1-4

 サライを追い越して少し先で止まったのは黒光りする車で、運転席でロレンツォがハンドルを握っていた。

 窓が開く。

「乗りたまえ」

の言葉に対して、手を差し出す。

「バス代をくれ。あと、不当拘束の案件に強い弁護士の紹介も」

 すると、ロレンツォが細長い上半身を折り曲げ、ハンドルに額をくっつけ笑い始めた。

「その図々しさ、よく似たものだ」

「誰に?」

「そのうち嫌でもわかる。だから、乗って」

「あんたを代理でよこした奴か?」

「知りたい?」

「別に」

「車一つ乗るのに、勿体ぶるね君は。さあ、早く」

 あおりにも、急かす行為にも乗らない。

 車といえど密室だ。

(それに、こいつには僕に対して、代理人として収容所から救出したっていう大きなアドバンテージがある)

 ロレンツォが真顔になった。

「私が欲しているのは君の能力。それ以外は求めていない」

「だったら、あんたの息子の失踪事件を調べるのと並行して、じいちゃんを殺した犯人を見つけたい。頼む。協力してくれ」

 下手に出ると、身体を起こしたロレンツォは間髪入れず、

「駄目だ」

(……こいつ、頭から拒否してきやがった)

「こらこら。人でなしを見るような目で私を見ない。今は時期じゃないと言っているんだ」

 諭されて、サライは不貞腐れた。

「じゃあ、一人でやる」

「君は驚くほど気が短いな?相手は一晩で八人の男の首を落としているんだぞ?一人で、それも丸腰で何ができる?」

 正論に、言い返す術がない。

 内心では言いたいことが山程あるのだが、あまりにも子供じみている。

 それに、こんな男に心を許してはいけない。

 ロレンツォがクスと笑う。

「今、君が何を考えているのか当ててやろう。権力もある大人なんだから、あんたが手伝ってくれればいいのに?でも、それと引き換えに変なことをされるかも?いやでも、思い切って懐に飛び込んでいろいろ探れば弱みを握れるだろうし、こっちのペースに引き込めそう?けれど、私にここまで読まれているのにうまくいくかな?」

「……」

「いいねえ。いい!頭の中を依存心と警戒心がぐるぐる巡っているその顔!君みたいに容姿が優れた子は警戒心が強いのは悪いことじゃないが、相手を信頼する勇気も必要だよ」

 弱虫と遠回しに言われた気がして、乱暴に助手席のドアを開け、革張りのシートに勢いよく座った。

 なんともまあ座り心地がいい、そのせいで逆に居心地が悪い金持ち仕様のシートに。

 車のタイヤが静かに周り始め、サイドミラーに映る灰色の要塞のような建物が遠ざかっていく。

「一般人が出入りするというのに、面会室のひび割れた壁や剥がれた床のコンディションたるや。だが、それでも、私には上品すぎる場所だがね」

「キャラブレしてんぞ?いつも、金の産着に包まれて育てられたって番組で言ってるくせに」

「おお。見てくれていたのか。それは嬉しい」

「とっとと、本題に入れ。これから僕は、どこで何をすればいいんだ?」

「フィレンツェに向かう」

 ここはフランス国境にほど近いミラノ県の山の上。フィレンツェまでは軽く四時間はかかる。

「何しに?」

「私の館がある。息子が失踪した日のままにしているから、実況見分を」

「普通は警察に相談だろ」

「仕事が遅いことで有名な我が国の警察に何ができる?それに息子の失踪は警察の管轄外。彼らじゃどうにもできない」

「なら、僕だってそうだろうが。ただの特定屋だぞ」

「そんなの、知っている。オープンソースインヴェスティゲイションをいう手法を使って噓と虚栄心にまみれたネットの海から真実を見つけ出す。屋号がベアリングキャット。『ネズミの相談』という童話が元になっている。難敵の猫の首に鈴をつければ自分たちは生き延びることができるが、それは死と隣り合わせの行為。その困難に敢えて挑む者を指す」

 サライは、こいつは本当によく喋ると思いながら、未成年収容所の丘を下り始めた車の窓にもたれかかる。

「オレノ村に寄ってほしい」

「家に行きたいのかい?よせ。殺人現場になった場所だぞ」

「まだ夢を見ている気分なんだ。ロマ(ジプシー)とか物取りが大勢やってきて、家の中をめちゃくちゃにしているだろうからそれを見たら、ああ現実だったんだって思えるだろ」

 そこからロレンツォは何も言わず、車を運転し続けた。

 車内の音は、低いエンジン音と繰り返し流れるクラッシック音楽だけ。

 曲名は知らない。気取ってやがると思っただけだ。

 やがて車はミラノ市内を通り抜け、さらに数十分。田畑が目立つ田舎町へと入っていく。

 朽ち果てかけている築二百年の農家が遠くに見えてきた。

「ひでえ」

 野次馬が残していったのか、庭には菓子などのゴミが散らばっていた。

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