第28話 ミーニャの願い

 今やオスカルのレイピアには48枚のカードが連なっていた。

 それに対して、コウエンの手元にあるのは、たった1枚のみ。

 そして、二人の間には最後の1枚の下の句だけが置かれていたのである。


 この状況を見たオスカルは歓喜した。

 というのも、取るべきカードが一枚だけなのだ。


 いや……待てよ……空札があるじゃないか……

 そう、百人一首とは全部で100枚の読み札と100枚の取り札から構成されている。

 そして、場に置くのは50枚の取り札。残りの50枚は使わないのである。

 すなわち、場に置かれていないにもかかわらず読み札が存在する札、それが空札である。

 確かに、コウエンとオスカルとの戦いにおいてコウエンが読み上げたにもかかわらず、全く動かなかったことが多々あった。

 だが、最初からコウエンの飛ばした札を横取りする戦法のオスカルにとってコウエンが動かなければ動く必要もない。

 そのため、たいして気にもしていなかった。

 ならば、今、コウエンの手の内にある読み札は一体何枚なのだ?

 1枚……

 そう、コウエンの読み札もまた残り一枚だったのである。

 という事は、奴の読み上げに対する正解のカードは、自動的にこのカードという事になる。

 いくら札が読めないオスカルでもこれが正解だという事はすぐわかる!

 しかも! 奴は読み上げ作業を行わないといけないときている。

 どう考えても自分の方が圧倒的有利!

 まさにホーム! 自分の土俵! いや自分だけの国技館なのである!

 ――ならば!この最後の一枚をしっかりと串刺して、完全なる勝利をエウア様にささげようではないか! (まぁ一枚は取られたけどねwww) 


「ももしきや 古き軒端の しのぶにも」

 コウエンが最後の上の句を読み上げた瞬間!

「とったぁぁぁぁぁ!」

 と、オスカルは逆手に握ったレイピアをまっすぐに突き下ろす!

 ドス!

 深々と突き刺さった刃先の先端には最後の下の句「なほあまりある 昔なりけり」が……その勢いで若干地面にめり込んでいた。

「これで私の勝利……」

 と言いかけた瞬間、オスカルの顔が引きつった。

 というのも、先ほどまで目の前にいたはずのコウエンがいないのだ。

 もしかして……負けたことが悔しくて逃げ出したとか?

 まだ、最後の礼もしてないというのに?

 だが、それぐらいの事ならオスカルの表情は侮蔑と失笑を浮かべるだけで済むのだ。

 ――何か嫌な気配が……

 戦闘にたけるオスカル。当然に先を読むのに長けている。

 そんな彼の勘が、この場から逃げろと言っているのだ。

 オスカルは、すぐさまレイピアを引き抜こうとした。

 だが!その時の事である。

「万命拳!基本の型! 一刀両断!」

 オスカルの頭上からコウエンの声がした。

 そう、コウエンは読み終えた瞬間、札を取るのではなく上空へジャンプしていたのだ。

 そして、全体重を鋭い手刀にのせ、レイピアを握るオスカルの手へと叩き込んだ。

「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

 その痛みの激しいこと。

 並みの坊主の手刀やチョップなどとは次元が違う!

 まさに斧! いやマサカリといったほうが賢明だろう。

 そんな一撃をオスカルはもろに小手に受けたのだ。

 悲鳴を上げるなという方が無理からぬこと。

 だが、これでもオスカルは悪の組織ツョッカーの幹部である。

 ここでレイピアから手を放せば今まで取ったカードはレイピアごと奴にとられかねない。

「なめるなぁ!」

 と、真っ赤に腫れあがる手にさらに力を込めてレイピアの束を握りなおした。

 

 しかし、これでコウエンの攻撃が終わったわけではなかった。

「万命拳!壱の型! 連理れんりの枝!」

 そう、先ほどの右手の手刀と同じく、今度は逆の左手。

 落下の勢いはないが、着地と同時に体を回転させて威力をのせる。

 ――何! 連撃!?

 ココであの一撃を食らえば、確実にレイピアを放してしまう。

 そう直感したオスカルは空いた手でレイピアを握る手を守ろうとした。

 

 だが、コウエンの手刀がその左手をパン!とはじいたのだ。

 ――ダミー?

 オスカルは焦った。

 というのも、その攻撃には打圧がないのだ。

 それはまるで右手の救援に入った左手を弾くことを目的にしているかのようにも思えた。

 ――ならば、次が本命!

 コウエンの体が再びくるりと回ると、その足先が大きく頭上へと蹴り上げられていた。

「万命拳!参の型! 斧鉞ふえつ!」

 そして、渾身の力を込めてその足先をオスカルの手に叩き込んだ。


 だが、オスカルには手がない。

 先ほど弾かれてしまったのだ。

 ならば!ここは頭を使ってでも!

 と、マジで頭を振り落とされる足先に突っ込もうとした。

 だが、オスカルの本能が止めるのだ。

 ……頭なんかつっこんだら……マジで死ぬ!


 間一髪で頭を止めるオスカル。

 その髪先をコウエンのかかとがかすめて落ちていく。

 そして、

 ボキっ!

 という音ともにオスカルの右手をレイピアから引きずりはがしたのだ。


 ……というか、ボキッって……手首折れとんとちゃうの……

 いやwwwちゃうんじゃなくて、折れてんのwww

 コウエンは万命寺で医術を学ぶ。(まぁ、修行の一環として万命拳も習っているのだけどwwwあくまでもメインは医術)

 手首の付け根にある橈骨とうこつが折れやすいというのは周知の事実だった。

 ほかの修行僧たちに比べると力や技が劣るコウエンであるが、この一点を狙えば容易にその手を打ち砕くことができると分かってたのである。

 

 コウエンは悠然と立ち上がると地に突き刺さるレイピアを抜き去り、その刃先についた49枚の札を全て抜き取った。

「どうやら、僕の勝ちのようだな!」


「うがぁぁぁぁぁあ!」

 オスカルはたまらず左手で右手首を握りしめ大きな叫び声をあげていた。

「反則だぞ!」

 目に一杯の涙を浮かべながら抵抗する。どうやら、この結果に納得ができないようなのだ。

「もう一度勝負だ!」

 と、見下すコウエンに再戦を申し込むのだが……

「その手ではあの剣速は出せないよ……」

「私にはまだ左手がある!」

「もういいじゃないか……いい勝負だったよ……」

 と、コウエンは膝を突き、オスカルの右手をそっと取り怪我の状況を診断し始めた。


 そんな仕草にオスカルは頬をほのかに染めていた。

 先ほどまで争っていたにもかかわらず、戦いが終わればノーサイド。

 まるで竹を割ったような性格である。

 ――こいつ! イケメンかも♡

 って、そうだったwwwオスカルは女だったwww


 そんなオスカルがまるで乙女にでもなったかのように、そっとコウエンの胸へと頭をうずめる。

 その突然の事にコウエンはびっくりした。

「こ……これは……」

 まるで何が起こっているのか分からない様子。

 だって仕方ないじゃない。

 コウエンだってwww

 って、そうじゃないんだよ!

 倒れこんでくるオスカルの様子をみて、コウエンは一目でその症状を見抜いた。

「こ……これは……生気枯渇……」

 そう、オスカルの中に存在している生気が何かの力によって吸いだされているのだ。

 このまま吸いだされ続けるとオスカルの命に係わる。

 コウエンはオスカルを少しでも楽な姿勢を取らせるべく横たえた。

 生気が枯渇するのは命気が途切れそうになっているから。そう、万命寺で習った。

 だが、このオスカルの場合、手首は折れてはいるが命が尽きるほどのダメージは追っているわけではない。

 ならばいったいなぜ……

 コウエンにはオスカルに起きている生気枯渇現象が何の原因によってもたらされているのか皆目分からなかった。

 だが、この時、コウエン自身もまた目がかすみはじめていることに気が付いた。

「ま……まさか……僕自身も生気枯渇の状態になっているなんて……なぜ……」

 ガクリと膝をつくコウエンの前でタカトが雄たけびを上げていた。


 コウエンたちは生気枯渇の状態でバタバタと倒れていた。

 そんな中、アンドレがエウアを逃がそうとフラフラになりながらも立ち上がったのだ。

「エウア様! お逃げください! あれはヤバい! 絶対ヤバい奴です!」

 だが、当のエウアはなぜか感極まり動かない。

 ――これではらちが明かない!

 そう思ったアンドレはミーニャに命令する。

「ミーニャ! エウア様を連れてこの場から逃げろ!」

「なんで私が! アンタの言う事を聞かないといけないのよ!」

 だが、ミーニャも目の前の危険な雰囲気……いや、生き残ることが絶対的に不可能に思えてしまうような絶望的な空気を理解していた。

 ここで、アンドレの言う事を聞けば、おそらく、もう、二度と……アンドレと会う事はないだろう……そう確信できるほどなのだ。

 だからこそ、ミーニャは反発する。

 だが、そこにオスカルもなんとか立ち上がり、言葉を重ねた。

「ミーニャ……今なら、私とアンドレとで奴を抑えることができるかもしれない……」

 ミーニャは確信した。

 おそらく、オスカルとアンドレは己が死を確信している。

 それでもなお、自分たちが信じる神、エウアをこの危険な状況から逃がそうとしているのだ。

 エウア……それは再生をつかさどるイブという神の別名。

 ミーニャ自身も、エウア教に入ったのはエウアの再生の力にすがっての事だった。

 かつて、ミーニャはトイレに行かないアイドルと言われて一世を風靡した。

 だが、トイレに行かない代わりに食べた栄養もまた体に残らないのだ……

 すなわち貧乳……いや、幼児体系のまま成長が止まってしまっていたのだ。

 確かに、ロりロリアイドルと言えば聞こえがいい。

 だが、同じ年ごろのアイドルたちは、きれいなドレスやかわいいコスチュームを身に着けていたりしている……それがどうだ……自分はといえば、いまだにツョッカーのエロエロコスチュームのまま……

 このままでいいのだろうか?

 ミーニャがそう思うのは仕方なかった。

 シックなドレスも着てみたい。大人の女優として羽ばたいてみたい……

 夢は大きく育てども、体は育たない……

 ――トイレでウ○コをしてもかまわない。

 ――そんなことで胸が大きくなるのなら、いくらでもウ○コをしてやるわ!

 そんな彼女は、エウアに一縷の希望を託した。

 再生の神エウアであれば、もしかしたら、この「トイレに行かない」でいいという体を再生してくれるかもしれない。

 

 だが、ここでエウアを失えば……

 自分のこの野望もまた潰えてしまいかねない……

 ミーニャは唇を強くかみしめる。

 確かに、アンドレとオスカルを見捨てていくのは気が引ける……

 ――だが、もしかしたら、たとえ彼らが死んだとしてもエウア様が復活させてくれるかもしれない。

 そう、自分に言い聞かせる。

「分かったわ! エウア様は私に任せて!」

 そう言い残すと、ミーニャはエウアのいる壇上を駆け上り始めた。


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