第2話 婚約破棄してください!

 コンコンコン



「入れ」

「失礼致します」



 アリアが来てからすっかり来なくなった執務室に入ると、こちらを見たお父様が一瞬私を睨みつけると、そのまま仕事に戻ってしまった。



「ティナか。悪いが、今はアリアのことで忙しい。お前の話なら後で聞く」



 ――そう言って、ここ数年はまともに話なんて聞いてくれないじゃない。



「……本当に変わってしまったのね」

「何か言ったか?」

「何も」



 お母様が生きていた頃は厳しくも愛情深く接してくれたお父様の今の姿に、少しだけ胸を痛めた私は小さく息を吐くとお父様の前に立った。



「アリアのことでお忙しいのは重々承知です。しかし、お父様に早急にご決断していただきたいことがございます」

「何だ? 新しいドレスだったら、既にアリアの分があるからそれで……」

「今すぐアルベルト様……いえ、アルベルト殿下との婚約を破棄してください」

「……は?」



 仕事の手が止まったお父様は、心底驚いた顔で実の娘の顔を見る。


 ――そう言えば、こうしてちゃんと顔を合わせるのって、10歳の時にアリアが来た時以来だから、実に8年ぶりね。


 ようやく顔を合わせてくれたお父様に、思わず吹き出しそうになったけど、破滅回避のためにも毅然とした態度を崩すわけにはいかない。



「ですから、今すぐアルベルト殿下との婚約を破棄してください」

「だが、この婚約が元々、後継ぎがいない我が家のことを思った陛下がわざわざ王命で執り成してくださったことくらい、お前も知っているのではないか?」



 ――へぇ、ちゃんと覚えてくれていたのね。てっきり『お前が望んで婚約したんじゃなかったのか?』なんてお花畑なことを言うかと思った。


 遥か昔に王弟殿下が起こした家であり、筆頭公爵家である我がエーデルワイス家には現在、後継ぎと呼べる人がいない。

 それを知った陛下が、我が家のことを思い、アルベルト様の臣籍降下先として王命で私とアルベルト様を婚約させたのだ。



「もちろんです。しかし、陛下はあの時、『エーデルワイス家の令嬢第二王子との婚約を命』と仰っていましたわよね?」

「そうだが。だからお前を殿下の婚約者にした」

「えぇ、でも今は『エーデルワイス家の令嬢』はもう1人いますよね?」

「っ! まさかお前……!」



 私の言わんとすることを理解したお父様は、一瞬笑みを零すと、顔を真っ赤にしながら勢いよく椅子から立ち上がる。



「お前、自分が一体何を言っているのか分かっているのか!」

「分かっております」

「だったら、婚約者を交代するなんて馬鹿げた真似、陛下が許すわけがないことくらい分かるだろうが!」



 ――『馬鹿げた真似』ねぇ。確かにとても馬鹿げているけど、それが近い将来、現実になってしまうのよね。


 久しぶりに見る父の怒った顔を見ても、前世を思い出したお陰か酷く冷静だった私は、少しだけ眉を顰めると執務机に両手を置いた。



「ですが、お父様もご存じのはず。魔王が討伐された今、この国の民が勇者アルベルト殿下の婚約者を聖女アリアにするべきではないかと声を上げていることに」

「そ、それは……」



 そう、この国では魔王討伐がされた現在、アルベルト様の婚約者を私からアリアにすべきだという声が日に日に広がっているのである。

 一体、誰が言い出したのか分からないけど。


 娘に詰め寄られ、先程までの勢いはどこへやら、急に大人しくなったお父様が静かに椅子に座ると、深い溜息をついて視線を上げた。



「もちろん知っている。だが、お前はそれで良いのか? 殿下の婚約者がアリアになっても。殿下と仲が良かったから、アリアを虐めていたのではないのか?」



 お父様の言葉で私の心が一気に冷めた。


 ――それこそ、今更よ。家族も友人も居場所も、何もかもヒロインに奪われた今、破滅回避のためなら喜んで婚約者を差し出すわ。


 アリアをアルベルト様の婚約者に出来ることへの嬉しさを滲ませながらも、心配そうに見てくる鬱陶しいお父様に、机から両手を離した私は無表情で首を縦に振る。



「構いません。そもそも私、アリアを虐めてなんておりませんので」

「だが、アリアがいた時は使用人から毎日のように『ティナがアリアを虐めている』と……」

「私は筆頭公爵家の娘。この国の民が勇者と聖女の結婚を望んでいるのならば、その意に沿うのもこの家に生まれた者の勤めかと」



 ――実際は、破滅回避がしたいだけなんだけど。



「『筆頭公爵家の娘として民の意に沿う』か。アリアを虐めていたお前がそんなことを考えていたとは」

「ウフフッ、、お父様の娘ですから」



 明らかにバカにしているお父様を笑顔で流した私は、執務室に来るまでに思いついたことを口にする。



「そして、お父様。傷物になった私を隣国の使用人として雇ってもらえるよう陛下に取り計らってもらえますか? その方が家の名も傷つかないでしょうし」

「そうだな、陛下に取り計らってもらうよう進言しよう。英断をしたお前への最後の褒美だ」

「ありがとうございます」



 ――よし、これで破滅回避まであと少し!


 ニヤニヤが止まらないお父様に向かって、私は静かに綺麗なカーテシーをした。

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2024年12月12日 22:00
2024年12月13日 22:00
2024年12月14日 22:00

悪役令嬢は婚約破棄がしたい! 温故知新 @wenold-wisdomnew

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