第29話 もう一人いた!

「エウア様! ココから逃げますよ!」

 ミーニャはエウアに抱き着いた。

 そう、抱き着いた……

 これでもエウアは大人の女。

 年のころは人の年齢で20歳ほどのすらりとした女性である。

 だから、身長も160cmほどあるのだ。

 で……一方、ミーニャはといえばロりロリアイドルを地で行くだけあって、その体は小さい。

 見た目は小学生。8歳ぐらいの大きさなのだ。

 でもって8歳女児の平均身長はというと……約128cm

 とてもじゃないが、ミーニャがエウアを抱えるという事は無理なこと。

 シチュエーション的にはお姉さんに抱き着く女児といった感じになってしまうのだ。

 だが、ここでミーニャも引き下がるわけにはいかない。

 動こうとしないエウアの腰を手で押すのである。

「うー-----ん!」


 その力に抗うエウア。

 必死にタカトへと手を伸ばす。

「ああ……アダム様……アダム様……」

 ミーニャは気づいた。

 エウアがアダムと呼ぶ男。それがどうやらあの宿敵のタカトであるという事に。

 アダム……

 ――神民学校で習った歴史の従業の中で出てきたような気が……

 アイドル活動が忙しかったとはいえ、ミーニャは月に何度かは授業に出ていたのだ。偉いだろ!

 ――確か、アダムって原初の神。この世界の始まりとなった神……だったかな?

 そんな神がタカトの中にいる?

 いや、タカトそのものがアダムなのか?

 だが今はそんなことはどうでもいい。

 その原初の神アダムは、死をつかさどる神。

 ならば合点がいくではないか。いま、体中に走る悪寒の正体が……こいつがはなつ死の恐怖であるという事が。

 なら、尚の事早く、この場を離れなければならない。

 ――確か、教科書には……

『イブとアダムが出会いし時……この世はまた滅ぶ……』

 とあったような気がしたのだ。

 ならば、尚の事、イブであるエウアとアダムを近づけるわけにはいかない。

 ミーニャはさらに力を籠める。

「うー-----ん!」 ぷっ!

 ――あ♡ 惜しい! おならだったwwww


 そんな時!

 ゲハッ!

 エウアが口から血を吐いた。

 いや、吐いただけではない。鼻からはおびただしい量の鼻血がぼたぼたと流れ落ち、目からは血の涙を流していた。

「何……これ……」

 顔をこすった後の赤く染まった手を見ながらエウアはうろたえた。

 ――顔が痛い!

 それは、顔の内側から押し出されるような感覚。

 そのためか頭の中には耳鳴りが鳴り響くのだ!

 だが、それは顔だけではなかった。腕や足、体の至るところが水膨れにでもなったかのようにボコボコと大きく膨らみだしていたのである。

 ――この状況……もしかして?

 エウアは赤く染まる視界で目の前の祭壇をにらみつけた。

 いまだ、ビン子の胸に乗った石は生気を吸収し続け光の柱を立てている。

 しかも、その石にはアダムの両手が添えられ、彼からも生気を吸収していたのだ。

 ――いや、あれは……

 あのアダムの様子……吸収されているというより、どちらかというと、アダム自身によって無理やり生気を石へと送り込んでいるようにも見えた。

 そして、無理やり集められた生気は光の柱を通してエウアの元へ。

 という事は、このエウアの変化は

 ――明らかに生気過多。

 エウアの体が受け入れられる量を超えて生気が送り込まれているのである。

 それに気づいたエウアは身の危険を感じた。

 ――このままでは、自分の体が風船のようにはじけてしまう。

「お前たち! 早く、その装置を止めよ! いや、逆流じゃ! 生気をワラワから取り出せ! 早く!」

 気でも狂ったかのようにエウアはアンドレとオスカルに命じた。

 今や、豚のように醜く膨らんだエウア。

 あのすらりとした面影などどこにも見えない。


 アンドレとオスカルが急いで装置の元へと駆けつけようとしたとき!

 ばきーん!

 大きなガラスが砕けるような音が響いた。

 それはビン子の胸の上に載っていた大きな石。

 先ほどまでビン子やタカトの生気を吸いだしていた石である。


 タカト……いや、今はアダムというべきか……

 死をつかさどる神と言えども、一度は滅びた体。

 今のアダムの力では到底、この石を取り除くだけの力は戻っていなかった。

 そう、彼もまた完全ではない。

 いや、それどころか、現状、かなり無理をしている状態なのである。

 下手をすれば、またタカトの精神世界の深い奥底へと押し込まれてしまう可能性すらあったのだ。

 ――やっとここまで復活したというのに……

 しかし、ここで、ビン子を見捨てるわけにはいかない。

 それはアダムにとって、自分の命に代えてでも守らなければならない大切な人……

 ――石が胸から離せぬのなら石を砕くまで! 

「万気吸収!」

 再び周囲のありとあらゆる万気、生気が勢いよくアダムの元へと流れ込んでくる。

 そして、その吸収した気を生気へと替えると石へと送り込む。

 いくら気を取り込んだとはいえ、生気を巣出されれば激しい痛みが体を覆う。

 苦痛に耐えるアダム。

 だが、石が吸収できる生気にも限界点がある。

 その点、万気吸収で生気を無尽蔵に補充できるアダム。

 痛みにさえ耐えれば、この勝負は見えていた。

 あとは、石の限界点まで耐えしのげばいいだけのこと。

 そして、彼の思惑通り、石は砕けたのだ。


「ぎゃあぁぁぁあぁぁ!」

 悲鳴を上げたのはエウア。

 行き場を失った生気が全てエウアへと流れ込んだ。

 すでに豚のように膨れ上がった体。

 そんな表面からは血が噴き出していた。

「どうして! どうしてこんなひどい仕打ちを! アダム様!」

 エウアは悲鳴にも近い泣き声をあげていた。


 その声にアダムは手のひらについた石の破片を払いながら振り返る。

「何用だ……豚」

 その声にエウアは膝を突き声を大きくする。

「アダム様! 私をお忘れでしょうか! ユダ! イブ様の従者ユダであります」

 

 それを聞いたミーニャ、アンドレ、オスカルは驚いた。

 自分たちが信じていた神がエウア、いやイブではなくユダだという。

 そういえば原初の神には8人の従者がいたそうだ。

 アダムにもアイナやガイアといった従者がいたように、イブにもまたティアラをはじめとした神が付き従っていた。

 そのうちの一人がユダ……イブが男の神の生気を吸う事を辞め野に下った際、真っ先に離反したという女神である。

 ―― 一体自分たちは何のために戦っていたのだ……

 ミーニャたちが絶望にさいなまれたのは自然な事。

 だが、そんなユダがなぜこんなところに……


 アダムはユダという名を聞いたとしても驚かない。

 それどころか。

「貴様など知らんな!」

 と、けんもほろろに扱うと、横たわるビン子を優しく抱き起こしたのである。


 その様子にエウアは何かに気づいた。

 そして、小刻みにワナワナと震え出したのだ。

「も……もしかして……そのノラガミは……」

 アダムが自分に目もくれずに一人の女を慮っている。

 アダムが大切にする女はただ一人……そう、イブだけである。

 イブのためなら世界を滅ぼすことなどいとわない。

 だからこそ、かつて彼はイブのために世界を滅ぼしたのだ。

 おそらく、これから先もいくらでも世界を滅ぼすことになるだろう。

 そんなアダムがいとおしそうな視線を向ける……

「そのノラガミはイブ!」

 と、声を出した瞬間!

 エウアの体がパンと跳ね飛ばされるかのようにのけぞった!


 それはエウアだけではなかった。

 ミーニャやコウエン、お菊、アンドレ、オスカルもまた白目をむいてのけぞっていた。

 その中心ではタカトがビン子を抱きながら腕を振っていた。

罪業消滅ざいごうしょうめつ!」

 それは死をつかさどるアダムの力。

 アダムの視界に映る者たちの記憶を消し去る技。

 そう、あの瞬間、エウアたちの数時間分の記憶が消し飛んだのだ。

 その衝撃で昏睡状態に陥ったのだ。


「少々……力を使いすぎてしまった……」

 アダムは別れを惜しむかのようにビン子を見つめながらつぶやいた。

「いまだイブは戻らぬ……われもまた力が戻っておらぬ今……あの白い悪魔どもにわれらの存在を知られるわけにはいかぬ……」

 白い悪魔?

 もしかしてガンダム? それともキュゥべえとか?

 まぁ、その正体は分からぬが、アダムは白き悪魔と称するものたちを警戒していた。

 おそらく、アダムが滅びた理由に関係するのかもしれない。

 そんな白い悪魔から自分たちを存在を隠すために、この場にいる人間たちの記憶から自分たちの存在を消し去ったのである。

「イブよ……今は眠れ……必ず……必ず……迎えに行く故……」

 と、言い終わるとアダムもまたばたりと倒れてうごかなくなった。


 今やこの広い洞穴の中に動くものはもういない……

 いない……と思われた。

 だが、洞穴の奥……岩肌の影にわずかに動くものがあった。


 それは奥の部屋に隠れていた蘭菊。

 外の気配がシーンと静まり返り、何が起こったのかとそーっと顔を出したのだ。

 というか、なんでこんなところに蘭菊が?

 そう、何を隠そう、ビン子の存在をエウアたちに教えたのは蘭菊だったのである。

 夜な夜な病院内で見かける不審者たち。

 後を追っていくと、それは死体安置室の奥に隠れ潜むエウア教の一味であった。

 だが、蘭菊はこのエウア教の存在を守備兵に密告することはしなかった。

 それどころかチャンスだと思ったのである。

 エウア教、それは生をつかさどる原初の神エウア、いやイブを奉る教え。

 もし、彼女が完全に復活することができれば、蘭菊の母親の病気だって治せるはずなのだ。

 蘭菊はすぐさま、エウア教へ入信した。

 そして、エウアへの忠義を立て始めたのだ。

 貢物として蘭菊は病院内に見舞いに来る人たちをだまし、エウアへと差し出していた。

 そして、今日。

 人ではなくノラガミを見つけたのである。

 人よりも純度の高い生気。

 ――きっとエウア様は喜んでくれるに違いない。

 ならば、もしかしたら、今日にでも自分の母親を治してくれるかもしれないとまで思ったのである。

 だが、そんな時、タカトがビン子を救おうと大空洞へと飛び込んできた。

 ビン子を懸命に救おうとするタカトの姿。

 今、自分の母親が病院に居続けることができるのはタカトのおかげ。

 そのタカトが懸命にビン子を救おうとしている。

 蘭菊が罪悪感を覚えるのは当然の事であった。

 この場にいたたまれなくなった蘭菊は、奥の部屋に飛び込みことが終わるまで頭を抱えてうずくまり隠れていた。

 だが、それが幸いした。

 そう、アダムの視界に蘭菊の姿は映らなかったのである。


 部屋を出た蘭菊が目にしたのは、全員が気絶し横たわる光景。

 だが、どれもこれも息はある。

 蘭菊は一人一人その命があることを確認した。

 だが、エウアだけは見るに堪えない。

 あれほどすらりとしていた容姿がドロドロに溶け落ち豚のように膨らんでいたのだ。

 ――これが生をつかさどる神?

 当然、蘭菊は疑問を覚えた。

 ――もしかして、これは偽物?

 ならば、この状況で何をすべきなのか……

 救うべきはタカトとビン子。

 その判断に行きつくのに、そう時間はかからなかった。

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③俺はハーレムを、ビシっ!……道具屋にならせていただきます1部3章1~タカト!大ピンチ! ~ 生死をかけろ! 筋肉超人あっ♡修マラ♡ん♡編 ぺんぺん草のすけ @penpenkusanosuke

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