1-5
玄関扉は壊され、居間の家具がなぎ倒されてるのが見える。
「私も入っていいかい?」
ロレンツォに聞かれたがサライは何も言わず、中に入っていく。
祖父が死んでいた居間を足早に通り抜け、自室へ。
パソコンはモニターごと持っていかれ、飾っていたフィギュアも一体は無くなっていた。
ベットが大きく横にずらされていて、床下の隠し収納場所も開けられていた。当然、中身は空だ。
「綺麗に無くなっているから、ジプシーや物取りじゃない。たぶん警察が押収していったんだ。散々僕にどこにやったって問い詰めてきたくせに、結局お前らじゃないか。返してもらうには、どこに電話したらしいんだ?ああ、チクショウ。その連絡手段がねえよ」
個人情報が詰まった携帯も当然、警察に押収されたきりで、怒りながらリビングに戻る。
ロレンツォが食堂脇の壁紙を眺めていた。そこだけぽっかり白くなっている。
以前は、絵が飾られていた。
十年数年に渡って位置が変わること無く。
食堂から漂う油や窓から入ってくるチリやホコリのせいで年を経るごとに汚れていって、なんとなく人物の上半身が描かれているのが分かるだけの代物だった。
ヨーロッパを流浪していた母親が、オレノ村に住む祖父の元にサライを置き去りにするときに一緒に置いていったものだ。
「警察はあんな汚え絵まで押収してったのか?訳、わかんねえな」
「さあ、それはどうだろう」
ロレンツォがそこから離れた。
そして、ソファーすらひっくり返されている荒れたリビングを見渡す。
「サライ。辛いことを聞いてもいいかい?あの夜はどんな感じだった?」
「何だよ、急に神妙な顔をして」
「私だって人の心はある。だが慰めるのは他が担当するから、軽く思い出すだけでいい」
「無茶言うな」
サライは祖父が倒れていた窓辺を見つめた。
正確に言うならば、祖父の胴体のみがあった場所を。
犯人が持ち去った首は未だに見つかっていないのだ。
あの夜の惨状を思い出しかけると、頭の隅がチリチリとし始めた。
ロレンツォに促されて答えるなんてシャクだが、吐き出したい気持ちもあった。
「夜遊びして遅くなった夜だった。リビングに入ってまず、暗闇の中で血の匂いが充満していることに気づいた」
「電気は?」
「付かなかった。月明かりだけが頼りで、最初に目についたのが首が無い男らが床に伏して血を流していたところ。揃いのローブを着ていたから、首切り事件のターゲットにされている奴らだってすぐに気づいた。次にじいちゃん。胴体に近寄っていく時にはもうパニックになっていた。じいちゃんの頭を蹴飛ばしてしまうぐらいに」
血の海と貸した床をゆっくりと転がる白髪と白ひげの老人の頭部は、この目に、はっきりと焼き付いている。
「ピエトロの首はその時点であったということだね?そして君は恐怖で意識を失った」
ふむとロレンツォは自分の顎に手を起き考え始める。
「警察の調書によれば、先に死んだのが修道士七名。数時間後にピエトロ、だそうだ」
「じいちゃん、あんな状況で生かされていたのか」
ロレンツォの顔が曇る。
「孫の君にはかなり言いづらいのだが……。私が警察から入手した情報によれば、ピエトロには性交の痕があったようだ」
「……はあ?」
鼓膜が張って耳がキーンとした。
どういうことだ?
あの惨状を目にしながら誰かと?
その誰かって誰だ。
吐き気が込み上げてきて、手で口を覆った。
「犯人は女?」
「飛躍しすぎとは考えないのかい?女性はたまたまあの場にいて、たまたまうまく逃げおおせた、とか」
「できすぎている」
「じゃあ、成人した男八人の首を一晩で落とせる女がいると?」
「だったら、犯人は誰なんだっ?!」
「人―――あらざるものだろうね」
「化け物?はっ。ありえねえっ!!」
「この世の全てが分かるかい、君は?」
「知るかよ、そんなこと!これまで修道士しか殺されてこなかったのに、何でじいちゃんまで巻き込まれる?」
「調査中だ。いずれ捕まえる」
「あんた、美術鑑定士だろ?探偵もやっていたのか?それも人外の」
「当たらずしも遠からず。美術限定の探偵みたいなものさ。時に警察、裁判官もする。我が国の美術は、教会とともに発展してきたのだから、修道士だって調査の対象だ」
「でも、じいちゃんは葡萄とワインを作っていたただの農夫だ」
「そんなこと無いよ。どんな人間だって多大なバックグラウンドがある。膨大な秘密もね」
「知っていることを全部教えてくれ。今すぐに」
するとロレンツォが、家を出てさっさと車に乗り込む。
つられてサライも助手席に座った。
「頼むって」
せっつくと、ロレンツォがハンドルから片腕を放し、スーツの胸ポケットを探った。
手渡されたのは、血で染まった小さな紙切れ。そこには十一桁の数字が書かれている。
脇役サライの華麗なる転身 ~とある絵描きとバスケットいっぱいの頭部について~ 遊佐ミチル @yusamichiru0929
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