第10話 未踏領域の生き残り方
甘かった! 俺の考えは甘かった!
拠点としていた洞窟を出てから数日、俺は疲労困憊になりながら、自分の考えの浅はかさを呪っていた。
昼夜問わず襲ってくるエーテル燃焼体。
奥地に進むにつれて、
補助があるとはいえ、一歩間違えば即死するような危険が何度もあった。
特に辛いのは夜だ。岩場の影や、大樹の枝で寝るようにしているが、容赦なく襲われる。
目を開けると、目の前に巨大な何かが迫っているのはかなり精神に悪い。
『エーテル燃焼の気配を感じろっつってんだろ!! やる気ねえのかテメェ!! 今日だけで5回は死んでるぞ!』
洒落にならない……コイツ、厳しすぎる。
寝ている俺は、近づいてくる危険なエーテル燃焼体に、全く気がつくことができない。
アルバート・ハートリードの幻影はギリギリで助けてくれるが、本当に直前まで助けてくれない。
俺は必死に逃げようとして木から転落することも多かった。
獣の形をしたキメラ型のエーテル燃焼体はまだいい。
何をしてくるかわからない、実態が曖昧な自然型のエーテル燃焼体は、本当に怖かった。
夜中に叩き起こされ、よくわからないまま全速で暗闇の中を逃げたことも、度々あった。
背後で白い光がうっすらと光ったように見えた翌日、首だけ消えた獣型の何かが大量に倒れていた時は、思わず叫んでしまった。
日が出ている時も、右胸のエーテル燃焼の訓練を実践のなかで無理矢理やらされた。
毎日ボロボロになりながら、死なないために右胸のエーテル燃焼を訓練した。
とにかく、生き残るために必死に戦いつづけた。
--そうしているうちに、気がつけば、定められた30日間が終わろうとしていた。
「アル……アル? 寝ているのか?」
アルバート・ハートリードの幻影に声をかけるが、返事がない。
はあ、寝るなら先に言ってくれよ……
この30日間あまりに必死で、気がついたらアルと呼ぶようになっていた。
最初は殺されるかとも思ったが、なぜか何も言われなかったのでそのまま呼んでいる。
本来ならアルバート・ハートリードほどの人物を、間違ってもアルなんて呼べるわけがない。
だが、あまりに理不尽な訓練で、そんな気持ちも失せてしまった。
そもそも死にかけている状況で"アルバートさん"なんて言ってられないからな。
そんなことを考えているうちに、正面から巨大な生物が迫って来ていた。
背中は硬い甲羅で覆われているが、驚くほど俊敏に俺の方へ走ってくる。
だが幸い、
俺は右胸の燃焼器官で、
そして思いっきり飛び上がり、エーテル燃焼体の腹部に燃焼エネルギーを打ち込む。
キラキラと輝く白金色の粒子が、目の前の巨大な獣型の生物を内部から破壊し、絶命させた。
倒れてなお、見上げるほどに巨大な身体。
俺の身長を超えるほどのツノと、巨大な甲羅を持つ、キメラ型のエーテル燃焼体だ。
俺は30日間、昼夜問わず訓練を進めた結果、アルから受けついだ右胸の燃焼器官で
エーテル燃焼の気配も、アルには敵わないがある程度は感じることができた。
普通は歴戦の経験者でも、ほんの一部しか手に入れていない能力らしい。
夜中の襲撃に備え、文字通り寝る間も惜しんで訓練した成果が出たようだ。
正直、思い出したくもない記憶だが……
『……この程度の雑魚で騒いでんじゃねえぞ。クソガキが』
「起きたのか。せめて声をかけてから寝てくれよ。
もし
最近わかったことがある。
アルが自分で力を使った日は、後で一定時間反応がなくなる。
多分人間が寝るのと同じように、休む時間が必要になるのだろう。
少しの時間とはいえ、最初はとても肝を冷やした。
姿が見えなくなり、返事もなくなったのだ。
じっと隠れて生き残ったが、この時に危険なエーテル燃焼体に見つかっていたらアウトだった。
だから、アルの力に頼りすぎることはできない。
『街に戻ったらどうする気だ?
土壇場でエーテル燃焼能力が上がったとでも言うのか?』
「いや……未踏領域でエーテル燃焼レベルが上がったなんて言ったら、
俺たちは、街に帰還してからどうやって振る舞うかを真剣に考えている。
どうせなら、期日が来てもこのまましばらく未踏領域に残ろうかと思うこともあった。
だが、まだ俺は
それに、イドラ鉱石の問題も大きい。
ここでは街の警報がないため、シニガミの接近を防ぐことは至難の技だ。
気がつくと、すぐ近くにシニガミが迫っている。
アルの注意がなければ、危ないことが何度もあった。
ただでさえ、初日にシニガミに触れられたことで、イドラ鉱石が減っている。
自然に消費される量も考慮すると、早めに街に戻らなくてはいけない。
街に戻ると、どうなるのだろう?
まず、この生贄とも言える伝統を生き残った時点で大ニュースになるはずだ。
そんな中、アルの燃焼器官がいつのまにか体に存在しました、なんて言った日には身体中をいじくりまわされて、再起不能にされるかもしれない。
あの洞窟には他に目立ったものはなかったから、説明もできないしな。
たとえ
他の大国、ラッドメイド共和国やベルドラに亡命するという手もあるが……
『お前が逃げたら親や兄弟は批難の的にされて……まあ生活は終わるだろうな』
そう、一応俺には両親と弟がいる。
世界に三人しかいない
だが、国に残す親族がどうなるかわからない。
俺がダストだったこともあり、家族と仲は良くなかったが、さすがに気が引ける。
「……街に戻ってからも右胸の力は隠すしかないかな」
明かした方がいいかもしれないという気も気持ちもあったが、どうしても周りを信頼できない。
「はあ、今まで酷い扱いだったから、周りを信用できないんだよな。
俺一人でアルが見たって言う謎の力を探すしかないか?」
『無理だな』
真面目な顔で即答される。
「えっ?」
『テメェ一人じゃ、奥地で死ぬのがオチだ』
「そりゃあ、俺はまだ
『ハッ、
呆れたように笑ってアルが答えた。
「じゃあどうしろって言うんだよ。この力を明かせる人なんていないぞ」
『甘えんじゃねえ。テメェ自身が信頼できると思える奴を探せばいいだろうが』
アルの言葉に一瞬たじろぎ、視線を逸らせて口を開く。
「信頼って……俺は今まで何もかも自己責任ってことで迫害されてきたんだぞ?
アル達とは状況が違うんだ。
信頼できる人なんて、探す気になるわけないだろ」
『ハッ、そりゃ哀れだな。そのまま死んどけ』
「はぁ!?」
あまりに辛辣な言い方に、俺は顔を上げる。
「俺はずっと他人から馬鹿にされて、いらない人間としてここに捨てられたんだぞ!?
少しは俺に同情とかないのか……ぶっ!!」
俺がいい終わらないうちに、背中を蹴られて顔から地面に突っ伏した。
ま、また背中でエネルギーを暴発させられた。
何をするんだっ!
そう言おうとして顔を上げると、アルは冷めたような目で俺を見ていた。
『テメェが哀れでも、他人は2秒で忘れる。
んな言い訳しても、何も変わらねえんだよ』
「……クソッ」
確かに、俺はここに捨てられて死にかけた時、走馬灯の中で周りに悪態をついているばかりの過去を思い出した。
そして、俺がどんなに哀れな状況でも、結局は何も変わることなく、ここに捨てられた。
あのとき確かに思い知ったと思ったけど、俺はまた忘れてしまっていたらしい。
『他の奴が見てんのは、結局テメェの行動だけだ。カスみてえな量だけだがな』
アルの言葉にため息をつく。
「信頼できる奴を見つけるように行動しろってことか?
……この自己責任の世界で、そんな仲間はできる気がしないけど」
『あ?テメェ自身が選んだことなら、責任持てんだろ』
「いや、あんたは強者だから自己責任でも上等だろうけど……」
俺の言葉に、アルはすぐに反応した。
『言い訳してんじゃねえ。今俺の力を使えるのはテメェだろ。
じゃあ、今のお前も言えるってことじゃねえか』
「それは……」
『オラ、言えよ。俺の力を使えれば自己責任上等なんだろ?』
「……はいはい、自己責任上等」
ボソッと呟く。
『あ?聞こえねーな』
「自己責任上等!ほら、これでいいだろ!
ちゃんと力貸してくれよ!」
ヤケクソになって叫ぶ。
『ハッ、知るか。自分でなんとかしろ』
「はあああああ!?」
クソッ、シニガミを殺すまでに、俺はどれだけ修羅場を潜らされるんだろう?
不安だけど、とりあえず生きて前線基地に戻れるように頑張ろう……
今後の不安と、でもなぜか少しワクワクする気持ちを胸に、俺は帰還の準備を始めた。
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