キミとの約束

涼宮 真代

第一章 美代編

暑い…。

今年も暑い季節が頼みもしないのにやって来た…。

おれは…夏が嫌いだ…。

いや、正しくは嫌いになった。

あれから3年目の夏…。

そうだ…キミのお母さんの話しをしてあげよう…

ママとの約束だから…。


「うん!」


パパがママと出会ったのは入社して研修の時だった。

ママは2つ上の先輩でパパの教育係だったんだよ。


「へーママかっこよかった?」

「あ、ああ…そうだな優しくて…ちょっと変わってたかな?」



『初めまして経理課の桜井美代です。』 

『今日からあなたの担当になります宜しく。』


綺麗な人だった…長い黒髪で色白で優しい雰囲気がしていた。


『あ、北村秀人です宜しくお願いします。』


『わからないことがあったら何度でも聞いてくださいね?』


『はい!』


とはいう物のわからない事ばかりで何を聞いて良いのかがわからない…。

彼氏はいるんですか?

なんて聞いたら怒らそうだな。


『北村くんは…彼女いるの?』


は?なんで?オレの心を読まれた?

そんなわけがないか…。


『いや、いませんけど…。』

『そうなんだ〜そっかそっか。』


なんだろうこの納得納得って言わんばかりの反応は…。

まあ、おかげて変な緊張感は無くなったから良しとするか。


今のところは覚える仕事はほぼ雑務だった書庫の整理…。

廃棄して良い書類の処理…。

あまりにも無駄な書類の多さに驚愕した。

データ化すれば良いものを…。


入社して2週間が経ち仕事にもだいぶ慣れてきた…。

お、もう昼なんだ…飯でも買ってくるかなと席を立った時…。


『北村くんお昼は?』

『あ、コンビニで済ませようかなって思ってます。』

『え〜ダメだよ~ちゃんと栄養を考えないと。』

『ほんと、しょうがないなぁ…キミは!』


余計なお世話です…。


『え?なんか言った?』

『べつに…。』


そんな事考えた事も無いというより

何でそこまで気にするんだろう。 


『あのさ近くに美味しい食堂あるんだけど行かない?』  

『良いです、あんまお金ないんで。』


『そっか…。』

『じゃあ、入社祝いって事で私が出すから行かない?』


随分とお節介と言うか積極的と言うか…彼女いるのかとか

食事一緒に行こうとか勘違いしてしまうだろ。


『何でそこまで?』

『え?キミと仲良くしたいからだけどイケない?』


おいおい、こんな綺麗な人がオレと?

からかってるのか?

それともなにかの勧誘か?


『では、ごちそうになりますよ…。』

『やった!』


マジ勧誘だったらキレるからな!

とか言いつつ着いて行った。

臨時休業?


『あれ?あれ?』

『閉まってるじゃないか…。』

『ごめ〜ん。』

『いや良いです。』


結局この日はコンビニ弁当を食べた。

彼女は悲しそうな顔をしていた…。

ちょっと聞いてみるか…。


『先輩!質問良いですか?』

『え!? あ、うん良いよ?』

『彼氏っているんですか?』

『随分と踏み込んだ質問だね~。』

『あ、すいません…。』


でも答えはわかりきっていた『いる』に決まっているのだから…。

変な期待するよりマシだった。


『いない…かな?』


ホラやっぱり…。


『ええええ!?』

『な、なに? そんなに驚くこと?』

『そりゃ驚きますよ!』


『キミだっていないんでしょ?』

『一緒じゃない?』


いやいやオレと一緒にするなオレとは色々レベルが違い過ぎる。

こんな人とお近づきになる事なんか無い。


『一緒じゃないですよ、先輩は優しいし髪も綺麗だし何より可愛い…

顔もそうだけど性格や仕草も…。』


『え?なんて?もう一度言って?』

『い、いやですよ。』

『ぶぅ〜…ケチ!』


こんな人が彼女だったら毎日が楽しく感じるんだろうと思った。

なんていうか不思議な人だった…。


ー3ヶ月後ー


研修期間も終わり今日から社員扱いになる配属も決まりオレは…

経理課に配属された。

デスクの向こう側で小さく手を振る彼女の姿があった。


『改めて宜しく先輩!』

『えー名前で呼んでよ~。』

『え〜じゃあ桜井さん…。』

『……。』


なんかすごい不服そうだけど気の所為という事に…。

少なくとも職場なんだから。

というのは何だかんだ付き合っていたからだ…。

職場の人もなぜか公認してくれてる…。

部長に呼出され、入ったばかりで仕事も出来ないクセに彼女なんか

作りやがってと言われるかと思いきや…恋愛に仕事に頑張りたまえ

ガハハハって…。


まあ、仕事に差し支えないなら問題なしなのだろう…。


会社も終わり駐車場で美代を待っていた。

オレの車を見つけ足早に駆けて来た時…何かに躓いたように転んだ…。


『ドジだな~大丈夫か?』

『う、うん大丈夫。』


美代は手足に違和感をあったのをオレに黙っていた。

いま思えばそんな事も気づいてやれなかったのかと思う…。


そして、一カ月が過ぎた…。

夏の終わりに神社でお祭りがやっていて懐かしくなりふとよることににした。

境内まで少し歩いた時に足を引きずる素振りがした。


『美代?オマエ足どうかしたのか?』

『え…?』

『いや、引きずる感じで歩いてただろ?』

『ううん、大丈夫だよ~。』


あきらかに歩きにくそうだった。

『病院行こうか?まだ夜間やってるから。』

『大丈夫大丈夫。』


翌日美代は出社して来なかった。

会社には調子が悪いと連絡があったがオレには一言もなかった…。

気になって夕方電話してみた…。


『もしもし…?』


声が暗いな…。


『あ、オレ…どうしたんだ?』

『体調悪くて…。』

『病院行ったのか?』

『うん…。』


嫌な予感がした…。

何か悪い病気じゃないよな?


『え…?何でそう思うの?』


オレの母親はガンで死んだ…再三医者に行けというのに忙しい

時間がないと行けなかった。

倒れて病院に行った時には手遅れだった。

まさかな…オレは言葉を飲み込んだ…。


『無理するなよ?』

『うん…ありがとう。』

『食べたい物ないか?帰りに美代の家に寄るよ。』

『ありがとう…秀人も疲れてるから来なくて…良いよ…。』


え?泣いてる?

なにかおかしい…。

オレは急ぎで美代のマンションに向った…。


ピンポーン♪

『はい。』

あれ?聞き覚えの無い声が…。

母親か?


『美代さんの同僚の北村です。』

『あ、美代の…どうぞ。』

『ちょっと…お母さん…。』


やっぱり母親か…。


『もぉ…来なくて良いって言ったのに…。』

『いや、だって普段と違うから気になるだろ?』

『そっか…ゴメン別れようか…?』


は?何でそうなる?


『なんだよそれ…。』

『ゴメン…。』

『いや、ゴメンじゃわからないだろ!』


理由を聞かせてくれないか?

飽きちゃったから…。

オレに飽きた…ホントに?

うん…だから別れよう?

だったら、何でボロボロ泣いてるんだよ?

本当に飽きたなら笑えよ…。

別れて自由になれるんだから笑えば良いだろ…?


本当の事言えよ…。


しばらく美代は黙っていたが重々しく話してくれた…。


『私…脳腫瘍…なんだって…。』

『え!?』

『もって1年だって余命宣告されちゃった…。』


嘘だろ…?

手術すればどうにかならないのかよ!

リスクが高いんだって話せなくなるかもってさ…。

手足の痺れがあって…そのうち治るかなって思ってたら

足が思うように動かなくなって…。

それで、足を引きずる感じに…。


『どうせ死んじゃうんだからさ…別れよ?』

『私の事…忘れて良いから…。』

『秀人は…幸せになって…。』

『バカやろう…。』


オレはチカラいっぱい美代を抱きしめた…。


『痛いよ…。』

『我慢しろよ…。』

『入院するのか…?』

『うん…でも抗がん剤治療は受けたくないから…。』

『もう諦めたのか?』


『う、うわあぁぁ~…死にたくないよ~…もっと生きていたいよ~…。』

『秀人とずっと一緒に居たい…。』

『手術受けてみないか…?』

『放っておいても1年なんだろう?』

『手術すれば延びるんだろ?』

『オレは美代に生きていて欲しい!』


そして…翌月手術をしてひと月入院の後退院が決まった。

再発する可能性もある…抗がん剤治療で通院する事になる。


『美代…結婚してくれ。』

『え?』

『何言ってるの?』

『いつ再発してもおかしくないって先生も言ってたでしょ?』

『だからどうした…オレはお前の傍に居たい…それだけだ。』


『お母さん許してくれますね?』


『私は…反対しませんよ?あなた達の人生なのだから…。』

『娘を宜しくお願いします。』


『お母さん…。』


入籍する時に約束をした…。

ひとつだけ約束して?

私が死んだら…私の事は、さっさと忘れてください。


『忘れられないだろ…。』

『じゃ忘れる努力をしてください。』

『善処します。』


美代の体調の良い時を見計らって新婚旅行に出かけた。

先生から子供は無理だと言われたが…奇跡的に妊娠した…。


『これで約束は無効になったな…。』

『ズルいよ…。』

『頑張って生きてくれ。子供の為に…。』

『うん…。』


だが運命は残酷だった…。

臨月を迎え出産の準備をしていた時美代は急な頭痛に襲われ再入院した。

暑い夏だった…。

また美代と約束をした…。

この子が3歳になったら私の話しを聞かせてあげて…。


『自分で話せよ…。』

『そうだね…。』


3日後の…8月10日…キミが産まれたんだ。

北村さん、元気な女の子ですよ。

『キミに…会えてママ…嬉しいよ』


ぎゅっ…美代はキミを優しく抱きしめた。


『秀人…ちょっと疲れちゃった少し眠るね…。』

『あぁ…頑張ったもんな…。』

『秀人…ありがとうね…。』



美代はそのまま眠るように逝った…。



「パパ?」

「あ…ゴメン…ゴメン…。」

「帰ろうか…秀美。」

「うん…」。


美代…オレはキミとの約束は…守れないと思う。

キミの事忘れるなんて出来やしないから…。

秀美を立派に育ててみせる…だから見守っていてくれ…。


でも、キミはきっとこういうのだろうな…。

“ほんとしょうがないなぁ…秀人は”ってな




第一章…完






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