癖のある肉を使って、もっと色々と作れそうだなぁ。この世界の食材、奥があって楽しそうだ」


 これはやりがいがある。

 そのまま肉串を食べ終えて、急ぎ商業ギルドと宿の手配を終らせておこう。

 それにしても、食材だけでなくこの世界の物価や流通も気になって来る。

 本当に、未知の世界にやって来たんだなぁと、つくづく思い知らされそうだ。

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