第11話 ダストの帰還1


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「おい。おいおい……

 ウソだろ……」


 前線基地の屋上から、未踏領域の監視をしていたクレイグは思わずつぶやいた。


 信じられない気持ちで、銃のスコープを覗き込み、こちらに歩いてくる存在を見つめる。


 切り開かれた非武装地域をこちらに向かって歩いてくる男……


 その男は、確かに未踏領域へ放り込んだはずだった。

 クレイグ自身が銃弾で脅し、目の前の密林に追い込んだのだ。


 百年以上続くこの伝統から生きて戻った人間は、彼が知る限り誰もいない。


 例年は前線基地に送られる前に逃亡する。

 そして、イドラ鉱石が尽きて数年後に死体が発見されるのだ。


 逃げずに未踏領域に放り込まれた場合も、二度と戻ってこないのが通例となっていた。


 あの魔窟のような領域から、生きて帰れるはずがなかった。


 だが、こちらへ歩いてくるあの存在はなんだ!


「おい……!おい……!誰か来てくれ!」

 クレイグは震える声で仲間を呼ぶ。


 敵襲かと、装備を整えて集まってきた仲間たちは、次々と驚愕の表情を浮かべた。


「まさか、こんなことが……」


 長年の経験を持つマルコですら、想定外の事態に狼狽えていた。


 彼は、伝統が終了する日は、毎年基地で待機することにしている。

 それは学長であるオーウェンへの報告のためでもあったが、本当に帰ってくる者がいるとは信じられなかった。


 マルコは未踏領域の危険性を身をもって知っていた。

 単独で入れば1日も経たずに凄惨な死を迎えることを理解している。


 それゆえに、しっかりとした足取りでこちらに歩いてくる目の前の存在が信じられなかった。


 まさか、基地のどこかに隠れていたのか?


 思わずそんな考えが浮かぶ。


 だが、昼夜問わず複数の人員が周囲を監視している。


 警備の目をくぐり抜け、非武装地帯を横切ることはできないだろう。


「ど、どうしましょうか?」


 対応に困った隊員が、マルコに尋ねる。


 白金パールレベルの隊長は不在だ。


 今階級がもっとも高い、マルコが判断を下す必要があった。


「……俺が出迎える。キステリの徴用校と各部隊へ報告をしろ」


 堂々とした足取りで向かってくる存在を見つめながら、マルコは自身で出迎えることを決意した。



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「止まれ!!」


 銃を構えた隊員の声で、シュウヤは歩みを止めた。


 複数の隊員が、シュウヤに照準を合わせている。


 だが、銃を向けられているシュウヤと比べて、その隊員たちの方に緊張が走っているのは、誰の目にも明らかだった。


 基地の扉が開き、マルコがシュウヤの前に出る。

 誰も言葉を発さず、数秒の沈黙が過ぎた。


 ほんの数十日前にも、同じような構図でマルコたちはその少年と向かい合っていた。


 だが、その時の少年と今目の前にいる存在が同じ人間とは思えなかった。


 かつて震えていたその身体は、銃を向けられていても揺らぐことはない。

 

 落ち着いた姿でたたずむその様は、歴戦の強者を想像させた。


 服や装備は至るところに傷がつき、身体にも痛々しい傷痕が見えた。


 未踏領域に入る時に見せた恨むような目つきはなく、落ち着いた目でマルコを捉えている。


 何があれば、たった30日間でこれほどの変化が起こるのだろう。


 目の前の存在は、本当に最下位のダストなのだろうか。


 マルコは冷静な表情の下で、動揺を抑えきれていなかった。


「命じられた鉱脈探索の期間が過ぎましたので、帰還しました」


 静寂を破り、シュウヤが淡々とした口調でマルコに伝えた。


「……了解。

 これから街に戻り、報告をしてもらう。

 急を要する怪我や、成果の報告はあるか?」


 必要最低限のことをマルコは尋ねる。


 本当は、もっと色々と聞きたいことはあった。

 だが、目に見えない雰囲気のようなものに気圧され、冷静な表情を保つのに精一杯だった。


「怪我はしていますが、重症は負っていません。

 成果としては、一応すぐ近くの土壌と植物だけ集めました。

 あ、でもほとんど隠れていたので…… 

 鉱脈探索の情報としては、全く役に立たないと思います」


 シュウヤは支給されていた採集用の袋から、少量の植物を取り出してみせた。


 通常、イドラ鉱石の鉱脈を探す手段としては、山地の斜面などに露出している鉱石を探す方法と、植物などに蓄積された成分から判断する方法がある。


 大抵は、鉱石を蓄積しやすい種の植物を採取して判断するが、シュウヤが持ち帰った植物は、その種ではなかった。

 イドラ鉱石の鉱脈につながる可能性は、ほとんどないだろう。


「用意ができ次第、街へ帰還してもらう。

 それまで、傷の手当てを受けながら待機するように」


 マルコは、近くの仲間に指示を出し、基地へと迎え入れた。


 一刻も早く、徴用校を統括しているオーウェンへ報告しなければならない。


 すでに、基地の中もざわついている。

 この前線基地の隊員でさえ、皆恐れながらもシュウヤに興味を持っているのだ。


 この伝統から生還者が出たことが広まれば、街は大騒ぎになるだろう。


 マルコは、早く詳しい話を聞きたい気持ちを抑えながら、街へ移動する準備を急いだ。

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2024年12月12日 21:11
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ダストの足跡 -世界ではじめてシニガミが撃破されるまで- ミリノユウキ @mirinoyuuki

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