第2話

「おい、お前ほんまオモロいなぁ……実際ガッツリ寝てたやんか」


 さっさと移動しておこうと立ち上がると、いきなり後ろから声を掛けられた。

 馴れ馴れしいやつだと思いながら振り返ると、そこには坊主頭を金髪に染めた男がいた。

 ピアスを沢山ぶら下げていて、正直あまり関わり合いになりたくないタイプだ。


「いや、寝てなかった……はずだ。確かに目は閉じていたけどな」

「かっかっ、強情やのう。後ろから見てたら、自分めっちゃ舟漕いどったで」

「あら、それなのに代表の名前を覚えてるなんて凄いじゃない」


 横合いから黒髪ロングの女の子が会話に加わってきた。

 お淑やかそうで、切れ長の目がクールさを感じさせる。

 探索者なんかより、どこぞのお嬢様だといわれたほうがしっくりくるかもしれない。


「お前ら知り合いなのか?」


 お淑やかなお嬢様と金髪坊主のチグハグな組み合わせがどうにも気になって、思わず聞いてしまった。

 

「まさか、違うわよ。講習がはじまる前に話しかけられただけ。こんな猿と知人だなんて、考えるだけで疲れちゃうわ」

「猿って……お嬢様みたいなナリして結構口が悪いんだな」


 俺がそう言うと、猿と呼ばれた男が声をあげて笑い出した。

 

「ちゃうって、ワイが猿やって自己紹介したんやで。ほら、この見た目やろ? みんなから猿って呼ばれとるんや」

「ああ、そうなのか。でもちょっと待てよ……お前は自分で坊主にして髪を染めたんだろ?」

「せやで!」


 猿は輝く笑顔で胸を張っているが、だとしたら——。

 

「それって、お前から猿の方に歩み寄ってないか?」

「ぐ……」

「それにその口調……似非えせ関西弁だろ?」

「……っるさいわ! 千葉出身のなにが悪いんだ? あぁん?」


 ずい、と詰め寄ってくるが、俺よりずいぶん身長が低いのでイマイチ迫力がない。

 176センチの俺が見下ろすような状態だから、猿は160センチないかもしれない。

 隣にいる女の子の方がよっぽど高身長だ。

 

「ほらね、猿と話していると疲れるでしょう? 私は結城凪沙ゆうきなぎさ。ナギでいいわよ。年齢はひ・み・つ」

「そうか。俺は河合丞かあいたすく、周りからはジョーと呼ばれている。年齢は18歳だ。よろしくな、ナギ」

「ワイは猿や」

「「それは知ってる」」

「かっかっかっ」


 さっきも思ったが、ずいぶん癖がある笑い方だな。

 見た目を猿に寄せたり似非関西弁だったり、個性ってものを履き違えている気がする。


「さ、お互いに自己紹介も済んだことだし、そろそろ行きましょ」

「ああ、そうだな」


 俺とナギが歩き出すと、猿は「ほな、先行くでぇ」と怪しげな関西弁を口にしながら走っていってしまった。

 他の受講者に粉をかけにいったのかもしれない。

 それにしてもバイタリティが物凄い。ナギが疲れるという気持ちも分かるってもんだ。


「……ま、私たちはゆっくり行きましょ」


 呆れの混じったナギの言葉に俺は深く頷いた。

 


「よし、みんな揃っているな。それじゃ実技講習の前に自己紹介をしておくか」


 受講者は全部で五人。

 それぞれの顔を見渡してから、正面に立つ男がこほんと咳払いをした。


「俺は榊洸太朗さかきこうたろうという。今日は頼まれて教官役をやっているが、普段は探索者をしている。ちなみにライセンスはAランクだ」

 

 体つきがただのおっさんではないと思ったが、探索者だったのか。

 これは少し態度を改めないといけないな。これからは教官とでも呼んでおくか。

 しかもAランクということは最上位Sランクのひとつ下だからかなりの高ランクだ。

 ちなみに登録したての俺達はEランクからスタートなんだとか。

 

「まず前提として、迷宮は人間の精神世界の中にある。これはいいな?」

「それは知ってますけど、どうやって入るんですかー?」


 オレンジがかったショートカットが似合う活発そうな女の子が、わざわざ手を上げて発言する。


「えーっと、お前は纐纈こうけつ……くくりか。それは今から説明するから大人しく聞いていろ!」

「はーい」


 女の子はやっちゃった☆とでもいうようにペロっと舌を出している。

 反省してるのか、怒らせようとしているのか分かったもんじゃない。

 

「精神世界へ入るには特殊なデバイスを使う。これは色んな形のものがあるが、慣れるまでは最初に貰ったものを使えばいいだろう。みんな登録した時にデバイスを受け取っているな?」


 デバイスというと……これだろうか?

 探索者登録後に受け取った袋の中から、小さな機械がついた黒い腕輪を取り出した。


「そのデバイスは無くしたら自腹で購入する羽目になるから気をつけろよ。それぞれ腕に通したら緑のボタンを押してくれ」


 言われた通りにしてボタンを押すと、腕輪は大きさを変え、腕にぴったりフィットするサイズになった。


「よし、みんな装着したな? ちなみに隣にある赤いボタンを迷宮内で押すと〝配信〟が開始できる」

「Lストの配信ですね?」


 黒髪を背中まで伸ばしている男が、鼻息荒く目を輝かせながらそう口にした。

 

「そうだ。まあみんな知っているだろうが一応説明しておくと、探索者はLストリーム——通称Lストを通じて全世界への動画配信ができる。その視聴数に応じて、報酬が支払われるって仕組みだ」

「上位ランカーになれば、国が買えるくらいの金額が手に入るんでっしゃろ?」


 猿が手をこすって皮算用をはじめている。

 まあその莫大な報酬を求めて探索者になる者も多いから、猿もそのクチなんだろう。


「そりゃ大袈裟だ。だがちょっとしたビルくらいならキャッシュで買える程度には稼げるな」

「ビルーっ! じゃあワイもそれを目標にさしてもらいますわ!」

「ならその前に死なないようにしないとな。迷宮には夢魔と呼ばれる怪物が巣食っているのが常だからな」

「夢魔か……」


 俺はその名前を聞くと、思わず拳を握ってしまった。

 あの日、みんなそいつにやられて帰らなかったんだ。

 今でも夢に見て夜中に飛び起きることもあるくらい——嫌な記憶だ。

 

「まあここにいる者達は、探索者検査で夢魔と戦う素質があると認められた者だ。自信を持っていいぞ」


 教官はニヤリと笑いながらそう言うと、壁にある機械を起動させる。

 室内の空気が重苦しくなると同時に、腕につけたデバイスが振動をはじめた。


「今回行ってもらうのは、擬似的な人工迷宮だから死ぬ危険はない。しかし実際の迷宮と同じように痛みのフィードバックはあるから注意しろよ」


 みんながごくりと唾を飲んだのが分かった。

 訓練とはいえ初戦からやられるなんて情けない姿は見せたくないだろうし、痛みもあるとくれば当然だ。


「覚悟ができたら迷宮に転送するぞ」

 

 覚悟?そんなものは何年も前からとっくに完了している。

 今は迷宮が楽しみで仕方がないくらいだ。

 

「さて、それじゃ初めての戦闘訓練といこうか」


 全員が頷くのを確認した教官は、その太い指でボタンを押し込んだ。

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妄執のLストリーマー ≪迷宮と配信、ときどきアイドル≫ しがわか @sgwk

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