第8話 オーウェンの憂鬱


「グローリア鉱山が白金Ⅴパール5レベル相当を含む群れに襲撃されました」


 教育校の学長であるオーウェン・アゲートが、第一報を受けたのは襲撃を受けてから半日程度経ってからだった。


 イドラ鉱石は、シニガミの攻撃を防ぐ唯一の手段である。


 鉱石の約三割を産出する鉱山の停止は、国民全員に影響を与える出来事だ。


 そのため常に優秀な人材を配備し、警備を行なっていたが、今回は想定を超えた強力なエーテル燃焼生物に襲われたようだ。


 エーテル燃焼生物は鉱山が目的ではない。

 たまたま未踏領域から出てきたところに遭遇したのだろう。


 既に未踏領域に戻っている可能性が高いが、まだ居座っている個体もいるかもしれない。


 オーウェンは、義務徴用の教育校学長に就任して5年になる。


 それ以前は、白金パールレベルのエーテル燃焼を武器に、多くの前線で戦ってきた。


 エーテル燃焼生物の怖さは、身に染みてわかっている。


 多くの教育生や卒業生が、グローリア鉱山で業務を行なっていたはずだ。


 彼らは無事だろうか。

 送り出してきた教育生達のことが、頭をよぎる。


 だが自分は伝統として毎年、最下位の教育生を生贄にしてきた。

 そんな自分には、いまさら教育生達を心配をする資格はないとオーウェンは思い直す。


「クリスフォードがいないタイミングだったのがキツイな」


「そうですね。彼に頼りきりになってしまうのが申し訳ないです。

 今は国でたった一人の真紅ルビーですから」


 鉱山襲撃の第一報を伝えにきた前線警備の男、マルコは答える。


 彼は黒硫黄サルファ上位レベルであるが、過去多くの場面で助けられてきた。

 オーウェンにとって信頼できる人物だった。


「世界で3人しかいない真紅ルビーだ。同じ国に生きているだけで、私たちは恵まれている」


 国で唯一、真紅ルビーレベルのエーテル燃焼能力を持つクリスフォード・サンストーンは、数日前に国境警備の助けに行ったと聞いていた。

 数週間は戻ることができないだろう。

 

 そうなると、パールの精鋭を集め、しばらく警備を強化する必要がある。


「つくづくアルバート様を失った事が悔やまれますね。

 彼が生きていれば、国としての余裕も違ったでしょう」


 オーウェンは男の言葉を聞きながら、窓の外に目を向けた。

 目線の先にある教育棟で、彼と過ごした日々を思い出す。


 彼は真紅ルビーに到達してから、人が変わったように、何かを変えようと必死になっていた。


 彼は何を変えようとしていたのか。


 なぜ、あれほどの力を持ったにも関わらず、未踏領域に一人で向かっていたのか。


 今の自分を見たら、彼は何て言うだろうか。


 オーウェンは度々考える。



「……今年の伝統、ヒツギ・シュウヤはどうだった?」


 オーウェンは、ポツリと曖昧な問いかけをした。


「逃げようとする素振りはありませんでした。

 しかし、焦った隊員が、銃で脅しながら送り込むような形になりましたね」


「遺言や遺書もなく?」


「恨むような目をしていましたが、そういった類のものはありませんでした。

 一度入ったあとは、姿を見せなかったので恐らく、もう……」


 オーウェンは報告を受け、目を閉じた。

 伝統とはいえ、確実に死ぬ任務を自身が命じた。


 結果に対しての責任は自分で取るという大原則。

 確かに成績が悪い本人の問題ではある。


 だが、もう少し世界に余裕があれば……


 イドラ鉱石が潤沢にあれば……


 シニガミさえいなければ……

 

 そんなことを考えずにはいられなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る