第9話 サバイバル

『だから視界だけに頼んなっつってんだろ!!』


 ……全然気配を察することができない。


 走りつづけて数時間。

 言われた通り、俺はエーテル燃焼の気配を探ろうとしているが、もう3回以上襲撃を受けている。

 

 その度に、驚異的な速度で真紅ルビーのエネルギーを放出する、アルバート・ハートリードの幻影に助けられていた。


 黒硫黄サルファでは命がいくつあっても足りない。

 白金パールですら、1人では数時間持つかどうか……


「俺は今まで灰塵ダストだったんだぞ?

 そんな急にエーテル燃焼の気配なんてわかるわけないだろ」


 息を切らしながら、俺は思わず反論する。

 

『……言い訳してんじゃねえぞ。クソガキが』


 目の前の幻影はチッと舌打ちし、片手を頭に当てながら吐き捨てた。


「いや、俺はそんなにガキじゃないだろ! アンタだって、若いじゃないか!」


『だからっ、テメーはっ、ガキだっつってんだよ!』


 目の前の幻影が、俺に蹴りを入れようと足を出す。


「何して……い!?痛だだだっ!!」


 どうせ触れられないだろ、と思っていたが、なぜか蹴られた尻が爆発した。


「ちょっ、どういう事だ!触れられないじゃないのか!?」


 俺は倒れ込み、ボロボロになったズボンを押さえながら叫んだ。


 おかしいだろ!

 こいつは幻影のようなものなはずなのに、触れられないというのは嘘だったのか!?


「ハッ、その燃焼器官が誰のものか思い出したか?」


 その言葉でハッとする。

 

 エネルギーを放出する時に暴発させやがったのか?

 それなら俺の体に触らなくても、放出の制御だけでなんとかできるはず……


 わざわざ蹴りの動きと連動させた?

 器用なことを……


 だけどまずい……俺には防ぎ用がない。

 この幻影はいつでも俺の右胸の燃焼器官を動かせるようだし……


 俺が倒れ込み絶望に震えていると、遠くから微かに音が聞こえて来た。


 これは……


「……っ!水の音じゃないか!?」


 今まで未踏領域で聞いたことがなかった、水が流れる音だ。

 俺は起き上がり、急いで音がする方向に向かう。

 もうのどがカラカラだ。


『速度を落とせ。地形がわかんねえだろ』


 指示通り、スピードを落として音のする方向に向かう。


 次第に足元に大きな岩が増えてきた。

 

 樹々の隙間から、飛沫のような水を感じる。

 音がとても大きい。

 かなり流れが速い場所なのか?


 視界が開けると、巨大な水の流れが目の前に現れた。

 密林を抜けた風景は、水が日の光を反射して思わず見入ってしまうほどに綺麗だった。

 遠目には、落差から生まれる滝も見える。

 

 対岸の樹々や岩は見えているが、幅が広い。

 生身で渡るのは不可能だろう。 


 周囲にエーテル燃焼を使う生物の気配もない。


「水だ……助かった!」


 ここまで来た目的は水だ。

 もう喉が渇いて限界だった。


 エーテルの気配を察知する訓練に気を配りすぎていたが、川が無ければ危なかったな。


 持ってきていた大型の水筒全てに水を補給する。

 また明日まではもつだろう。

 どっかでエーテル燃焼を利用して煮沸する必要があるな。


『……来るぞ!!』


 なんだ!?


 突然の強い呼びかけに驚く。

 巨大な水飛沫があがり、一瞬キラキラと輝く白金色の粒子が目の前に見えた。

 だが、一瞬で真っ赤な視界に覆われる。


「うわっ! 何が……!?』


 水中から襲われたのか!?


 水は透明で、何もいるようには見えなかったぞ!?

 思わず背後に尻もちをつく。


 と、体の上を巨大な何かが通りすぎ、ズドンッ、と大きな音と振動をたてて地面に落ちた。


「……尻尾?」


 鱗がついた尾のようなものに見える。

 おい……だけどこれは、俺の身長より太くないか……?

 どんな大きさの生き物だよ……


『水辺は気をつけろっつっただろうが!!何度死ぬんだこのクソガキ!!』


「今のは……白金パールレベルか?」


『この辺りだと珍しくない。

 白金Ⅴパール5相当だな』


 平然と言うが、このレベルに遭遇したら普通の部隊は壊滅するだろう。


 未踏領域を切り開くことがいかに困難か、身をもって感じた。

 

『ハッ! まあいい。ちょうど肉が手に入った』


 肉……

 確かにこれだけ大きければ、しばらくは持ちそうだ。

 だが大きすぎる。


 短剣で切り取って運ぼうとしたが、鱗が硬くてそのままでは歯が立たない。

 エーテル燃焼エネルギーを付与してなお苦労したが、何とか切り取ることができた。


 今日の目的は達成できたので、同じルートを戻り、窟に向かう。


 帰りも白金パールを含むエーテル燃焼体に何度か襲撃を受けた。


 この幻影がいなかったらもう何度も死んでいる……

 未踏領域の危険性を嫌と言うほど実感した。

 

 ずっと気をつけていたが、結局この日はエーテル燃焼の察知は出来なかった。


 まあ、そうだよな。

 1日で出来るほど簡単ではないだろう。



----


 翌朝からは、エーテル燃焼の練習をしつつ、川まで向かう事を数日繰り返した。


 行きと帰りは、エーテル燃焼の気配を察知することに全神経を集中する。


 未踏領域に放り込まれて5日目になったが、まだエーテル燃焼の気配を感じることはできていない。


 だが、未踏領域に生息する生物のことが少しわかってきた。

 

 襲ってくる中で一番多いのは、人を丸呑みできる大きさの獣型のエーテル燃焼体だった。


 エーテル燃焼体で最も一般的なキメラ型と呼ばれる系統だ。


 こいつらは、エーテル燃焼を利用して高速で襲ってくることが多い。

 

 黒硫黄サルファで人間くらいの大きさであれば、餌であると認識するらしい。


 俺が丸ごと口に収まるくらい大きいから、まあ間違ってはいないな。

 

 危険度的にはおそらく黒硫黄Ⅴサルファ5レベル。


 所謂一般的なサルファ5人でやっと止められるレベルだが、これでもこの付近では最弱らしい。


「ちょっ……! ま、また来てる!!」


 まさに今も、エーテル燃焼体に追われている。


「アルバートさん!! アルバ……助け……」


 3体に追われながら、俺は必死で助けを求めた。


『あ? そろそろ自分で何とかできんだろ』


「3体は無理だって!! ちょっ……ほんとに助け……ぐあっ……!」


『ハッ、情けねえやつだ』


 その言葉と同時に、俺に喰らいつこうとしていたエーテル燃焼体3体が、真紅の光に包まれて灰になった。


「た、助かった……」


 さっきも腕を食いちぎられる直前まで助けてくれなかった。

 ホントに洒落にならない。


 この人が一人で未踏領域を探っている時は、明らかにレベルが違う生物がウヨウヨしているエリアもあったと言っていた。


 この辺りはそのエリアに比べると全然マシな方とのことだった。


 一応、ここも相当な奥地のはずだが……

 この人はたった一人で、さらに奥地まで探索を行っていたようだ。




 未踏領域では植物や果実も、厄介なものが多い。

 毒性があるものを見分けることができなければ、死に直結する。


「えーと……この実は食べられるんだっけ??」


 低めの木に、黄色くて手のひらくらいの実が付いていた。

 俺は自信なさげにアルバート・ハートリードの幻影にたずねる。


『……ああ、確か食えるはずだ』

 

 実際に食べることができる果実は、この人が覚えていなかったら見分けることは不可能だった。


「うん。けっこう美味いな」


『あ? 味は不味かった気がするが……』


 幻影が首を傾げる。


『色が違うから間違えたかもしれねえ。

 ハッ、テメェ死んだかもな』


「ぶっ!!」


 思わず俺は口から実の残骸を吐き出した。

 うずくまる俺を、幻影があざ笑っている。


 ふざけるなよ……

 腹を下すだけでも、ここでは本当に死ぬんだぞ。


 ここでは食糧を確保するだけで命懸けだ。

 そもそも、未踏領域に放り込む前に、せめてその辺りの資料をくれないのだろうか?


 いや、どちらにせよ死ぬと思われていたんだろうな。


 そもそも、俺はデタラメな強さを持ったこの人のおかげでまだ生きているが、普通の鉱脈探索業務ではどうやって生き残っているのだろうか?


 ふと気になり、怒りを抑えながら目の前の幻影に聞いてみた。


『食料はほぼ全て持ち込みで、水は雨や川で補給するはずだ。まあ、今は知らねえがな。

 倒したエーテル燃焼体を食うこともあるが、解体に手間取ると色々集まってきやがるから死ぬぞ』


「持ち込みで済むってことは、あんまり奥地には進まないのか?」


『奥地で鉱脈が見つかっても、そこまでの輸送路が確保できねえだろうが』


 なるほど、イドラ鉱石を安定して採掘するには、街に近いほど楽なのは間違いないな。


 自給自足で生きている俺の状況は、かなり特殊らしい。



 いつもの洞窟に戻ると、幻影が不意に話し出した。


『おい、クソガキ。今日でここを拠点にするのは終わりだ』

 平然とした顔でそう告げられる。


「はっ!? いや、どこで寝ればいいんだよ……」


『こんなところでずっと過ごして、帰った後どうする気だ?

 シニガミ撃破を目指してんだ。未踏領域のもっと奥地に行かねえと話にならねえだろうが』


 でも……と、口に出そうとして、思いとどまった。


 確かに未踏領域への潜入は、謎の力を使うエーテル燃焼体を探すために今後も必要だ。


 今回の伝統を生き残った後、好きな時にまた来れるとは限らない。

 なら、この機会にできるだけ慣れていた方がいい。


「わかったよ」


 俺が了承すると、幻影は不敵に口角をあげてニヤついた。

 

『ハッ、もっとビビるかと思ったが、つまんねえな』


 そうだ。ここを生き残ってからも目指すべきことがあるんだ。

 未踏領域でも生きていける力があれば、必ず役に立つ。

 それにこの人がいれば、まあ何とかなるだろ。


 俺は少し楽観的に今後のことを想像していた。

 

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