本当の罪

@nemunemuchan

本当の罪

私は彼女を殺した。

理由は憎かったからだ。

嫌いだったんだ。

「△△ってさ、ーーーだよね笑」

嘲笑い、私を馬鹿にする。

そんな彼女が嫌いだった。

気付いたら首を絞めていた。


人の首を絞めた経験はこれまでにもあった。

遊びの延長線で絞めたんだ。

その時は気絶していたけど、すぐに目を覚ました。

だから今回も、ちょっと憎いなって気持ちで軽く絞めていたつもりだったんだ。

だけど。だけど。

彼女は深い眠りについたままもう二度と目を覚まさなかった。

その後、私は放心状態だった。

人を殺した実感がまるでなかったのだ。

ふわふわと現実性を帯びないまま、普通に家に帰り、普通にご飯を食べ、普通に寝た。

だって彼女は笑っていた。

最後の最後まで。



彼女が亡くなったことはすぐに巷で有名になった。

なにしろ、犯人がまだ見つかっていないのだ。

だけど私はまるで他人事のように仲間達の間でその話題を持ちかけていた。

「○○が亡くなっただって」

「えー、怖い。こわいね」

「犯人はまだ見つかってないらしい」

「俺らも気を付けないと」

本当に他人事のような気がしていたのだ。

あの日の出来事はどんどん遠のいていった。

私の心から。


だけど。

「犯人は私たちの住んでいる地域にいるらしいよ」

私の現実性の無さとは反比例するかのように、警察の捜査は確実に真相へと近づいていった。

あと一歩で犯人が分かる所まできていた。

だけどまだ、私はあの日の出来事に現実性を帯びないままでいた。

確実に私がやった。

だけど私はやっていないような気がする。

私ではない「誰か」が心の中で焦っている。

やばい、やばいと。

それを私は冷めた目で見ている。

ふーん、やばいんじゃないの?

と。




その日は突然訪れた。

いつもと同じように、あの事件について仲間と話し合ってた時のことだ。

「あの〜△△さんでよろしいですか?」

「はい。」

「××警察署の◽︎◽︎と申します。少しお話よろしいですか?」

率直にやばいなと思った。

そう思ったのは他の誰でもない、私自身だった。

心の中の誰でもない、確実に私自身でやばいと思った。

周りからの冷ややかな視線。

仲間からの疑惑の視線。

怖い。

そう思った。

「何ですか?今忙しいです」

「そうですか。では後日こちらへいらしてください」

そう言って警察官は名刺を渡してきた。

裏には、彼の所属しているであろう警察署の住所が書いてあった。

「事件の事情聴取をお願いしております。

1週間以内に必ず、お越し下さい」

そう言って微笑む警察官の顔には恐ろしいほどの威圧感を感じた。

「はい。」


そして3日が経った。

私はだんだん自分の犯した罪を思い出し、食も睡眠も取れない日々を過ごしていた。

何故あんなことをした。

どうして殺した。

冷静に考えれば分かる、人を殺したら罪になるんだ。

逮捕されるんだ。

殺人なんだよ。

…私は、人殺しだ。

そんな調子で私はもう、取り返しのつかない現実への再認識を何度も何度も何度も何度も何度も繰り返していた。

『ピーンポーン』

ハッと息を飲むようにインターホンを見た。

時刻は深夜1時を回っていた。

………警察か?

恐る恐るインターホンの方へ近づき、モニターを確認する。

「☆☆です」

それは私の一番愛する人だった。

私の味方。私の仲間。私の一番大切な人。

そして私を一番信用してくれている人だった。

ドアを開くと心配そうな顔で彼は立っていた。

「…元気?」

その言葉を聞いた途端、私の心の呪縛はまるでなかったかのように暖かい感情に包まれていった。


警察が私に名刺を渡して以来、誰も私に声をかけなくなっていた。

全員、離れていった。

そりゃそうだ、警察は私だけに声をかけた。

仲間と同じ事件の話で盛り上がってる仲、唯一私にだけ声をかけた。

みんなが私を疑っている。

そんな中、彼だけは心配そうな目でいつも私を遠くから見ていてくれた。


「☆☆…」

私は、彼ならば受け入れてくれると思った。

例え私が殺人犯だったとしても。

そう思い、彼に手を伸ばそうとした時だった。

「ねぇ、△△。△△はやってないよね?」

……え。

やってないって。何を。

「殺してないよね?そんなことするはずないよね」

それを聞いた瞬間、ついさっき手にしたはずの希望が全身から抜けていく心地がした。

冷や汗。

焦り。

動揺。

「…え?笑なにを。」

「みんなが言うんだよ。噂してるんだ。△△が○○を殺したって。でも俺はさ、そんな噂信じていない」

そう言って彼は、私をそっと抱きしめた。

「大丈夫。そんな根も葉もない噂が飛び交ったとしても、俺だけは△△を信じている。そんなことする人じゃないって、俺が一番△△のことを分かっている。俺だけは、△△の味方だよ」

彼の胸から見上げた彼の顔は恐ろしいくらいに優しかった。

そして残酷だった。

私のことを最後まで信じてくれている、唯一の人間。

そこで初めて、自分は本当にもう二度と取り返しがつかないことをしたと実感した。

そしてこれからまた失っていく。

私の唯一心から繋がれた大切な人を。

そんなこと。そんなこと。




させるもんか。





…私はやっていない。

そうだ、知らない。

墓場まで持っていこう、この嘘を。






「お越しいただき、ありがとうございます。思っていたより早かったですね」

そう言って爽やかに笑う警察官の目の奥に、疑いの圧を感じた。

「はい。事情聴取だけですよね?すぐ終わると思ったので」

私も負けずに笑顔で答えた。

「さあ、それはどうでしょうか。では早速。

あなたは_月_日_曜日の_時頃、どこで何をしていましたか?詳しくお答えください」

警察官は、先程までの笑顔は嘘かのように鋭い目つきでじっと私を睨む。

「家で寝ていました」

沈黙が空気を張り詰める。

警察官は私を睨んだまま一向に喋らない。

そんな警察官に痺れを切らし、私は口を開いた。

「あの、何なんですか?事情聴取ですよね?あまりに失礼じゃないですか?その態度は。」

「いえ、寝ていたんですね。お家で」

「はい、そうですけど何か変ですか?夜だから寝ているのが普通でしょ。それになんなんですか、これ。まるで取り調べじゃないですか」

私は完全に強気だった。

隠し通すことを決心した私に怖いものは何も無かった。

絶対に、墓場まで持っていってやる。

そう再決心したのち、警察官の顔つきがふと柔らかくなった。

「少し、お話をしようか」

「…は?」

「君は取り返しのつかないことをした。それはもう君自身、分かっているだろ?世間にも警察にも追い詰められてもう疲れているんだろう?」

そう言って警察官は私の頭を撫でた。

その手をすぐに振り払い私は精一杯睨んだ。

「何言ってるか分からないです」

「証拠は揃っているんだ。君に最後のチャンスをやろう」

そう言って警察官は私に手を差し伸べた。

「自分がやったこと、僕に話して楽にならないか?

君はまだ若い。こんな年齢で一人で背負うには辛かっただろう。

今自首したら罪は軽くなるよ。」

甘い誘惑だった。

「僕が味方でいてあげる」

……やめろ。私の味方はあの人だけでいい。

「やめろよ。本当に何言ってるか分からない。私はやっていない」

そう言い切ると急に警察官の顔つきが変わった。

「まだ言うか。このクソガキ」

嘲笑い、そして言った。

「本当に最後のチャンスだ。君のために言う。そして僕のためにも仕事を増やさないでくれ。

今、全てを白状しろ。

でなければ君の罪は重くなるんだ、分かっているか?

もう足掻いても無駄だ」

後悔で押しつぶされそうだった。

もう楽になりたい。

楽になりたいけど。

どうしても、彼の顔が頭から離れないんだ。

私を信じてくれた彼の優しい目を、どうしても忘れられない。


随分長いこと黙り込んでしまった。

こうなった以上、もう希望は0だということを既に悟っている。

今全てを話したら罪は軽くなる。

だけど

「すみません。無理です」

私は最後まで彼の理想でいたかった。

「…そうか」

警察官は悲しそうに呟いた。

「残念だ」

次は見放したように言い放ち、私の手首に重い重い拘束器具をはめた。

「_月_日_時_分。殺人の容疑で逮捕する。」

ごめん。

☆☆ごめん。

ごめんなさい。

「今から**警察署の方へ移動します。お前の罪は重い。覚悟してろ」



夢ならどんなに良かっただろうか。

鮮明な意識の中。現実味を帯びたこの空間の中。

私はひたすら夢であって欲しいと願った。

手錠をかけられてしまった手元を見る。

もう、戻れないね。

警察官に連れられて外へ出る。

「今、○○殺人事件の犯人が出てきました」

「犯人は――歳の女性です」

今か今かと外で待機していたであろうマスコミたちが私を取り囲む。

眩しすぎるシャッターの光と、報道記者の声。

どいてくださいと私を連れて行く警察官の声。

様々な情報が騒がしい中、私は最後にあるものを見た。


ごめん。

ごめんね。


そう誰にも聞こえない声で呟き、パトカーへ乗った。




一人立ち尽くす彼の姿。

世の中の何も信じられなくなったような目で私を見ていた、彼の姿。

世の中の悲しみを全て詰め込んだような彼の姿。

純粋に私のことを好きでいてくれた彼を絶望の底へと突き落としてしまった。

裏切ってしまった。

その罪は、重い。

私の中では人殺しよりも重い罪だった。

窓の外を眺める。

暗い夜空。

絶望の雨。

私は一人、取り残された彼を思い出しながら車に揺られた。

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