隠れ居酒屋・越境庵~異世界転移した頑固料理人の物語~
呑兵衛和尚
1品目・異世界転移(ちくわパンと炭酸飲料)
有働優也さん。あなたは事故に巻き込まれて死亡しました。
此度の事故は、私たち運命の女神の管理外でおこったもの。
私たちはこれから、貴方の巻き込まれた事故が起きたことについて詳しい調査を行います。
ですが、事故原因を確定できたとしても、地球であなたの死は確定しているため、運命を改変しても死という現実をなかったことにはできません。
ですので、救済措置として、貴方の魂を別世界の住民として再生します。
此度の件につきましては、当方の管理責任でもありますので、ささやかながらの異世界転移措置補償として、いくつかの限界突破能力を授けます。
また、貴方の大切にしていたものなどについても、一部ですが異世界への持ち込みを可能としてあります。
詳しい補償などにつきましては、目を覚ました時点で『詳細情報』と告げて頂ければ、すぐに理解できるようにしてあります。
それでは、新たな世界で、貴方の自由に生きてください。
願わくば、貴方の未来に幸大からん事を……。
………
……
…
──????
んん……。
目が覚めた。
頭の中には、つい先ほどなのか、それともずっと昔に聞いたのか、不思議な言葉が残っている。
ただ、それが運命の女神の言葉であることは、何故か理解できた。
ゆっくりと体を起こして周囲を見渡すと、今いる場所がどうやら丘の上であることも理解できた。
眼下には草原と、そのちょっと先には城塞に囲まれた都市のようなものが見えている。
「んん……ああ、これってあれか、甥っ子が話してくれていた、異世界っていうやつか?」
季節の行事になると、親族や甥っ子たちが俺の店に集まって宴会を催していた。
そんな時、よく聞かされていたのが、さいきん流行りの漫画のこと。
異世界と繋がった和食屋が、現地の人たちと交流していく物語。
その話をよく聞かされたり、俺の店は繋がらないのかって甥っ子たちに尋ねられたたこともあった。
まあ、その時はただの物語程度に思っていたのだが……。
「はぁ。まさか、俺自身がそんなことに巻き込まれるだなんて、思ってもいなかったな……」
うん、軽く右手を握ってみるが、しっかりと力は入っている。
風の囁きも、空を飛んでいるらしい鳥の鳴き声も聞こえていることから、あの女神の言葉は夢ではない現実の事であると理解できた。
「はは……これからどうすればいいんだ?」
そう考えたとき。
ふと、さっきの声を思い出す。
『詳細情報』
「ああ、そういえば、そうだったな……詳細情報……でいいのか?」
──フワッ
そう呟いた時。
俺の目の前に、使い慣れているタブレットのような小さな画面が浮かびあがる。
「ははぁ、これを見ればいいのか……どれ」
画面には『ステータス』『詳細説明』といった表示のほかに、『厨房展開』という文字が浮かんでいる。
物は試しにステータスという部分をタッチしてみるが、そこには何も写し出されていない。
そして詳細説明も同じ。
この二つを見るためには何か条件があるのではと思いつつ、最後に『厨房展開』という部分をタッチしたら。
──ヒュゥンッ
俺の視界が一瞬で変化する。
目の前に広がっているのは、広い厨房。
そしてカウンターの向こうには、俺のよく知っている、俺が跡を継いだ居酒屋の風景が広がっていた。
「まあ、俺が死んだ後は弟たちが後を継いでくれるだろうさ。だから、あとは神様の言葉を信じて任せるしかないか」
店内を歩き回って見ても、隅から隅まで地球にあった俺の店と全く同じ。
そしてふと気が付くと、入り口近くのテーブルに無地の暖簾が置いてあることに気が付いた。
「はは……ご丁寧に、暖簾まで用意してあったのか……と、店の名前はまだないのか」
俺の店の名前が書いてあるはずの暖簾。だが、今は何も書かれていない。
これはつまり、異世界で心機一転、店を開けということなのだろうか。
それならそれで、別に構いやしない。
そう思いつつ外に繋がっているらしい入り口を開こうとしたが、何故か扉は開かない。
「んんん? これはどういうことだ? 鍵でもかかっているのか……と、そうか」
ステータス画面を開き、詳細説明を軽くタッチして見る。
すると、先ほどまではなにも表示されていなかったのに、今は俺の知りたいことが次々と浮かび上がってくる。
『ピッ……店舗開放条件が満たされていません』
「ははぁ。まず、この店舗は俺が運命の女神から授かった『限界突破能力・料理人』の能力の一つなのか。まあ、これしか取り柄がないし、この道しか知らないから都合はいいか……」
今の時点で分かったことはひとつ、この異空間に存在する厨房に俺はいつでも出入りできる。
それに店舗に入らなくても、必要に応じて厨房から必要なものを自在に取り寄せることも可能。
冷蔵庫、冷凍ストッカー、調味料棚だけではなく、調理機材や、倉庫にしまってあった機材や食器、裏の事務室に置いてある備品に至るまで。
いつでもどこでも、俺が望めば取り出せることが分かった。
そして店舗開放条件が満たされれば、どこかの壁に入り口を繋げて店を開くことも可能のようだ。
「使った調味料や食材、そして使ったものや必要なものは、発注書を送ることでまた補充することが可能。代金はこっちの世界の通貨もしくは俺の魔力による支払い……と。なるほどな、これは便利だ」
小型プロパンと五徳を取り出せば、どこででも調理を行える。
店の扉を開けなかった理由は簡単で、店舗開放条件である『魔力補充』が満たせなかったこと、『扉を出現するために必要な壁が無い』こと、そして『現地従業員の雇用』の三つが必要らしい。
それに開店中はずっと魔力が消費され続けるので、十分な魔力が無ければ長時間の開店は不可能だが。
幸いなことに、厨房からの出し入れについては魔力を消費しないらしい。
──ヒュンッ
そして店から出るように意識すると、俺はまた、元の丘の上に座っていた。
「ははぁ、厨房の中に移動しても、外での時間は経過しない……と。しっかし、魔力といわれても、何が何だかピンとこないなぁ」
詳細説明で事細かに調べてみると、とにかく不思議なことばかり。
まだまだ知りたいこと、調べたいことは山のようにあるのだが、まずは人の住む生活圏に移動してから考えよう。
「それじゃあ、あの町のような場所にでもいきますか……さすがに、いきなり敵対して殺されたりとか、そういうことはないよなぁ」
立ち上がって、改めて自分の姿や持ち物を確認する。
服装は、俺が研ぎに出していた包丁を受け取りに行った時と同じ、作務衣にジーンズ姿。
財布やスマホとかはあるが、当然ながら、電波は繋がっていない。
そして持っていたはずの包丁ケースは……。
「ああ、ここにあるのか……
──フワン
詳細説明のときに聞こえた、空間収納システム。
俺個人が使える
内部空間の時間は『停止』『経過設定』『通常』に自在に切り替えられ、収納しているもの個々に設定もできるらしい。
その
「ああ、なんだか便利だな。存命だったときにこの能力が使えたら、仕入れも楽だったろうなぁ」
そんなバカなことを考えつつ、内部に包丁ケースと、あとは何か鞄のようなものが収まっているのに気が付く。
その中にはこっちの世界の貨幣が数種類と、あとは着替えや小物が幾つか収納されている。
とりあえず、今使っている財布は
あとは鞄の中の貨幣袋から適当貨幣を数枚程度引っ張り出してズボンのポケットにねじ込めると、そのまま丘をゆっくりと降りていくことにした。
「さて……死後の世界……ではないが、この世界についても、いろいろと知らなければならなそうだな」
昔遊んでいたゲームのように、まずは世界とその仕組みについて学んでいこう。
詳細説明では、この世界の仕組みやrule、歴史については説明されていなかった。
それにできるなら手に職を付けたいところだが、この世界の食生活環境についても色々と知りたいところだからなぁ。
「まあ、今の俺は異世界一年生っていうところだな、楽しませてもらうとするか」
──グゥゥゥゥゥゥ
気合を入れてみたものの、突然腹の虫が鳴る。
そういえば、包丁を受け取る前に買っていた昼飯があったなぁ。
これは、ちくわの中にツナマヨが仕込んであり、それをパンに挟み込んで焼き上げたもの。
表面にこんがりと焼き目が付いたマヨネーズが乗っているのも、人気の一つといえよう。
それを一つ取り出して、バクッと大きな口で頬張る。
「んん……んまい」
ツナの塩っけがちょっと強めに感じる人もいるらしいが、子供たちには評判の味だ。
まあ、子供って外で遊びまわっていると汗を多くかくからなぁ。
それに部活帰りの学生にも人気だから、こういう味もありなんだなぁと勉強になる。
「さて、ちくわパンといえば、やっぱりこれも必須だよな」
今度は
しっかりと栓抜きも一緒に取り出して、王冠部分をスポンと開ける。
シュワシュワとした音が聞こえ、レモンのような芳香も漂ってくる。
それをゴクッゴクッと喉に流し込み、そして再びちくわパンに齧りつく。
「ん~、こんな空気のいい場所で、風に吹かれながらの昼食は最高だぁ」
もう、この時点で俺自身が死んで、この世界に来てしまったことなどどうでもよくなってきた。
詳細情報でも俺の事故死は確定しているらしいが、家族や親類知人などへの配慮もされているらしい。どのように配慮されているのかは分からないが、俺が気にやむことは無いというかんじの説明が付け加えられていたので、今はそれを信じることにしよう。
「さて、それじゃあ、町まで行ってみようか。果たしてそこの町には、どんな『んまい』」ものがあるのだろうかなぁ」
そんなことを考えつつ、のんびりと丘を下っていく。
やがて城塞都市のようなもがはっきりと見えてくると、そこに繋がっている街道に大勢の人が並んでいることに気が付いた。
とりあえず、あそこまでいけば何かわかるかもな。
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