2LDK賃貸物件の恋

りつりん

恋したあなたは3LDKの分譲マンション(物理)

「ほら、昂輝、服着なさーい」

「やだー! まだ着たくなーい!」

 お風呂上り。

 パジャマを着るのを嫌がる四歳の男の子。

 そして、その男の子を追いかける母親。

 男の子はどこか楽しそうに。

 母親はどこか疲れをその顔に忍ばせながら。

 数分にわたる追いかけっこが繰り広げられる。

 私は、その心地よい足での踏みつけを受け入れながら、幸せを感じる。

 ああ、今日も、この家族は私の中で家族という時間を謳歌している。

 そこに多少の感情の波はあれど、一日を終えて目を瞑るとき、この家族はいつも笑顔を浮かべる。

 そんな家族を見て、私も幸せな気持ちになる。

 過去を振り返り、幸せに浸っている私の玄関が開けられた。

「ただいまー」

 帰ってきたのは父親だ。

「あー! パパ―! おかえりー!」

 男の子は素っ裸のまま玄関へと駆けていく。

 先ほどよりも強く踏み抜かれる床。

 この賃貸の床は、それほど防音対策がしっかりしていない。

 だからこそ、私は床表面を可能な限り柔らかくし、男の子と、その出迎えを受ける父親の幸せの音が下の階の住人にとって不快音へと変わらぬよう苦心する。

 幸い、今のところ下の階の住人から苦情が来たことはない。

 守りたいその笑顔。

 固い床を弛めるのは大変だけれどね。

「ただいま。いい子にしてたか?」

「うん! ねね、一緒に遊ぼう!」

「よし、じゃあパパもお風呂に入ってこようかな」

「おかえりなさい」

「ただいま。今日もお疲れ様」

「あなたこそお疲れ様。お風呂、先入る?」

「うん。さっと済ませて昂輝と遊ぶよ」

「ふふっ。ゆっくり入ってきていいわよ。昂輝もしばらくパジャマ着そうにないし」

 母親は既に玄関からリビングに戻り、素っ裸のまま走り回る息子を苦笑いしつつ見た。

 その後、ゆったりとした家族団らんの時間が私の中を心地よく満たしていった。



 夜。

 子どもが寝静まった後、夫婦の会話が始まる。

 少しだけ下がった私の中の温度。

 暗がりが増える室内。

 ボリュームの下がるテレビ。

 徐々に広まるアルコールの香り。

 私はこの時間が好きだ。

 子どもがいないからこそ紡がれる、夫婦二人の関係性はなんとも言い難い艶やかさがある。

 でも、今日は少しだけ様相が違った。

「ねえ、あなた」

「うん?」

 父親、いえ、夫はビールを一口含む。

「そろそろ引っ越ししない? あの子ももうすぐ小学生だし、さすがにこの賃貸で暮らすのはきついかも」

「んー、確かに。ここ、防音もそんなにしっかりしてないしな」

「でしょ。幸い、私たちの家は苦情来たことないけど、他の部屋の人の話聞いてるとちょくちょく苦情あるみたいだし。もっとしっかりとした造りのところがいいな」

「お、その感じだと当てありそうじゃん」

「ここ、どうかな?」

 スマホを操作し妻が見せたのは、とある不動産情報サイト。

 ビールのつまみとなる裂ける感じのチーズを口に運びつつ、詳細を確認する夫。

「ん、これって確か最寄り駅近くの新しい分譲マンション? もう少しで完成だっけ?」

「そうそう。昂輝も保育園のお友達と離れさせるのは可哀想だし、かと言って一軒家もこのあたりはない。って、思って、実は前から目をつけてたんだよね」

「そっかあ。価格は……まあ、そりゃそれなりだな。でも、なんとかならないもんでもないか」

「でしょでしょ。私も来年からは職場復帰するし、全然大丈夫だよ」

「たしかに。検討してみようか?」

「じゃあ、早速モデルルームの見学入れとくわね」

「おっけ。昂輝も喜ぶだろうな」

「ね。私も楽しみ」

「……!」

「……!」

 私は夫婦の会話を聞きながら、全身から力が抜けて行った。

 ああ、トイレのタンクの水漏れちゃう。

 慌てて締め直す私。

 それにしても……まただ。

 また、出て行く。

 私は2LDKの賃貸物件。

 所詮、仮住まい。

 いくら、家族の記憶が刻まれても、ライフステージが変わるタイミングでどこかへと行ってしまう。

 私ではない、他のどこかへ。

 より広く、より快適などこかへ。

 より防音対策のしっかりとしたどこかへ。

 私の心は、満たされない。

 どんなに私が住民を想っても、その想いは届かない。

 どんなに体を張って、彼ら彼女らを守っても、誰も感謝してくれない。

 それはそうだ。

 だって、ここに住む人たちは既に家賃を払っているのだから。

 私の性能に文句を言うことはあっても、感謝を述べることはしない。

 私だって、別にそれはいい。

 物件として生まれた私の宿命だと思ってる。

 でも、それでも、住民が出ていく、ということだけにはなれなかった。

 賃貸物件としての宿命だと理解していても、それだけは慣れなかった。

 次、いつ誰が入るかもわからない空虚な体内。

 冷えていく空気。

 天井で、床で、壁紙で、その下のコンクリートで感じる孤独と寒さは、あまりにも私の心を苛んだ。

 乾いていく配管は、私の心を軋ませた。

 カーテンを失った窓から差し込む太陽光によって、私の心は褪せていく。

 ふと、向かいの分譲マンションを見た。

 どの部屋も長いこと、同じ家族が住み、同じ笑顔、同じ温度、同じ時間を過ごしている。

 もちろん、その中で、子どもが一人立ちしたり、夫婦のどちらかが亡くなったりしたこともあるだろう。

 それでも、どんなにライフステージが変わっても同じ家族と共に過ごせる喜びは、何事にも替えがたいはず。

 私は、過ぎ去っていく人たちの背中とその後の人生を思いながら、ただ、そう思った。

 


 そんな賃貸物件な生を送る私に転機が訪れる。

「怪獣対策のために、このマンションをロボットの一部にするらしいぞ」

「え? ほんとに?」

 数か月前に住民となった夫婦から漏れ出す会話。

 それは一か月ほど前にテレビで流れていた話題に関するものらしい。

 以前、多発している怪獣災害の対策の一つとして、都市部に立地するマンションなどを怪獣と戦うための合体変形ロボにしてしまおうという案がテレビで流れていた、

 いよいよ、それが現実のものとなるらしい。

 しかも、私のいる物件とその周囲数キロメートルの高層建築物を対象に。

「え、じゃあ、引っ越ししないといけないのかな?」

「いや、そのまま住み続けてもいいっぽい。合体の際は、地下のシェルターに移動できるし、それにロボット物件はロボット家賃補助金が出るから、実質家賃タダになるってさ」

「あ、そうなんだ。ちょっと未知数過ぎて怖いけど、家賃タダは嬉しいかも」

「だろ? 将来的には持ち家ほしいし、ここで暮らしてお金貯めるのありだよな。今の家賃が10万だから、一年も住めば120万溜まる計算になる」

「それは大きいねぇ」

「だな」

「……!」

「……!」

 夫婦は将来の不安と期待に満ち満ちた会話を紡いでいく。

 その会話を聞きながら、私は深い絶望へと落ちていく。

 いよいよ、私の存在意義は薄くなっていくのだ。

 住民にとって、私はお金を貯める場所に成り下がる。

 住む場所、思い出を紡ぐ場所ではなくなる。

 きっと、これまでよりも引っ越すのが早くなるのだろう。

 じゃあ、私のこの空間は何のために?

 誰のために?

 室内を漂う埃に微かに反射する光。

 私にはそれすらも眩しく見えた。


 ―――合体ロボになる

 その噂がマンション内全ての物件に知れ渡るのはすぐだった。

 住民が皆、その話ばかりをするので当然と言えば当然か。

「戦いの中で壊れたらどうしよう」

「でも、修繕してもらえるならありじゃない? 私のバスルーム、今の住民が全然綺麗にしてくれなくて、排水溝臭いんだよね」

 そんな会話が、私と接する物件から聞こえてくる。

 自分と接している物件以外の声は聞こえはしないけれど、それぞれがぞれぞれでざわついているのがわかった。

 部屋によって価値観もさまざま。

 誰も住んでいないって方がいい物件もいる。

 でも、私はそうじゃない。

 だからこそ、私はもう何もかもがどうでもよくなっていた。

 いっそ、戦いの中で壊れてほしい。

 壊してほしい。

 これから待つ、絶望しかない未来を考えると、そういう

 だって、壊れさえすれば、もう、誰も私に住めなくなる。

 そうなれば、これ以上心が傷つくことはない。

 そんな呪いにも似た祈りを心に秘め、初めての合体の日を迎えた。

 街を襲う怪獣。

 口から火を噴き、巨木よりも遥かに太い足で家々を潰していく。

『合体ロボ、出動!』

 私の位置するマンション内、そして周辺地域に轟くアナウンス。

 そのアナウンスに呼応するようにして、次々と周囲のマンションがパーツへと変わっていく。

 その中で、私の物件は右腕の一部となった。

 事前に、ロボットのどことなるのかは通知が来ていた。

 怪獣との戦いの最前線。

 そこに私は配置されることになったのだ。

 本来であれば、忌避する場所。

 でも、私は嬉しかった。

 だって、壊れるには好都合な場所だから。

 ただ、唯一の気がかりは、隣接する分譲マンションと同じ右腕を形成することだった。

 しかも、私が分譲マンションとの結合部分を担当する。

 きっと、あっちはこっちのことなんて見下している。

 繋がった後、一体どんな嫌味を言われるのか、想像するだけで億劫だった。

 死を望んでいるはずなのに、そこに至るまでに道端に落ちている小石が気になるなんて、どうかしている。

 どうかしているけれど、これまでの生の中で拗らせ続けた想いは、どうしても表に出てきてしまう。

 私はそんな自嘲気味な思考を漂わせながら、静かに変形、そして合体を待つ。

 

 ものの数十秒でロボットは完成する。

 私も右腕となった。

 予定通り、隣の分譲マンションと結合して。

「え……?」

 瞬間、私は気づく。

 嘘……。

 こんなことって……。

「ああ、気づいてしまったのかい?」

 私と繋がった分譲マンションの一室。

 3LDKな彼は、とても儚げな声を出す。

 その声の温度は、冬の凍結した配管よりも低い。

 私たち物件は、繋がることで相手の情報をある程度得ることができる。

 私は不意に流れ込んできた予想外の情報に戸惑いを隠せない。

「えっと、その……あなたは……賃貸なんだね」

 そう、偶然繋がってしまった、隣の物件の彼。

 彼は、分譲マンションの中にありながらもオーナーの意向で賃貸として貸し出されている物件だった。

「ははっ。驚いただろう。ずっと、君が羨望の眼差しで見ていた分譲さんは、蓋を開けて見ればただの賃貸だったなんて。しかも、普通の賃貸よりも質の悪い分譲の中の賃貸さ」

「質が悪いだなんて……そんな」

 私は声を詰まらせる。

 物件によって価値観はさまざま。

 でも、分譲の中の賃貸なんて、どう考えても卑屈にならざるを得ないことは火を見るよりも明らかだった。

「あ、て、ていうか、どうして私が見てたってこと知ってるの?」

 私は話題を逸らすように、彼の言葉に飛びつく。

「偶然だよ。僕は常にマンション内で孤立していたからさ、自分の中やマンション内よりも、外を見ることが多かったんだ。そしたら、君の羨まし気な視線を感じ取ったんだ。それからずっと見てたよ。なんというか、君、表情がコロコロ変わるから面白くて、ついね」

「ちょ、そんなに見てるなんて変態過ぎ!」

「変態だなんて心外だな。君だって、こっちを見ていただろう。まあ、僕はそんな君に気づかれないように、外面だけは分譲感出していたんだけど」

「余計に変態染みてるじゃん!」

「くふっ」

「あはは」

 私と彼から同時に笑いが漏れる。

「ごめんごめん。なんだか、楽しくなっちゃって」

「ううん、こっちもごめん。初対面なのに」

「いや、むしろ助かったよ。正直、合体は気が重かったけど、君のおかげで救われた。ありがと。君は変わった物件だね」

「こちらこそ。それに、分譲なのに賃貸なあなたよりも変じゃないよ」

「君に言われると、なんだか悪い気はしないな」

「なにそれ?」

 その後も、私たちは時間の許す限り、軽口を飛ばし合った。

 こうして、私と彼は運命的な出会いを果たしたのだった。

 

 それから、私たちは怪獣が出るたびに、繋がるたびに、いろんな話をした。

 これまで、私たちを通過していった家族の話。

 建てられたばかりの、希望に満ち溢れていた時の話。

 数年に一度あるかないかの水道管凍結からの破裂で、トイレとキッチン、そしてリビングまでもが水浸しになった時の話。

 隣接する他の物件から分譲なのにどうして賃貸なのかと、嘲笑交じりに聞かれたこと。

 時には、誰にずっと住んでほしい? なんてことも語り合った。

 バカみたいだって思った。 

 だって、私と彼は所詮賃貸。

 ずっと住んでもらう事なんて叶わないのに。

 それでも、私たちはそんな叶うはずのない希望を語り合う事で、互いの足りない部分を満たす関係となっていった。


 ―――気が付けば、私は心から満たされていた


 合体ロボとなる時をいつも待ち望んだ。

 怪獣の大型化・凶暴化に伴う戦いの激化によって、合体ロボ対応マンションへの補助額がどんどん上がっていき、それに伴い、入退去のスピードもどんどん上がっていった。

 それなのに、心は満たされていく一方だった。

 彼のおかげで。

 彼も同じようで、私と繋がるたびに嬉しそうにしてくれた。

 戦いの中で破壊される部分があっても、すぐに修復される。

 私と彼も戦いの最前線にいるので、もちろん壊れることもある。

 本来であれば忌避すべき修復跡さえも、彼との思い出に変わっていく。

 こうして、彼との怪獣逢瀬を重ねること一年。

「……でさ」

 いつものように、合体中、彼との会話に花を咲かせる私。

「……」

「どうしたの?」

 けれど、なんだか彼は今日は寡黙だ。

 ううん。

 不機嫌、と言ってもいいかもしれない。

 私は彼から伝わる冷たさに、少しだけ不安になる。

「俺さ、売りに出されたんだよ」

「え? それって……」

 私は家じゅうの換気扇という換気扇を詰まらせる。

 息が、苦しい。

「ああ、俺はこの後誰かに買ってもらえるんだ。本来の姿、分譲になれるんだよ」

「それはよかったね。ラッキーじゃん。最近は、賃貸だと補助金のせいであっという間に人が入れ替わっちゃうし、分譲になれればきちんと長期間、人、住んでくれるはずだしね」

 これまで私と異なる彼の温度に微かな怖さを感じつつも、必死に明るい声を出す私。

 これまでの彼との間で培ってきた絆は本物だ。

 だから、身分が変わっても彼との絆はなくならない。

 そう信じていた。

 けど、そんな私の期待を、まるで薄紙でも裂くような軽やかさで否定する。

「だからさ、もう俺に絡むのやめてくれない?」

「う、うん?」

「俺は別に、好きで君と絡んでいたわけじゃない。分譲なのに賃貸に出されていたから、仕方なく君と話していただけ。身分がたまたま同じだったから、傷をなめ合うしかなかったわけ。でもさ、こうしてきちんとした分譲になるのであれば、もうその必要もないよね」

「なんでそんなこと言うの? この一年間、どれほどの言葉を交わしてきたのか忘れたの?」

「いや、じゃあ、そういうことだから」

 それ以降、彼に話しかけても、彼は一切の返事をしてくれなくなった。

 私たちを繋ぐ、ジョイント部分から伝わる彼の熱も思いも、何も感じ取れなくなってしまった。

 

 それから一か月後。

 いつものように怪獣出現とともに合体ロボとなる私。

「あれ?」

 私は結合した個所に違和感を覚える。

 これまで一年以上、繋がってきた彼のそれとは感触が異なっていたのだ。

「あ、どーもー」

 そこには知らないマンションがあった。

「んんん? なんで? どうして?」

 戸惑う私に、新しいマンションな彼女が純粋な疑問を投げかけてくる。

「あれ? 何も知らないんですか?」 

 そう言うと、彼女は自身が知っていることを教えてくれた。

 前腕を形成していた彼を含むマンションが老朽化に伴い、取り壊し工事に入ったこと。

 そのため、彼女を含む別のマンションが代わりに入ったこと。

 話を聞きながら、私の体中の配管という配管が詰まる。

「じゃあ、じゃあ彼は……彼は……」

 私は下を見る。

 そこには彼のマンションがあった。

 私は、彼としかコミュニケーションをとっていなかった。

 彼との世界が全てだった。

 もしかしたら、私の中の住民が話していたかもしれない。

 以前のように、住民を見ることができていたら、情報が入ってきていたかもしれない。

 けれど、私はこの一年、彼だけを見ていた。

「そんな……。こんなことって……」


 ―――本来の姿、分譲になれるんだよ


 そう言った彼の言葉は嘘だった。

 なんで、そんな嘘を。

 教えてくれればよかったのに。

 どうして……。

 なんで……。

 このままじゃいけない。

 何とかして彼に会いたい。

 崩される前に、彼を見たい。

 可能なら、言葉を交わしたい。

 方法はわからないけど、何かあるはず。

 そんな一心で、私は戦いの終わりを待った。

 けれど、今回出現した怪獣は防御性能に優れており、普段は一日ほどで終わる戦いが一週間以上も続いた。

 その間に、彼のいたマンションはあっという間に崩されてしまっていた。

 マンションに戻れた私の目の前には、既に瓦礫さえも撤去された更地だけが存在していた。

 失意の私をさらに追い込むかのように、戦いはさらに激化していった。

 そして、僅か数か月後。

 私のマンションもこれ以上のロボット化は不可能と判断され、崩されてしまった。

 解体されゆく中、私の意識は徐々に遠のいていく。

 彼はどんな想いで崩されていったのだろう。

 私を見てくれていただろうか。

 私を想っていてくれただろうか。

 嘘をついた彼。

 あの時の言葉は彼の本心じゃなかったと思う。

 でも、それを確かめる術はもうない。

 

 ―――ああ、また繋がりたいな


 彼を想いながら、彼の温もりを思い出しながら、私の意識は完全に途絶えた。



 ゴウゴウという低く重たい音に引っ張られるようにして、私の意識が目覚めていくのを感じた。

 静かに視界を開くと、どうやら空を飛んでいるようだった。

 

 ―――もしかしてこれって……?

 

 既に私の大部分は失われているようで、意識もはっきりしないし、

 けれど、状況は大まかに察することができた。

 崩される前に住民が話しているのを聞いてはいた。

 戦いの中で、不要となり崩されたマンションの残骸を使って、戦闘用の使い捨てロケットパンチが製造されていることを。

 ちらりと、視線を前に向けると、そこには怪獣。

 どうやら、私は使い捨てロケットパンチの一部となったようだ。

 余生のような時間。

 私はぼんやりと着弾までを過ごそうとしていたが、とあることに気づく。

 

 ―――え?

 

 私の傍に、懐かしい温もりがあった。


 ―――もしかして、君なの?

 ―――3LDKの分譲だけど、賃貸なあなたなの?


 私は私と同じ場所を構成する、ものに声をかけた。

 すると、それは、ううん、彼は肯定するように、微かに震えた。

 残された部分が少ないのだろう。

 意思を明確に出すことができないみたいだった。


 ―――よかった

 ―――会えて本当によかった


 私たちは使い捨てロケットパンチの中で再会を果たした。

 けれど、感動に浸る余韻はない。

 もう数秒後には怪獣に着弾するだろう。

 どうにかして話をしたい。

 でも、時間はない。

 気持ちだけが焦る私。

 そんな私との結合部を、彼は強く締める。

 そして、一言。


 ―――ごめん


 その瞬間に感じた彼の温度。

 それは、彼が私と突き放したときと同じ冷たさだった。

 ああ、そうか。

 彼はあの時、私に謝りたかったんだ。

 そう察するとともに、私は可能な限りの温かさを彼に届ける。


 ―――大丈夫


 既に短い言葉しか伝えられなくなったけど、私の温度が届いた彼は、一気に前の温かい彼へと変化する。

 それからコンマ数秒後。

 私たちは、私たちを含んだロケットパンチは、怪獣へと当たり、粉塵と化した。

 再び失われる意識。

 けれど、その中に彼がいた。

 閉じゆく意識の中で、彼は確かに私と共にいてくれた。

 ああ、好きだよ。

 大好きだよ。

 私は目いっぱいの想いを彼に届ける。

 彼も、私に想いを届けてくれる。

 その想いを受け取りながら、私は幸せに包まれる。

 次、もし生まれ変わることができるのなら、今度は隣同士の物件になれますようにと。

 そう、願いながら、私は2LDK賃貸物件ときどきロボットな生を終えた。

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2LDK賃貸物件の恋 りつりん @shibarakufutsuka

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