タカヒサのバッ!

マロッシマロッシ

タカヒサのバッ!

 タカヒサは両手をバッ!と広げて、手を羽ばたかせ今日も世の中の変化を願う。キッカケは6歳の頃。遠く離れた場所に住む祖父が重い病に罹った時に医者は手を尽くしたが、助かる見込みがまるで無いと言う。家族、親戚は只々手を合わせて祈るしかなかった。意味があまり分かって無いタカヒサも手を合わせた。


 その日の夜、沈む家族、親戚をヨソにタカヒサは庭の植物の上を青く綺麗な蝶がヒラヒラと舞う姿を見て思わずマネをした。無心でバッ!と手を広げて羽ばたいた。誰も相手にしてくれない孤独な夜に蝶のマネは楽しかった。


 次の日、祖父は奇跡的に助かったと電話で母が聞き皆が喜んだ。親戚の青年に昨夜何をやっていたのか聞かれ、タカヒサは自分の取った行動を素直に伝えた。人の命が懸かった時に何をやってるのかと、白い目で見る親戚も若干名いたが祈るしか選択肢が無かった人間はタカヒサが滞在していた地域では滅多に飛ばない青い蝶を目撃、縁起が良いのも手伝って彼の行動は賞賛され抱き締められたり、身体を持ち上げられたりした。祖父はその5年後、安らかに老衰で息を引き取った。


 タカヒサはその時から毎日バッ!と羽ばたいた。7歳の時には隣の家に強盗が入り、重症を負ったが家族は全員助かった。悪い事も起きるが、タカヒサは自分のやっている事が現象を起こしていると子供ながらに本気で思った。自分が羽ばたけば世界に変化が訪れると。


 朝起きたらバッ!と羽ばたく。成長してもクセの様にタカヒサは良い事も悪い事も自分が引き起こしていると信じて少年期を過ごした。14歳の時に大不況が日本を襲ったが、タカヒサの家庭は父が外資系に勤めていた為に失業せず食うに困らなかった。15歳の時に通っている学校に爆弾テロが発生。校舎の半分が吹き飛んだが、タカヒサは無傷だった。16歳の時にテレビを点けると戦争のニュースばかりやっていて、アジアも一部戦禍にあったが日本は巻き込まれなかった。


 17歳の時に日本に徴兵制が復活した。タカヒサは所属部隊のくじ引きで補給部隊に決定、高校卒業と共に部隊に配属された。タカヒサは確信めいた気持ちが湧き上がった。自分は世の激動に流されて生きているが、バッ!と手を広げて羽ばたけば自分は死ぬ事は無いと。


 終わりが見えない戦争の中、26歳になったタカヒサは朝起きたらどんな場所でもバッ!と手を広げて羽ばたいた。所属部隊は再編を繰り返し、何でも屋と化していたがタカヒサは生き残っていた。


 廃ビルの角部屋で仲間達と雑魚寝。その中でタカヒサは1番最初に起きて、部屋の隅でバッ!と羽ばたいた。仲間達が徐々に目を覚ましタカヒサの姿を呆れ半分で見ていると、彼は光と爆風に巻き込まれて消滅した。


 タカヒサの仲間達は偶然にも一部始終を小型カメラで全て録音していた。見方によっては爆弾を積んだドローンの攻撃をタカヒサが察知、味方の盾になったと解釈出来た。映像は瞬く間に拡散されて、タカヒサのバッ!と手を広げて羽ばたいた姿は世界各地で反戦運動を巻き起こし、10年近く続いた戦争は終結した。


 タカヒサが戦死した廃ビル跡は戦後に公園となり、植物の上を青く綺麗な蝶がヒラヒラと舞っていた。






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