つぶされて白雪姫
浅窪 朋
つぶされて白雪姫
「今日もこの時間がやってまいりました!この街で一番可愛い子は誰なのか、今日もAIが判定いたします。それでは美女判定AI『mirrorⅢ』に判定をお願いしましょう!」
お昼もだいぶ過ぎた午後二時過ぎ、この地方都市のローカルテレビ局で放送されている生活情報バラエティー番組『ヒマナンデス!』の中で名物コーナー“美人№1”が始まりました。“美人№1”は毎週金曜日に放送される人気のコーナーで、名前の通りこの街で一番の美女を決めて紹介するのです。街中に設置されている監視カメラに映った女性全員の画像データを元に美人判定用のAIが決めます。古今東西の美女のデータを入力されているAIに判定されるため文句のつけようがありません。
この地方都市は政令指定都市に指定されているのでどこの区で見かけた誰が一番の美人なのかを発表していました。
「さあAIに判定をお願いしましょう。mirrorよmirror、mirrorⅢ、今週一番の美人さんは何区の誰?」
丸眼鏡をかけた司会者がAIに促します。AIは鏡台の形をしていて鏡の部分はディスプレイになっていました。その画面には次から次へと女の子の画像が一瞬だけ表示されます。いよいよこの後、今週一番の美人の名前の発表です。
「コンシュウ イチバン ノ ビジン…ハ…」
わざとらしい合成音声でAIが発声しました。
「ミナミク デ ミカケタ ノチゾエオウヒ サン デス!」
画面に一人の美女が映し出されます。それはこの街に住む読モの野地添桜陽でした。桜陽はこの街に来てから約三年間、旅行に行ったり仕事で他の地方へ出かけたりして不在の時以外は全て一位を取っていました。
「今日も桜陽さんでしたかぁー。まさに絶対王者、チャンピオンの防衛ですね!」
司会者がまたかという感じで溜息をつきます。番組的には同じ人ばかりが一番を取るのは美味しくないのです。一応10位までは後でまとめて発表しますが、桜陽がいる時はいつも一番は桜陽なので面白みに欠け、このコーナーも盛り上がらないのでした。仕事で都内に出たりプライベートもアクティブなほうだったりで、割と桜陽が不在の時も多いのでそれなりに変化はあり、番組も成り立ってはいましたが、最近は面白くないという声も上がってきていて陰りもあります。
「うれしいー!」
今日はゲストで番組に出ていた桜陽が嬉しそうに笑います。桜陽はゲストというよりもはや純レギュラーといった出演割合でこの番組に出演しており、すっかりなじみになっています。そもそもこのコーナーで発掘されたという経緯もあります。
「今日の美人女王はまたも野地添桜陽さんでした。それではまた来週!」
毎回のこととはいえ一番になれた桜陽は気持ちが良くて仕方がありません。気分よく帰宅します。来週も仕事の予定やプライベートの予定もないのでこの街にいます。次一番だったらちょうど100回目の美女ナンバーワンに輝くことになれるため気合を入れてオシャレをすることにし、そのためにショッピングへと向かったのでした。
さて翌週のヒマナンデスの時間がやってきました。今日も桜陽はゲストで呼ばれています。どうやら裏では桜陽のナンバーワン100回目を祝って女王様のような王冠を用意してくれているようです。桜陽はほくそ笑みました。
「さあAIに判定をお願いしましょう。mirrorよmirror、mirrorⅢ、今週一番の美人さんは何区の誰?」
丸眼鏡の司会がいつものセリフを言いました。いつも通り番組が進行していきます。さあ晴れて100回目のナンバーワン美女です。桜陽はカメラを向けられることに備え、笑顔を浮かべ決め顔を作りました。
「ヒガシク デ ミツケタ コノ コ デス!」
mirrorⅢのディスプレイに映った画像を桜陽は理解できませんでした。どゆこと?何でわたしじゃないの?そこには見知らぬ美少女が映っていたのです。
「ああっと、これは意外!絶対王者だった桜陽ちゃんが敗れました!!」
司会者が驚きの声を上げました。カメラが呆然とする桜陽を映しだします。
「しかしその子はいったいどんな子なのでしょうか?」
司会者がAIに訊きました。AIは監視カメラに映っていた画像をディスプレイに再び表示します。そこには可愛らしい服を着た何とも可憐な女の子が映っておりました。肌の色は透き通るように白く全体的に薄い色素は儚げでなんとも守りたくなるような可愛らしさです。東区で行われていたコスプレイベントに参加していたらしくアニメのキャラクターのコスプレをしていたようでした。
「だ、誰なのこの子?どこの誰?」
桜陽は思わず取り乱しAIに問いかけます。
「ジュウショ シメイ ホカ コジンジョウホウ ハ フメイ デス」
「そう言う個人情報は実際に探し出して本人に確認を取ってからですね」と解説者が補足する。
顔画像は勝手に発表しているのでそこは肖像権の侵害なんじゃないかという感じで矛盾していますが、さすがにこの番組でもプライバシー保護の観点を一応少しは有しているようでした。
「ニューヒロイン誕生です!この美少女は一体誰なのでしょうか!それでは次回、お楽しみに」
屈辱と怒りで顔面蒼白になって立ち尽くす桜陽を映してその日の放送は終わりました。
さて、住んでいる高級タワーマンションに帰ったあとも桜陽は腹立たしくて仕方がありません。それもそのハズです。桜陽にとってはテレビ番組で公開処刑されたようなものですから。何とかこの美少女を見つけ出してこの街からいびり出さなくては気が済みません。番組が探し出して判明したとしても住所までは教えてくれないでしょうからまずは自力で探すところからです。
とはいえ街の外からたまたまやってきた旅の美人が映りこんで一番になっただけかもしれません。なので桜陽はとりあえず様子を見ることにしました。
そして翌週の『ヒマナンデス!』の放送では再び桜陽がナンバーワンに返り咲くことができ、先週の一位のあの子は誰だったのかと話には上がったものの、番組では探し出すことは出来なかったとの報告が司会者からあったのみで、結局その正体は分かりませんでした。
そしてそれを聞いて「やはりたまたまコスプレイベントに参加するために外からやって来た誰かだったのだろう」と悔しく思いながらも桜陽はホッとしたのでした。でもその日は公開処刑を恐れて番組への出演を見送っていた為、せっかくの美人№1百回達成を生で放送できなかったのはやはり腹立たしくもありました。
とはいえ居なくなったならまあ良しとし、悪い思い出として今回の一件は水に流すことにしたのです。
ところがそのまた翌週の『ヒマナンデス!』の放送では再び現れたこの謎の美少女に再び一位の座を奪われてしまいました。
「ニシク デ ミツケタ コノ コ デス!」
今回も可愛らしいコスプレ衣装に身を包んだその少女は花が咲いたような笑顔を振りまいています。対照的に今回またスタジオに呼ばれていた桜陽は再び引きつった顔を放送される羽目になったのでした。こうなるともう桜陽の怒りは収まりません。今回はわざわざ遠くからやってくるような大規模なコスプレイベントではなかったので、どうやら近くに住んでいるのだろうと思われます。何としてもこの少女をこの街からいびり出さなくては気が済みません。
「この子は何処の誰なの?」
司会者がmirrorⅢに問いかけます。すると今回までに身元が判明していたらしくこう答えました。
「ホンニン ガ キョヒ シタノデ ジュウショ シメイ ホカ コジンジョウホウ ハ オオシエ デキマセン!」
「それは残念ですねえ、奥ゆかしいかたなんですね」
司会者が言いました。なんだかそれではまるで桜陽が自己顕示欲の強い出たがりみたいな言い方です。その通りでしたけど。
ますますいきり立った桜陽は何としても個人情報を手に入れることにしました。足を使って探すのは大変ですが、今回はもう番組が身元を割り出してくれています。とはいえ昨今は個人情報の管理は厳重です。聞き出すのもなかなか大変かと思うかもしれませんが桜陽は実は魔女、じゃなかったそこそこの腕を持ったハッカーだったので地方テレビ局程度のセキュリティーくらいなら簡単に破れます。
侵入に成功しmirrorⅢへとアクセスした桜陽は訊ねました。
「mirrorよmirror、mirrorⅢ。今週一番の美人は誰?」
ここで自分だと言われないかなと微かに期待していた桜陽でしたが、現実は残酷です。
「今週、監視カメラに映った人のなかで一番の美人はこの子です」
テレビ演出用のぎこちない合成音声ではなく、流暢な日本語合成音声でmirrorⅢが答えながら画面に映し出して来たのはやはり昼間にテレビ局で見せられた子でした。
「一体この子はどこの誰なの!」
桜陽が叫びました。プライバシー保護フィルターも解除してあるのでmirrorⅢは正直に答えます。
「この子は南区在住の白雪君です」
それを聞いて桜陽はポカンとしました。白雪君?ってことは男の子なの?
mirrorⅢに“白雪君”と答えられた桜陽はより詳細な情報を要求しました。すると以下の情報が分かりました。
「姓名:白雪裕望(しらゆき ひろみ)、生年月日:YYYY年MM月DD日生まれ(13歳)、性別:男性、中学校在学中で美術部に所属。成績は中の上。趣味は手芸。現住所は○○県△△市□□町××丁目☆☆番地◇◇。実家は和菓子店を営んでおり地元の銘菓としてお土産などに好まれているようです」
それを見て桜陽は驚きのあまり口を開けたまましばらくの間ぽかんとしていました。やはり男だったのです。まさか自分が男に美しさで負けるだなんて…。桜陽は悔しさで頭に血が上り、卒倒してしまいました。
その後、桜陽は追加調査をして白雪君についてより詳しい情報を得ます。それによると白雪君はどうやらコスプレや女装の好きな男の娘なのだということが分かりました。AIは対象を男性と認識した場合は美人判定の対象外とするように設定されていたので白雪君が男装の時は対象外となるのですが、ときどきコスプレイベントがあると女の子の格好をするため、その時に桜陽は負けてしまうのです。
桜陽は対策を迫られました。何としても排除しなくてはなりません。ですが大人ならまだしも親と同居する中学生ではいびり出すのも難しく、しかも実家が地元の銘菓を作っている和菓子屋さんいう地域密着型の職業ときています。親ごと追い出すわけにもいかなそうです。
女装趣味の男であることを世間にばらしてやろうかとも思いましたが、男に美しさで負けてたなんてことはプライドの高い桜陽にはやはり耐えられないのでそれも無理です。それにそもそも昨今の世の中では女装コスプレをしていることがバレたくらい全然たいしたことでもありません。
とりあえず女装さえ辞めさせらればと考えた桜陽は、知り合いのDQN男に女装を辞めるよう白雪君を脅させることにしました。
DQN男はたかだか女装趣味の中学生一人、ちょっと脅せば問題ないと高を括っていたのでしょう。何の策もなく下校中の白雪君を呼び止めました。
「ちょっとキミ、いいかな?」
「はい、なんでしょう?」
予定通りDQN男は因縁をつけて脅しつけることにします。
「キミが女装をすると迷惑する人がいるんだよ。今後やらないでもらえるかなあ?」
言葉使いは丁寧でしたが見た目は金髪に黒いジャージの上下、やたら大きなジャラジャラしたアクセサリーを付けておりさらには眉毛まで剃っている真正のDQNでした。まだ中学生の白雪君はさすがに震え上がります。
「おい、オメー。白雪君に何してんだよ!」
DQN男はいきなり声を掛けられてビックリしました。見渡すといつのまにかどことなく厳つい女性が7人いて、取り囲むようにして立っていました。
「お、お前ら誰だよ!」
DQN男がひるんだ声を上げます。
「私たちは白雪君の恋人だ!」
この屈強な女性たちはちょっとヤバい人たちで、自称7人の小人ならぬ“7人の恋人”。勝手に白雪君の親衛隊を結成している女性たちだったのです。7人とも格闘技マスターで空手やレスリング、ボクシング、少林寺拳法、日本拳法くらいならわかりますが、サンボやシステマの使い手までいます。容姿に自信のない女性は代わりと言ってはなんですが自分以外の所に優れた容姿を持つものを置きたがります。白雪君を大切にしているのもそのためなのでした。
そんなわけで白雪君には手を下すことも出来ず、DQN男は袋叩きに遭ってほうほうのていで逃げ出します。そして二度と近寄っては来ませんでした。
DQN男による襲撃に失敗した桜陽は焦っていました。まあ本当は、あと一、二年も放っておけば第二次性徴が現れ男っぽくなっていわゆる女性的な美人を維持するのも難しくなってたハズなのですが、桜陽はそれまで待てません。今すぐにでも何とかしなくてはと桜陽は次なる手を下すことにしたのです。
その日もコスプレで女の子キャラに扮してイベントに参加していた白雪君はその格好のまま帰りの電車に乗りました。イベント会場からの帰りの電車なので激混みで身動きが取れません。窮屈な思いをしているとなにやら下半身をまさぐられる感覚をおぼえました。
あ、また痴漢だ。白雪君はそう思いました。何しろ今の姿は超絶美少女。女装しているときは痴漢に遭うことも多いのです。手で払いのけようとしましたが混雑しているのでままなりません。仕方がないと白雪君は放置することにしました。手が股間にまで伸びてくれば白雪君が男であることが相手にもわかります。そうすればホモでない限り手を離して去っていくのです。
ところがその痴漢は下半身をまさぐり白雪君のペニスを探り当てても手を離すことはありませんでした。運悪くホモを引き当ててしまったのかと白雪君は思いましたが実際はもっとひどい相手だったのです。
痴漢は今度は白雪君のタマタマを見つけ出すとその手に握りました。そしてちょうど駅に到着した時にあろうことか強く握りしめたのです。
「!!」
白雪君はあまりの苦痛に声を上げることも出来ませんでした。それもそのはず、哀れにも白雪君の大事なタマタマは二つとも握りつぶされてしまったのです。
白雪君はその場で泡を吹いて卒倒しました。降りようとしていた周りの人が慌てて介抱します。どうやら警護していたらしい“7人の恋人”たちもあたふたと救護しています。そのままホームに運ばれた白雪君は悶絶したまま駅員の呼んだ救急車に乗せられて運ばれてゆきました。
それを陰から見てほくそ笑んでいる人物が居ました。桜陽でした。
桜陽はその細い腕からは考えられないような握力を持っていたのです。リンゴも握りつぶせるその握力ならば白雪君のタマタマをつぶすことなんて造作もないことだったのでした。
それから数か月の間、“美人№1”は桜陽の天下でした。再び取り戻した女王の座に桜陽はご満悦です。白雪君はタマタマを潰されて意気消沈しているのでしょう。男のくせに美人ナンバーワンになんてなるからだと桜陽はざまあみろと思っていたわけです。
ところがその後しばらくしてから『ヒマナンデス!』においてまたもや美人として白雪君が出てきます。消せたと思ったのにまだ復活してくるなんて、しかも懲りずに女装するなんて。と桜陽は怒り心頭です。
しかもその週以来、美女№1は白雪君に取られ続けることになります。退院してから、白雪君は常に女の子の格好でいるようになったのです。タマタマを潰されてしまった以上、完全に女の子にシフトしようという白雪君のこの決断は桜陽が招いた結果で、つまりは自業自得でした。
ですが、げに恐ろしきは逆恨み。もうこうなると完全に社会から抹殺するしかないと桜陽はいきり立ちます。白雪君が男の子だということをSNSで公表したのです。もうこうなったら美しさで男に負けたと知られたくないなどというプライドにかまってはいられません。
『皆さん知っていますか?最近話題になってる『ヒマナンデス!』で美女№1になっている謎の美女って実は中学生の男の子だったんですよ!男の娘で美女ナンバーワンってすごいですよね、ビックリですよね!』
まあ、褒めている体を装っていますが、見ればすぐに嫉妬から暴露したとわかる内容です。批判を受けることも覚悟しつつの投稿でした。
案の定、もとからあまり良く思われていなかった女子連中には叩かれます。
「確かにビックリだけど女王の座を奪われたからってチクるなんて桜陽ちゃんも性格悪いよね」
「男の子に負けるなんてプライドが許さなかったんでしょw」
「性格キツそうだもんねー。気の強さがにじみ出てるよ顔に」
「てかあの顔整形だよね?」
桜陽としてはもっと白雪君が「男のくせにキモ」とか言われることを期待していたのですが案に相違して白雪君への風当たりは強くなりません。どころか隠していた自身の美容整形まで指摘されてしまいました。
悔しくなった桜陽はついにボロを出してしまいます。
『白雪君って電車に乗ってて痴漢に玉を握りつぶされちゃったらしいよ。可哀そうねw』
もうこんなことをSNSで書いたら叩かれることも普通に想像できるでしょうに。何がしたいのかわかりませんが、要するに白雪君が憎くて仕方がなかったのでしょうね。しかもこれがきっかけとなって疑われる羽目になってしまいます。白雪君がタマタマを握りつぶされたのは関係者以外誰も知らなかったこと。つまりは自供したも同じだったのです。
警察に関与を疑われた桜陽は電車内監視カメラで苦悶の表情を浮かべる白雪君の後ろで薄笑いを浮かべている姿を確認されてしまいます。ですがそれはあくまで状況証拠。かろうじて暴行の犯罪歴はつかなかったものの、それを知らされた世間の目は厳しく。桜陽はテレビへ出演できなくなってしまいました。
さらにはその後、別件で警察に連行されたDQN男の証言などもあり暴行教唆の有罪判決を受け、あわれ桜陽は塀の中へと消えていきました。
白雪君はというとその後タイに行って正式に女の子の身体になって戻ってくると戸籍も女性に改め、まあもとは男の子とはいえそこそこ大きい地方都市一番の美貌でしたから求婚者も多くその中から条件の良いのを選び出すと結婚し、それ以降幸せに過ごしましたとさ。
つぶされて白雪姫 浅窪 朋 @Tomo_Asakubo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます