第13話

「え?  息子さんが?」


 頷いた荒河さんは、リクライニングを起こして、風鈴を懐かしそうに見つめた。


「長男がね、夏休みに海でクラゲに刺されて、それなのに、クラゲの風鈴作るなんて粋でしょう?」


 続けて発せられる言葉に、私は、「ええ……」としか答えられなかった。


「夏が来たら、毎年、思い出すんです。クラゲも、これも…――」


「……素敵ですね……」


「うん、だけど、 それも 、今年までかなぁ……」



 堪らなくなった私は、急いで窓の方を向いた。


 すると、 網戸にしていた窓から生温い風が吹いて、再び風鈴を鳴らした。


  チリンチリン……という音とともに、パサパサと何が捲れる音がした。


「これもね」

 と、言いながら、サイドテーブルに置かれている雑誌を荒河さんが手に取った。


「息子が漫画を投稿して、掲載された雑誌なんですよ、凄いでしょ?」


ーーそれは、


「息子は小さい時から漫画家になりたがってたんです。嬉しかったなぁ、夢が実現して」


 二十八年前、私が佳作を取って、作品が掲載された漫画雑誌だった。

 擦りきれて、色も褪せてボロボロだ。

 これも、ずっと持っていたのだろうか?


 それにしても、ペンネームなのに、どうして分かったんだろう?


「妻が、こっそり教えてくれたんです。載ってるよって」


 この時、私は、ようやく分かったような気がした。


家庭のある荒河さんが、私達母子家庭に求めていたものを。


  今の私だから。

分かる。


  風に煽られ、風鈴の短冊が一つ、取れかけていた。

 今にも飛んでいきそうで、私は慌てて糸を捻って補強し、くっつけた。


「……ありがとう」


 それを見た荒河さんが、安心したように再び目を閉じた。


「……スゥ……」


 心地良さげな寝息が聞こえる。


 チリンチリン…。


 優しく夏を奏でる風鈴は、ラメ効果で、今もなお、夕陽を浴びてキラキラと光っていた。


  過去に。あの夏の日に戻れるならーー


 クラゲに刺されるのは勘弁だけど。


 これを作った小学生の私を、褒めてあげたいと、思った。






* 終 *






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

母の男 こうつきみあ(光月海愛) @kakuyume251

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画